第25話 蝶々の木と繋ぎ合う手 ジジョウコンシャ(自浄魂者)

 二人は皆が待つ場所へ戻ってきた。早速、ミレとカコに先程同様に連れ出されることになる。三人が立ち去る際、仮面をかぶったままのチアキがミレとカコにうなずく。そして、残りの皆から離れた所でチトセたちは立ち止まる。


「チトセ同学生?」


「なっ、何ですか?」


「チトセ同学生だったんだな? あの時、私たちを助けてくれたのは?」


「あっ、はい」


「チトセ同学生、いや狐のお面の君ぃ〜、あの時はありがとう」


「……いえ」


「ありがとうね、チトセ〜ッ」


「あっ、はい……カコ」


「照れちゃってぇ〜、チトセ」


「違いますって、カコ」


「なぜ呼び捨てで呼びあってるの? カコ」


「ちょっと……」


「ちょっとって何よっ?」


「まかさ! 好きなってことないわよね? それだけはダメよ!!」


「なわけないでしょ! ほら〜、私は男子と喋るのが苦手だから練習相手になってもらってるのっ。くだらない勘違いしないでよっ、もっ!」


「そっ、そうだよね。じゃあ、カコにとっては踏み台のチトセってことなんだね?」


「ちょっと! その言い方やめてあげなさいよ。さすがに可哀想よっ」


「……わっ、分かったわ」


 二人が顔を見合わせた後に彼に近づいてくる。すると二人は彼の肩を叩く。


「改めて礼を言わせてもらう。ありがとう」


「ありがとうね、チトセ」


「いえ」


「狐のお面の君?」


「その呼び方止めて下さいよ、ミレさん」


「そうか。気に入ってたんだけどな。まあっ、チトセ同学生と分かったから呼ばなくてもいいかっ」


「そうですよ」


「チトセ同学生?」


「何ですか?」


「頑張れよ」


「何をです?」


「そうよっ。頑張るのよ、チトセ」


「何をでしょうか? カコ」


「走り出さなきゃよ」


「……あっ、リレーのことですか?」


「ハァ〜ッ」


「違うんですか?」


「応援してあげるわよ、リレーも。ねっ、ミレ?」


「ハァ〜ッ、そうね。もう戻るぞ、チトセ同学生」


「あっ、はい」


 そう彼が言うと二人は再び肩を叩く。そして彼を置き去りにするように足早に去って行く。慌てて彼は二人の後を追う。





 皆が待つ場所に着いた。するとコガレが彼を見る。そして、不敵な笑みを浮かべる。思わず彼は後退りする。すると彼女は顔をチアキに向ける。


「チアキさん?」


「暑くない? お面取ったらどうかしら?」


「あっ……」


 そう言うと彼女はお面を脱ぐ。すると彼女の顔は赤い。それを見てコガレの口角が上がる。


「どうしたの? 顔が赤いわよっ、チアキさん」


「あっ……これは」


「もしかして酸欠になってるじゃない?」


「あっ……そうかもしれないかな」


「大変だわ。ミレさん」


「えっ……何でしょう?」


「チアキさんとカコさんと家近いのよね?」


「あっ、はい。そうですけど」


「チアキさんが倒れでもしたら大変よね?」


「はい」


「チトセに送ってもらったら?」


「えっ……」


 コガレは気を利かせつもりだ。突然の提案にミレは気付いてないのだ。なのでコガレが目配せする。それでミレは気付き小さく頷く。


「それに女子三人じゃ夜道は危ないでしょ?」


「そうです! そうですよ! コガレさん」


「チトセ送ってあげなさいよっ」


「あぁっ……わかった」


「兄上は私がおまもり致します。もちろん姉上……失礼。チアキ……さんも」


 コガレが空気読めよと彼をにらむ。チトセ一途いちずの彼が気付くはずもない。これにはチアキですら苦笑いを浮かべている。ミレは複雑な心境ではある。しかし、今回はチアキの為に我慢だと言い聞かせる。


