第19話 戦い
私達は呆気にとられていた。
そこは、かつて見た<スノマタ>の街並みではなかった。
建物はほとんどが朽ちて蔦が這っており、人が生活している痕跡などは一切ない。
実はよく似た別の施設に転移させられていたのだろうか。いや、そうではないようだ。なぜなら、母さんとヒトミも同様に驚愕している。
「なんだよ……ここは」
母さんがつぶやく。
「外で控えていた味方も見当たらないわね」
ヒトミは周囲を見渡しながら状況を確認している。
このような異常な状況に持ち込む手段といえば――。
「誰かの<錬成術>……」
私がつぶやくと答え合わせといわんばかりに、頭上から声が聞こえる。
「ピンポンピンポーン。正解です」
そこにいたのは、シオンさんとユウカ。
ふたりはスノマタベースの屋上に立っていた。
「シオン……。おまえ、何のつもりだ!」
「キョウカ先輩、お久しぶりですね。出会い頭に怒鳴りつけないでくださいよ。まあでも、これも懐かしいですけど」
シオンさんは母さんの言葉に全く動じる様子を見せない。そればかりか、少しばかり煽ってやろうという余裕まで見せる。
「何が起きたかわからないという感じですね。まあ、当然か……。お察しの通り、ここは<スノマタ>じゃありませんよ。この娘の<錬成術>で、<スノマタベース>ごと転送させました」
「この巨大な建物……、しかも中にいる人ごと転送したっていうの……」
ヒトミが驚きを口にする。
そして、その事実は、私達の数的有利が一気に覆ってしまったことを意味する。
「外に待機させてた戦力が全くの無意味ですね。さあ、どうしますか、ランさん」
「私はランじゃない! 愛川リンとして、学院に戻らせてもらいます」
「……そうですか」
シオンさんはつまらなさそうに私の話を聞く。
「分かりましたよ。いや、わかった。キミは愛川リンだ。うん」
その視線は冷ややか。
「つまり、ランさんじゃないなら――殺しても問題ないってことだね?」
言うと、シオンさんは右手を掲げ、鎌を出現させる。
それが合図だったのか、一斉に<スノマタベース>から相手方が飛び出してくる。その数は二十ほど。
各々が手にする武器や<錬成術>でこちらを攻撃してくる。私達は、それを防ぎながら、時には避け、反撃する。
しかし、気づく。
私への攻撃が非常に薄い。
ヒトミと母さんに重点的に狙いを定めており、気が付くと、それぞれの距離は大きく離されていた。
私の右手にヒトミ、左手に母さん。
それぞれ百メートルは距離があるだろうか。
十対一が二つという状況も、強力な<錬成術師>である二人だからこそ、なんとか対処ができている。
シオンさんはその様子を見届けると、屋上から飛び降り、私に対峙する地点へと降り立つ。
「リンちゃん……、残念だよ。ボクと同じ夢は見てくれないんだね」
「私には、私の夢があるはずです。その形は、多分あなたとはちがう」
「そうかそうか」
シオンさんはにこやかに返すと、次の瞬間、表情を殺す。
「じゃあ死んでね」
その刹那、シオンさんは鋭く踏み込み、私との距離を一気に詰める。
私はとっさに土の壁を作り、行く手をふさぐ。
しかし、それはあっという間に切り崩され、距離は詰まる。
シオンさんは鎌を振りかぶり、切っ先は私の首元めがけ一直線に迫る。
何度も見た光景。
しかし、これまでと違うのは、死んだらそれまでだということ。
私はとっさの判断で、緩く作った、こぶし大の土の塊を彼女の顔面へと飛ばす。
さして攻撃力を持たないそれは、シオンさんへ直撃すると、砕けて飛び散る。
それが目つぶしのようになり、彼女の切っ先を鈍らせる。
そのおかげで、辛うじて避けることができた。
「――っ! ……こざかしい真似するじゃん。ボク相手に目つぶしとはね」
「泥臭い能力なもので」
私は強がってみせる。
「まあ一回防いだくらいで、いい気にならない方がいいよ。リンちゃんもわかっているだろう。キミじゃボクには勝てない」
「……そうなんでしょうね」
私は苦し紛れに吐き捨てる。
その言葉にシオンさんはイラつきを隠せない。
「だったら、早くあきらめたらどう? 楽になるよ」
シオンさんは構えながら、じりじりと距離を縮めてくる。
油断すると、次の瞬間には叩き切られていそうだと思わせるほど。
「諦めませんよ……。シオンさんこそ、認めてくださいよ。もう<一条ラン>は存在しないって」
「何も知らないランさんもどきが……。知ったような口を!」
その瞬間彼女は消える。
いや、消えたかと見紛う速度で私の方に突っ込んできていた。
ステップによる回避は間に合わない。
でも、さっきみたいにやれば――。
咄嗟の判断で、私は自らの足元に巨大な土塊を創り出す。
その高さは平屋の建物ほど。
横、後ろの回避では逃れられなかった攻撃に対し、<錬成術>による縦移動という手段で回避する。
私は一時的にできた山の頂上に立つ。
