第2話 「知らない声」がした

「ひうっ!」


 息を切らしながら、声がした場所へたどり着く。


 そこには、大男が女の子を突き飛ばす光景が広がっていた。

 突き飛ばされた少女は、このあたりでは珍しい格好をしていた。


 すっぽりと頭を隠せるほど大きなフードがついた、黒いローブ。


 そして、フード越しからちらつく綺麗な銀髪。

 彼女の肌は浅黒く、額には赤いアザがついている。


「逃げるんじゃねェ!」


「きゃっ!?」


 次の瞬間、少女は蹴り飛ばされていた。

 彼女は泥まみれになりながら、怯えた目で大男を見ていた。

 それを見て、ふつふつと怒りがわいてくる。


 女の子に暴力を振るって、なおかつバケモノ呼ばわりだなんて。……許せない。


「……何してるんだ!!」


 そしていつの間にか、僕は叫んでいた。


「あァ?」


 僕の声にスキンヘッドの男が振り向く。

 男は左腕にヘビのタトゥーを彫っており、その手には紫色に怪しく光る魔道具を持っていた。


「ンだァ? 邪魔すんじゃねえよガキ! 貴族サマへの見世物みせモンじゃねえんだ、とっとと失せろ!」


 しかし、僕のことなんか相手にしていないような口ぶりで男は吐き捨てた。

 いくら泥にまみれたコートでも、これが高価なものだということはある程度わかってしまうらしい。


 まあ、身元まで割れなければそれでいいけど。


「……っ、黙れ! こんな見世物みせものがあるか!」


 そして僕は、男の声を遮るように怒鳴っていた。

 だけど僕は、大声を出したことを後悔していた。

 男が右手に大剣を握りしめていたからだ。


 大剣と言っても、一般的に使われているものとは一回り刀身が小さい。


 それでも大抵の冒険者が両手で使用するものを、この男は片手で軽々と振り回していた。


「来ちゃダメ! 気にしないでいいの、キミは早く逃げて!」


「てめえはビービーうるせえんだよ、バケモノが!」


 少女が僕へ叫んだ瞬間、男は大剣を振り上げる。

 それは、少女の首を狙っているようだった。


「ひっ…………!」


 か細い声がした。

 男が掲げた大剣の刀身には、少女の怯えたような顔が映っている。

 しかし彼女は、なぜか逃げようとしなかった。


 ……いや、逃げられないのか?


 相手が、スキルを使っているのだろうか。


「やめろ!」


 そう考えている間にも、いつの間にか僕は飛び出していた。

 そんな自分に、驚いた。


 やめろ。相手はスキルを使うんだぞ、僕に何ができる。

 必死に、自分へそう言い聞かせた。


 だけど。そんな自分への言い訳は、もう僕には届かなかった。


『オペレーションシステムのインストールが完了。これより再起動します』


 代わりに、そんな声が頭の中に響いていた。

 

「だから邪魔すんじゃねェ! クソがぁ!」


 男が大剣を振り下ろす。

 それは、女の子から僕へと標的を変えていた。

  

「……っ!」


 眼前に振り下ろされる刃。

 僕が死を覚悟した、その瞬間だった。


『アドミニストレータの生命危機を感知。至急、スキルを発動します』


 また、さっきの声が頭に響く。

 その声は、確かに『スキル』と言った。

 

「剣聖スキルの発動許可を確認」


 そしたら今度は勝手に声が出た。

 また『スキル』だ。

 驚く暇もなく、やがて僕は自由に体を動かせなくなった。


「聖剣の召喚に成功」


 また声がするなり、僕は勝手に走り出した。

 思わず瞼を閉じることもできない。まるで体を乗っ取られたような感覚だった。

 ――キィン!


「なァっ!?」


 甲高い金属音が鳴る。

 振り下ろされた刃から火花が散る。

 その火花は、剣と剣がぶつかった事によって生まれたもの。


 いつの間にか、僕は剣を握りしめていた。

 そして、その剣で大剣の一撃を受け止めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る