 コガレがリンネを見る。彼は目が合うだけで歓喜する。


「そこの人?」


「何でしょう? コガレ様」


「キズナを何とかしてくれないかしら?」


「仰せのままに、コガレ様」


 そう言うと彼はキズナを羽交い締めにする。キズナは抵抗するが抜け出せない。


「兄上、お助け下さい」


 そう言われたチトセは顔を背ける。するとキズナは彼の背後にいるチアキにふと目がいく。すると彼女は残念そうな表情を浮かべている。鈍感な彼でも流石に自分が空気を読めてないと気付いた。


「兄上、お送りなさって下さい。私はおとも出来ません」


「いきなりどうしたんだよ?」


「兄上より弱い私がお護りするなど自惚うぬぼれておりました」


「そっ、そうなのか?」


「そうで御座います」


「あぁっ」


「後ろの貴様! だからもう離せ」


「どうしますか? コガレ様」


「私が良いって言うまで離さないで」


「仰せのままに、コガレ様」


「どうも。その呼び方やめてくれって言わなかったかしら?」


「……では何とお呼びすれば?」


「コガレさんでいいわ」


「畏まりました、コガレさん」


「四人は早く行きなさい。後は私に任せて」


 四人は頷く。そこに精魂のユイが戻ってきた。彼女は人の姿になる。そしてチトセにおんぶを促す。屈伸を始め止まる。その間にユイが肩に乗る。四人とユイは帰路につく。





 三人の家の近くまで来ている。チトセはカコの家が神社から一番近いと聞いていた。するとカコたちが立ち止まる。彼女たちの指示に従い前を歩いていたチトセは呼び止められ向き直る。


『お兄ちゃん、降ろして』


 そう言われた彼はかがむ。するとユイは木を見上げている。


「どうしたんだい? ユイ」


 彼は彼女の耳元でささやく。ユイからの反応はない。ただただ彼女は木を見上げている。彼も見上げる。


『ここだよ! ユイのお家』


「えっ……本当かい? 蝶々を見てのかい?」


『ほらっ、蝶々がいるよ』


 そういうことかと彼は思った。その木はイチョウなのだ。名前を覚えていなかった彼女は蝶々の木として認識していたのだ。


 彼女はその家の門の方へと走り出す。彼は後を追う。彼女は門の柵を掴み覗き込む。すると彼女は肩を落とす。


『ユイが住んでいた家と違う。間違ってるのかな? 合ってると思うけどな』


 彼は何も言えないでいる。するとカコが近寄ってくる。


「いきなり屈んで木を見たり門へ走ったり。ウチの家にそんなに興味あるのか?」


「カコの家なんですか!」


「しっ! 近所迷惑だぞ」


「あっ、すみません」


「この家ってずっとこの家ですか?」


「いきなり何なの?」


「どうしても知りたいんです」


「んん〜っ。あっ、そうだ。おじいちゃんが建て替えたんだよ。昔は日本家屋だったよ。写真でしか見たことないけど」


「その写真見せてくれませんか?」


「えぇっ……今から?」


「お願いします」


「明日じゃダメ?」


「今、見たいんです」


「見せてあげたら、カコ」


「えっ……」


「私も見てみたいな」


「そうっ? チアキが言うなら。ちょっと待てて」


 そう言うと彼女は門を開け家の中へと入っていく。するとユイが中へと入っていく。彼は追おうとしたが、それは明らかに不審がられるのでやめる。


 彼は門から中を見る。するとユイがイチョウの木を見上げている。しばらくそうしていると彼女はランドセルからノートとクレヨンを取る。しばらくするとカコが玄関から出てきた。


「見せて下さい」


「一体どうしたの? まっ、いいけど」


 そう言うとカコはアルバムを差し出す。彼はそれを受け取りめくっていく。しばらくして彼の手が止まる。


「敷地に入っていいですか?」


「あっ、別に構わないけど」


 彼は中へと入りユイへの元へと向かう。するとチアキが彼女の横でイチョウの木を見上げている。ユイに声を掛けられない彼はチアキの後ろ姿を眺める。彼は彼女がかつて彼女が村の大木たいぼくを見上げていたことを思い出す。そう思いにふけっていると彼女が向き直る。


