私の心臓は音の鳴る機械ではない
立談百景
1.
鏡に映った自分の身体を見る。
褐色の肌、赤い瞳、黒い髪。無駄のない筋肉質な身体は、ほとんど人間と同じに見える。
しかし、私の肉体はほぼ全て機械で出来ている。
褐色の肌は自在に色を変えられるカメレオンスキン、赤い瞳はサーモも暗視も可能なフルライトネス。髪は限りなく人毛に近い人口毛髪で、頭部の熱を発散させる。人工筋肉に人工強化骨格。サーボモーターと油圧を適切に分配した関節設計。唯一、脳髄だけは外殻に入ってユニット化されているものの、私の元の生体が残っている部分だ。
――治外法権的な格闘賭博。昔は格闘技に精通した人間たちを生身で試合をさせていたらしいけど、今は部分的に
私はこの格闘賭博のファイターだ。
勝率七割、名実共に現状最強のサイボーグが私だ。
身体をサイボーグ化するのは大変な費用がかかる。それをわざわざ壊すために使う、というのが賭博に集まる者の溜飲を下げるらしい。
機械軀体の開発メーカーなどのスポンサーが格闘賭博の主催となり、私たちを戦わせる。国によってはこの賭博自体を禁止しているが、金の流通が国家を越えるようになった現在では、この賭博は地球規模の一大興業となっている。
ルールは時間制限なし、ギブアップかKOのみで勝敗を決める。不慮の事故を除き、対戦相手の命を奪うことは認められない。しかし直接的な目潰し以外は、基本的にどこを破壊しても問題ない。
「いい、良く聞いてフヨウ。今日は特別なマッチメイクよ――」
セコンド兼技師のイゼッタが、私の機械軀体のチェックをしながら話しかける。
私はジェネレーターの出力を上げながら、心臓炉の熱を冷ましていく。
「大丈夫だよ、イゼッタ。あたしなら心配いらない。勝てる、勝てるよ。いつも通りね」
この闘技場のファイターは、肉体の70%以上を機械軀体化した人間がほとんどだ。私の機械化率は92%で、これは人間としては最高レベルの機械軀体化である。
それでもイゼッタが特別というのには理由がある。
今日のマッチアップの相手は、人間ではないからだ。
「今回の相手は、戦うために生まれた機械だ。常識が通用しないかも知れない。うちのスポンサーの直接のライバル企業の興行に乗っかった形だしね。うちの社長は、少し人間を信じすぎているところがある。人間が作る機械も同じように信じているし、フヨウのことも信じている」
機械軀体化により身体能力が飛躍的に上がった人間が、重機や猛獣と言ったものと戦う見世物はこれまでにもあった。そしてその最たるものがこのサイボーグ同士の格闘賭博だった。
しかし今回の相手は、サイボーグではない。
「まさかフルメカニカル・ヒューマノイドと戦うことになるなんてね……」
元々自律型のヒューマノイドそのものは、それなりに存在していた。しかしあくまでそれは工業用だったり、人間のアシスタントだったり、あくまでも人の営みに寄り添うためのものだった。
しかし産業用ヒューマノイドが広まっていくにつれ、適材適所のロボットはむしろ、人型を模さない方が効率的であり、コストパフォーマンスま良いと結論づけられていった。二足歩行の足は四足歩行になり、2本の腕は3本にも4本にも、不要なら1本にもなった。介助用ロボットはむしろ人の顔をしているよりも、ディスプレイに表示された絵の方が好まれた。
機械を限りなく人間に近づけるというのはむしろ、人間の不得手や欠陥を見つけ出す作業になったのだ。
そうして「
――これが示すのはつまり、こと現在においてサイボーグはむしろ人間の範疇なのである。あくまでも人の身体を補強し、置き換えた存在。単純な生産力は機械が勝る。人型機械の汎用性だって、腕を増やし、脚を増やし、目を増やした方が効率的なのだ。人間のように会話や渉外を行える人工知能だって、人間の姿でなくともコミュニケーションに齟齬は発生しない。
人間の姿形というのは、機械にとっては枷でしかない。
ないはずだった。
しかし、今回の興行である。
触れ込みはこうだ。
「ついに人間を超えた存在を、人間が生み出した」
——人間やサイボーグたちにとって、「人間」という存在への信仰は、いまや行き過ぎたところがある。機械や人工知能によって産業も国家も発展したこの世界で、人間であるというのはそれだけで自己同一性を保つ属性であるという。
一方で、機械こそが人類の進化の最終段階だと主張する者達もいる。やがて生命は電子化され、肉体の全ては機械に置き換わっていくのだと。
こういった思想を「人間派」「機械派」と分けて論じることも増えてきた。
いまでこそ「人間」で有ることが重要視されているが、この先、人間の定義は大きく変わっていくのだろう。
いま私たちは、時代の分水嶺に差し掛かろうとしているのだ。
そういう意味で、この戦いは少し特別である。
賭博闘技場は、サイボーグ技術を推進する企業が多くスポンサーになっており、どちらかと言えば人間派の思想が強い。機械はあくまで人間を助けるものであり、人間は機械になり得ない。
しかし今回の興業の仕掛け人は、「機械派」の先鋭企業である。人類より優れた機械を作り出し続ける企業で、サイボーグ開発は行っていたものの、ヒューマノイドの製造は行っていなかったはずだった。
しかしその機械派の企業が人間を超えた存在として、人間と同じ形の機械を開発し、サイボーグ闘技に殴り込みをかけてきた。
冷静に考えればこれを受けない選択肢だってあったろうが——人間派、機械派の議論が加速する中で、元締めがこれは金になると踏んだのだろう。
「よし、準備完了——!」
私の全身チェックを終え、イゼッタが私の背中を叩く。
人工皮膚の触覚センサーから伝う電気信号が、私の脳髄にバチっと響く。
私たちサイボーグの戦いに、ボクサーのようなヘッドギアやグローブはない。
この身一つが己の武器だ。
『さあ、今宵の戦いは——』
控え室に試合の前口上が響く。
「さあ行こう、フヨウ」
「行こう、今日も勝つよ」
私とイゼッタは立ち上がり、静かな熱気をまとう会場へと足を向けた。
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