オディウム・ベラトール

@deheharnn

第1話

「...以上で入学式を閉式いたします。生徒は順次帰宅して下さい」


 長い入学式が終わり、俺の新たな学園生活の幕が上がった。

 俺は牧野洋介という人間だ。今年の春から高校生になる、いたって普通の少年。人並に勉強し、良くも悪くもない高校に進学。運動もずば抜けて得意なわけじゃない。友達も、いないことはない程度の数しかいなかった。要するに、俺はTHE・普通の人間ってわけだ。だが、それに関してネガティブな印象を持っている訳ではない。俺は普通を望んでいる。普通の暮らしが出来れば、それでいいのだ。


「サッカー部、部員募集中でーーす!!!入ったらモテるよ!!」

「みんなーーー!!!野球部入ろうぜ――ー!!!友達たくさん出来るよーーー!!!」


 出ようとした校門のそばでは、色んな部活が新入生を確保しようと歓迎に励んでいた。それにしても、歓迎の仕方が面白いな。サッカーが強くなれる!とか、野球が上手くなれる!とかじゃなく、入ったらモテる!とか、友達ができる!なのか。偏見かも知れないが、多分この辺の部活は弱いんだろうなと思ってしまった。それでも、勧誘にはなかなか力を入れているようだ。吹奏楽部は人だかりの中で生演奏を披露している。決して上手いとは言えないが、聞いている人たちは皆釘付けだ。彼らもおそらく演奏としては聞いておらず、青春の最前線を走る先輩達への憧れのようなものが彼らの胸を打ったのだろう。剣道部は、実際に道着を着て部員同士で試合のようなものをやっていた。若干おふざけの入った「メーーーン!!!」が聞こえる。こちらも決して上手いとは言えないが、見てる人たちも、試合をしている人たちもすごく楽しそうだ。

 入ったらそれなりに楽しい青春を過ごせるんだろうなとは思いつつも、俺は家のこと(ゲームとかアニメとか睡眠)が忙しいので、部活なんてやっている暇がない。多少の名残惜しさを残しながら、まだまだ騒がしい校門を背に帰路についた。


「もう帰るの?」


 不意に後ろから、やや作ったような爽やかな声でそう聞こえた。関わったらめんどくさそうなタイプな気がする。ほとんどの新入生がどの部活に入ろうかと盛り上がっている所、そそくさと帰ろうとしているのは俺一人だけだ。よって、この台詞は俺に投げかけられたものだろうと思い、意を決してふりかえった。

 そして、声の発信源に目を向けると、身長は俺の頭一個分高く、細身だが体幹がしっかりとしたとした体の男が立っていた。髪の毛はサラッとしており、長めの整ったストレートヘアが特徴的だ。顔立ちも整っており、しかしその顔には作っているのがバレバレな、若干陰のある笑みが浮かんでいる。


「...なんですか」


 先ほどの「もう帰るの?」というセリフは、なんだか図星を突かれたような気がしたのだ。少しイラっと来たが、それが声に多少移ってしまった。


「いやぁ、なんか君、いい目をしてると思ってね。ちょっと君のことが気になったんだよ」


 ホストでもやってんのかこいつ。台詞の端々にナルシズムを感じる。何が「いい目をしてる」だよ。目なんてみんな変わらねえだろ。外見においてはおそらく「イケメン」に分類されるであろう見た目が、不快感をさらに加速させる。


「僕、急いでるんですけど」

「まあ、待ってくれよ。急に話しかけたのは悪いと思ってる。でも、人に積極的に話しかけるのって大事じゃん?それに、そんな性格を貫いてたら学校生活苦労するよ?」

「......」


 そんなナルシストな態度が目障りだから俺もこういう態度になってるんだよ。と、言いたいところだが、自分は人と関わるのはあまり得意ではない。中学でも、一人でいることが多かった。なんなら、こうやって話しかけてくれた方が自分にとって楽なのは否めない。...ていう所までこいつに見透かされているような気がして、さらに不快感が募る。