「あっ、チトセ君も来たんだね。ねぇ? チトセ君」


「……はい」


「イチョウの花言葉って何だろうね?」


「えっ……木に花言葉なんてありますかね?」


「そうだよね。あるわけないよね。気にしないで」


「あっ、はい」


「私がいたら邪魔だよね」


「……いえ」


「私、ミレたちの所へ行くね」


「あっ……そうですか」


 そう言うと彼女は歩き出し彼の横を通過していく。彼は浴衣を着た彼女の後ろ姿をもう少しだけ見ていたかったな心の中で呟く。そしてユイの元へと向かう。


「ユイ?」


 そう彼が声を掛けると彼女は慌てて前のページへ捲る。まだ背後にいた彼は、それに気付かなかった。彼女が振り返る。その彼女の手元のノートにはイチョウの木が描かれている


「絵、上手に描けてるね?」


『そうかな〜。あんまり上手に描けてないと思うけどな〜、ユイは』


「そんなことない。上手に描けているよ」


『褒めてくれてありがとう、お兄ちゃん』


「うん」


『何を持っているの? お兄ちゃん』


「あっ、そうだ。これを見てみて、ユイ」


 そういう言うと彼はアルバムの中から日本家屋の写真を指差す。それを彼女は見ると目を丸くし彼を見上げる。


『ユイのお家だよ!』


「本当にっ!」


『うんっ……でもユイのお家なくなっちゃたんだね』


「ごめん、ユイ」


『なんでお兄ちゃんが謝るの?』


「…………」


『お兄ちゃん?』


「うん?」


『お家と一緒にユイの写真撮って?』


「あぁっ、分かったよ」


 そう彼が言うと彼女は描いたイチョウの木の絵を彼に向けて立つ。彼はスマホを手に取り彼女とイチョウの木が入るアングルを決めて写真を撮る。 


 彼は出来映えを確認する。その中の彼女は笑顔を浮かべている。と同時に淋しげにも見える。


 彼には気にかかることがある。それは母親のことを口に出さないことだ。彼は自分に気を遣っているのかと思うと胸が締め付けられる。


 彼は何が出来ることはないかと思案する。そしてある考えが浮かぶ。それくらいしか彼女にしてあげられないと。


 彼は右手でユイの住んでいた日本家屋の写真に触れて目を閉じる。しばらくすると目を開ける。そしてカコの現在の家の壁に手を触れる。するとその外観は日本家屋へと変わっていく。


「ユイ、見てごらん」


 するとイチョウの木を見上げていていたユイが振り向く。


『あっ…………ユイのお家だ』


 そう言うと彼女は目を真ん丸にし口をポカンと開けてたままでいる。しばらくすると彼女は満面の笑みを浮かべる。これくらいしか出来ないと思う彼である。しかし、彼女に喜んでもらえ幾分いくぶんか胸のつかえが下りる。


『これどうしたの?』


「お兄ちゃんは魔法使いだからね。ユイのお家に変えたんだよ。てもごめんね」


『どうして、また謝るの?』


「時間が経つと元に戻っちゃうんだ」


『ユイ、嬉しいよ。消える前に写真撮って? お兄ちゃん』


「あぁっ、そうしよう」


 彼はカコにお礼を言いアルバムを返す。するとカコは玄関を開け靴箱の上に置き出てくる。


「この家の写真一枚いいですか?」


「今の家にも興味あるの?」


「……あっ、はい」


「別にいいけど」


 ユイが玄関の前に立つ。彼はアングルを決めるため後ろ歩きする。そうしていると何かに触れる。彼が振り返るとチアキの顔が近くにある。彼女は両手で彼の背中に触れている。


「危ないよ、チトセ君」


「あっ……すみません」


「あっ、うん。気を付けてね。ころんじゃうよ」


 そう言うと彼女はゆっくりと両手を離す。彼は背中に温もりを感じた気がして嬉しい。彼は気をつけながら後ろ歩きしアングルを決め写真を撮る。早速、ユイに見せようと駆け出す。


 それを見たユイは満面の笑みを浮かべる。その表情を見た彼には先程よりは淋しさが薄まっているように見える。


『お兄ちゃんと一緒に今度は取りたいな?』


「そうしよう」


『やったぁ〜』


「この家を背景に私の写真を撮ってもらえませんか? カコ」


 彼は躊躇わずそう言った。三人が驚いた表情を見せる。一番そうだったのはチアキだ。なぜなら彼がカコを呼び捨てにしているからだ。嫉妬している自分に気付く。この間、二人の話を聞いてた時よりも強く感じている。


「えっ……今度は自分も含めてなの?」


「はい。お願い出来ませんか? カコ」


「うぅ〜ん。仕方ないわね、チトセ」


 そう言うとカコはチトセが差し出したスマホを受け取ろうとする。すると二人の間にチアキが割って入る。


「私が撮ってあげるよ、チトセ」


「えっ!」


「あっ……ごめん、チトセ君。貸して」


 そう言うと彼女は素早くスマホを取る。そして彼女は玄関の前へ行くよう促す。ユイが彼の元へ来て画面から向かって彼の左側に立つ。するとユイが寄るように言うど彼は従う。


 タイミングが分からないチアキが合図を出す。すると彼が頷いたので彼女は写真を撮る。そして彼へと近付き写真を見せる。


「私も撮ってもらおうかな? いいかな?」


「……あっ、はい」


 彼女がスマホを差し出す。先程は奪われるように取られて気にしなかったが、今回は彼女に触れないようにスマホを受け取る。その違和感に彼女は気付くが言えない。


 彼がスマホを構える。彼女が微笑む。画面越しとはいえ見つめられている。彼の鼓動は速くなる。その一方で見入って手の動きが止まってしまう。すると画面にユイが入って来た。そして彼女は画面から向かってチアキの右側に立つ。


 彼はチアキに気づかれないように退くようにユイに手を振り合図する。すると、事もあろうにチアキが寄ってしまう。


「もうちょっとかな? チトセ君」


「あっ……そこでいいです」


「分かった」


 そう彼女が言うと横のユイが頷いている。どうやら退く気はない様子だ。彼は諦めて写真を撮る。そしてスマホを彼女の手に触れないように返す。


 写真の出来が気になったミレたちが彼の元へと向かいスマホを奪い取る。そして画面を覗き込む。

 