「仲良くしてあげてるって言い方はあまりしたくないけど、ボクと関わっておくのは悪いことではないと思うよ。...てことで、ちょっと時間いいかな?着いてきて欲しい場所があるんだ」


 ここで無視して家に帰っても良かったが、自分はそうすることが出来なかった。仕方なくあのナルシストの背中を追うことにした。


______________________________________


 ナルシストは、「オカ研」と書かれた紙が貼ってあるドアの前で足を止めた。その瞬間、俺はここに来たことを後悔した。なにかしらの部活の勧誘だろうなとは思っていたが、よりによってオカ研とは。


「期待外れ、ていう顔してるね」

「......そもそも期待なんてしてないですよ」


 この言葉はどちらかというと嘘である。わずかに、アニメ的な何かしら面白い展開が起こるのではという期待はしていた。こんないかにもアニメにいそうな奴に話しかけられたら、期待してしまうのはしょうがないだろう。だがその期待は否定され、それをまた見透かされてしまった。


「君と僕って似てる気がするんだ。だから、君が考えてることは何となく分かるつもり」

「いや、全然似てないですよ」

「何て言うんだろ、性格が似てるっていうより、「境遇」が似てるなって思うんだよ。どう、心当たりはあるかい?」

「......」

「まあ、そんな訳だから、君を一人にしたくなかったのさ。さあ、部屋に入って」


 言われるがままドアを開けると、「オカ研」という名にふさわしく、じめじめとした雰囲気の部屋が俺たち二人を迎え入れた。窓から差し込む太陽の光は厚いカーテンによって遮られ、部屋の真ん中にはろうそくがあり、わずかな光で部屋の中を照らしていた。よく分からないお札や、日本人形など、都市伝説でよく出てきそうなグッズもあちこちに置かれていた。初見では流石にビビるな。


「普通の部屋とは言えないけど、まあリラックスしてくれ。怪しいことはしないからさ」

「こんな部屋で言われても説得力ないですよ」

「それもそうだね」


 まあ、自分自身こういう都市伝説的なものは嫌いではない。なんだかロマンがあって、面白みのない「日常」や「現実」に比べたらはるかに面白い。あくまで嫌いではない程度だが。本気で信じてる人はちょっとなぁ...と思う。程よい範囲で楽しむべきだ。


「それで、今日君に来てもらった理由を率直に言うと、君の「魔力」を測ってみたいからなんだよね」

「......帰ってもいいですか」

「人の話は最後まで聞くもんだよぉ...」


 この人やっぱりおかしいわ。急に「魔力」なんて言われたら笑ってしまう。


「......ちゃんと説明すれば分かってくれるとは思うけど、もう何を言っても信じてくれなそうだね......。あまり本意じゃないけど、実際にボクの魔法を見てもらおうかな」


 そういうと、彼の体から黒い煙のようなものが噴き出し、それらは集まって一体となり、ピストル銃のような形を形成した。

 おいおいマジかよ、理解が追い付かないぞ。本当にこの世界に魔法が存在したのか。この世の物理法則では説明不可能な現象が目の前で起きていることに、動揺を隠せない。


「す、すごい......」

「これでボクの話を信じる気になったかな?」

「信じなかったら、そのピストル銃で撃たれるんでしょうね」

「ハハハ!そんな手荒なことはしないよ。それにこの銃は人間には害がないんだ」


 そう言うと彼は銃口を自らの腹に向け、引き金を引いた。「パァン!」という音が鳴り、思わず目を塞いだが彼は余裕だと言わんばかりに、ドヤ顔で腰に手を当て仁王立ちして見せた。


「すごく都合のいい銃ですね。でも人間に害がないなら何で銃なんか作ったんですか?」

「この銃はいわゆる「モートゥス」を倒すためのものだね。僕たちオカ研はこの「モートゥス」と日々戦ってるんだ」

「「モートゥス」......」


 こんなものを見せられたら「モートゥス」とやらの存在も認めざるを得ない。人間には害がないという事から、おそらく「モートゥス」は人外生物なんだろう。


「まあ、今は人間にとって都合の悪い存在だと思ってもらえたらそれでいいよ。とにかく、そのモートゥスを倒すためには魔力が必要だから、君に魔力がどれぐらいあるか調べたいってわけ」