「この引きつった表情はなんだ! チトセ同学生」


「そうよっ。せっかくチアキがチアキが撮ってくれたのにっ。あっ! 仕方ないか? ねっ? ミレ」


「そうね〜っ、カコ。チアキ?」


「なに?」


「ずれているよ。真ん中にして撮ってあげれば良かったのに」


「あっ……それは」


 するとチトセがミレからスマホを奪い返す。あまりにも強引だったのでミレは驚く。しかし、すぐに不敵な笑みを浮かべる。


「何でも嬉しいのかなぁ〜、チトセ同学生は。ねっ? カコ」


「そうね〜っ、ミレ」


「あっ、そうだ! チアキのも見せて」


 そう彼女がが言うとチアキはスマホを渡す。ミレたちは画面を除き込み顔を見合わせる。


「チトセ同学生!」


「なっ、何です?」


「ずれてるじゃない! 自分がずれて撮られたからって仕返ししたの?」


「そうよっ。あんまりだわ」


 つい彼はユイを含めてバランスを取りアングルを決め撮ってしまったのだ。彼はチアキの方を目線を合わせずに見る。


「すみません。取り直しますね」


「いいよ。わざとじゃないしね」


「どうしてそう言えるの? チアキ」


「えっ……チトセ君はそんな人じゃないよ」


「あっ、待って! そうよっ! そんなことするはずないわね」


「えっ……どういうこと?」


「ううん、なんでもないよ。気にしないで、チアキ」


「あっ、うん」


「ミレ?」


「何よ? カコ」


「二人の写真、玄関の扉の中心線から向かって右側にチトセで左側にチアキが写ってたと思うわ」


「本当? ちょっと見せなさいよ」


 そう言うと彼女は再び彼からスマホを奪い取る。そして二人は見比べている。


「ホントだわ、カコ。こんな偶然ってある?」


「ホントそうよね。不思議だわ」


「あっ、そうだ! みんな」


「何? チアキ」


「どうしたの? チアキ」


「記念にみんなで手を繋がない?」


「いきなりどうしたの?」


「そうよっ」


「あっ……うん。何となくかな? チトセ君はどうかな?」


「あっ…………」


 そう彼が言うと両手に強めの感触があった。確認するとミレとカコがそれぞれ彼の手を握っている。それを利用してチアキがチトセと手を繋ぎたいと思ってる二人は即座に判断したのだ。


「実は私たちもそう思ってたんだぁ〜? ねっ? カコ」


「そうなんだよね〜、ミレ」


 チアキは呆気にとられている。別に二人が手を繋いでいることではない。あわよくばという思いはあった。多少の嫉妬はあるが彼女は二人の素早さに驚いているのだ。チアキには、そうしようとした別の理由があったのである。


「チアキも早く」


 促されたチアキはミレとカコと手を繋ぎ輪が出来た。するとユイがカコとチアキの間から輪の中に入ってくる。そして中心で立ち止まる。そしてチトセを見上げる。


『ユイが繋ぎたかったのにな』


 その言葉に二人が隣にいるので彼は返事が出来ない。


『お姉ちゃんと繋ぎたかったのになぁ、ユイ。でも今度にするね』


 彼は小さく頷く。すると彼女は回り始める。そして、順に四人の顔を見つめていく。それを何周も続けていく。すると、彼女は精魂になる。濁っている精魂が周回を重ねるにつれて澄み切っていく。


 メイコンシャ、ホウコウシャを数々見てきた彼である。しかし一度濁った精魂が自浄じじょうされ元の色に戻っていくのを目撃したのは初めてなのだ。彼は自分の目を疑う。しかし、それは目の前で起こっているまぎれもない現実なのだ。数周した後、完全に澄み切ったユイの精魂は人の姿になる。


『目が回っちゃった、お兄ちゃん。でも、なんか気持ち良かったよ』


 そう言うと彼女はフラフラしながら彼の脚にしがみつく。しばらくすると彼女は顔を上げ微笑む。彼は微笑み返す。すると今度はミレとチトセの間から彼女は輪を出て行く。


 このままの精魂の状態であり続けることを彼は願う。それと同時に、これから少しでも濁る兆候が見られた時は躊躇ためらわずに送ると決心する。それが彼女にとって最良の選択なのだと言い聞かせる。


「そろそろ良いんじゃないかな? みんな」


 そうチアキが言うと各々おのおの四人は手を離していく。


「チトセ同学生?」


「残念ながらここでお別れだ」


「あっ……はい」


「なぜならカコのほぼ真向かいの家が私の家で、その隣がチアキの家だ」


 そう言うと彼女は交互に二軒の家を指差す。そして彼女は近づき耳元へと背伸びする。


「もし遠かったらチアキを送ってもらったんだけどな。期待させて済まない。決して、決して逆恨みしないでくれよ」


「しませんて。じゃあ、私は行きますね」


「気を付けてな」


「お気遣いありがとうございます」


 そう言うと彼はチアキとカコに会釈する。彼は背を向け屈む振りをしてユイを抱き上げ歩き出す。彼女は彼の肩に顎を置く。


 ふと彼は振り返る。するとチアキが手を振っている。彼女と目が合う。すると彼女は手を振るのをやめる。彼は会釈し前を向き歩き出す。


 チトセが日本家屋に変えた外観が徐々に元へと戻っていく。その様子をユイが切なげな表情を浮かべ見つめている。

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