「......分かりました。でも手荒なことはしないでくださいよ」

「分かってるって。ちょっとだけだから」


 この時の俺は「魔法」に釘付けで、先ほどまでの疑いの心はもうどこかに行ってしまった。なんなら、俺の魔力どれぐらいあるんだろう?と、ワクワクしていたまである。


「じゃあ測るよ。動かないでね」


 そういうと、彼は俺の肩に手を当て、目を閉じた。改めて見るとやっぱり美形だな。目を閉じた姿もまるで芸術作品だ。俺が女だったら、一発で堕ちていただろう。


―――――――――バチィィィィィィィィ!


「.........?」


 ふいに、静電気の音、と呼ぶには強すぎるような、乾いた拍手のような音が鳴った。俺はよそ事を考えていたので反応が遅れたが、すでに彼は俺から5歩程離れたところでこちらを警戒しているような姿勢を見せる。


「え、どうしたんですか?俺何かしましたか?」

「......」


 彼から返事はない。彼がなぜ急にこんなに俺を警戒しているのか、もし俺に原因があるとしたら全く心当たりがない。なんなら、怪しい勧誘をして来たのはそっちじゃないか。


「......ふぅ、すまない。少々取り乱してしまった。どうやら、君の魔力は測定値の限界を超えているみたいだ」

「え?」

「人間に化けているモートゥスの魔力を測っても同じ現象になるんだけど、ボクも今までかなりの数のモートゥスを相手にしてきたからね。なんとなく分かるんだ、キミはモートゥスじゃないって」

「......(よかった、なんか悪いことしてたのかと思った......)」

「でも本題はそこじゃない。一般人の魔力が測定値を超えているなんて見たことないよ」

「それってすごいんですか?」

「すごいどころの話じゃない。君は今の人間とモートゥスのパワーバランスを変え得る存在だ。君のような逸材はそうそう現れないだろう。だから君には、ぜひとも僕たちに力を貸してほしい」


 どうやら俺は対モートゥス界隈にとって貴重な存在らしい。俺の魔力がなぜこんなに多いのか全く見当がつかないが、考えても仕方がないだろう。モートゥスとやらが人間に害を成す存在なら全面的に力を貸したいところだが、俺はまだ彼を完全に信用している訳ではない。


「分かりました。でも、あくまで力を貸すだけですよ。僕が忙しい時は僕の都合を優先させてください。それに、少しでも先輩が怪しい素振りを見せたら、手を切るかもしれません」

「構わないよ。君の協力に感謝する。では早速明日から実戦演習に移りたいんだけど、いいかな?」

「分かりました」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 彼といくつかやり取りをして、帰路についた。すでに時計は昼の2時を回っており、騒がしかった校門も朝に比べると静かになっていた。

 明日からは忙しくなりそうだ。まず家に帰ったら、先輩からもらった魔法とモートゥスに関する情報を整理しないとな。先輩は実戦演習と言っていたけど、モートゥスと戦うのだろうか。まさか死なないよな......。なんて不安を抱えていたが、同時に楽しみでもある。戦闘なんてゲームの世界でしか味わえないからな。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


――――――一方で。

 牧野洋介を勧誘した男―――大野誠は、突如現れた人外の魔力を持つ後輩に戦慄していた。初めて彼を見た時から、なんとなく魔力は多いだろうなと思っていたが(それが誠が洋介に声をかけた理由でもある)、想像以上だ。人の魔力はその人が心に秘める「憎悪」の強さによって決まるが、これ程の魔力、彼はこれまでどんな人生を歩んで来たのか。誠は好奇心を抱くと同時に、恐怖心を抱いていた。これほどの恐怖心を抱いたのは、誠の人生において2回目である。その日の夜は、眠ることが出来なかった。

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