しかしそれも束の間、シオンさんの斬撃により、山は破壊される。
崩れるバランス。
墜落しそうになるが、すぐさま先ほど階段を作った要領で空中に足場を作り着地する。そして、上に向かう階段をどんどんと作っていき、シオンさんから距離をとる。
いったん体制を立て直すべきだ。
周りを見渡すと、いまだにヒトミと母さんは戦闘を繰り広げている。
距離があり、詳細は不明だが、こちらに援軍を頼める様子ではない。
シオンさんはさすがに飛べはしないようで、下から私のことをじっと見つめていた。
少しでも隙があれば、捕らえてやろうとでも言わんばかりの鋭さだ。
『苦戦、してるね』
私の脳裏に何者かの声が聞こえた。
感覚としては、あのネックレスで念話をしていた時に近い。頭の中に直接話しかけられる感じ。
いや、実はその声には心当たりが一つだけあった。
なぜなら、その声は私が普段から発している声に似ていたから。
「……<一条ラン>」
『そう、正解』
脳内に響き渡る声は肯定した。
「どうしていまさら」
もっと早く出てきてくれれば、あんな苦しい思いはしなくて済んだ。そう思わざるを得ない。
『それは、ごめん。でも、少し勘違いをしてるね。私は、もう消えゆく存在だ。キミにとって変わろうとは思っちゃいない。この声は私の最後の<錬成術>だ。その発動条件は、キミが真実を知り、そして一条ランを否定すること。名実ともに、私が失われたときに発動するものだよ』
声はそう話した。ということは、私が手紙を読んだときに条件を満たしたということになる。
『ピンチにただ一度だけ現れて、助言をするだけの、ほんのちょっとの冥途の土産だよ』
そう、ピンチだ。
今は<錬成術>が持続しているが、精神力が切れてしまえば、私は真っ逆さま。
「いったいどうすれば」
『簡単さ。シオンを倒す』
そんなことを言ってのける。
「……できるんですか、私に」
『ああ、できるさ。キミの<錬成術>はシオンの言う通り不完全だ。これっぽちも活かしきれていない。そもそもキミは自分の<錬成術>はどんなものだと思ってる?』
声はそう問いかけてくる。
「土の塊を生み出す能力……ですよ」
『その理解がまず違う。いいかい、思い出して。土は変化してレンガのように硬くなった。ただの土の塊が引き延ばせば壁になるし、今立っているように階段や足場になる。それだけじゃない、彫刻のように削りだしてしまえば、どんな形にだってなる。土はね、万物の根源のひとつなんだ。すべては考え方次第さ』
一条ランはそう語る。
「考え方次第……。なら私にも」
『ああ、できるさ。冥途の土産にそのコツだけ教えていくよ。あとは、キミが。私とは違うキミ自身が切り開くんだ』
私は彼女の言葉を受け、決心がつく。
やるしかない、自分自身で。
私は右手を握りしめ、シオンさんを視界に入れる。
『準備はいい?』
「……はい!」
私は眼前に土塊を生み出す。
直径はおよそ一メートルほどの大きさ。
『まずは、キミが一番強いと思う武器を思い起こすんだ』
一番強い武器……。記憶をたどると、母さんとの訓練の日々が思い出された。
「母さんの剣だと思う。いつも訓練で打ちのめされていたイメージが強い。それに、自分でも手にして戦っていた」
『キョウカの剣か……。確かにあれは強烈だ』
しみじみという。懐かしんでいるのだろうか。
『じゃあ、土の形を変えよう。確かに、この硬さの土がグニャグニャと変化するのはイメージしづらいよね。こう考えてみて。その土の中に、キミが取り出したいものが入っているんだ。周りを削り出して発掘するようなイメージ』
「……それならイメージできそう」
腑に落ちる感覚がある。
私は早速そのイメージを具現化してみると、土塊にひびが入っていく。
そして、中から現れたのは見覚えのある剣だった。
「で、できた……!」
80センチほどの装飾のないシンプルなロングソード。まぎれもなく、母さんが生み出す剣だった。
しかし、その材質は私の生み出した土のままであった。
いわば、私の土から生まれた精巧な剣の彫刻といえる。
「これじゃあ、シオンさんには勝てない」
簡単に砕かれる土壁のことが思い出される。
剣の形を模したとしても、意味がない。
『ここからが大事だよ。とっておきの<錬成術>のコツ、それを伝授してあげる』
私は生み出した剣を手にしながら耳を傾ける。
『そうなると信じ込むことだよ。自分の能力は特別で、なんでもできるって思いこんじゃうこと』
「そんなこと――」
ない。
そう言おうとして、口をつぐむ。
そうだ、この考え方がよくないのだ。
道を絞り、限界を決めつける。
これこそが、私を阻んでいたもの。
自分自身で作った壁なのだ。
「信じます。できますよ、私――愛川リンなら」
『それでいいんだ。やってしまえ、愛川リン!』
私は剣をさらに強く握りしめる。
集中する。
この剣は何でできている。
当然、土ではない。
それでは鉄だろうか。
いや、もはやそんな常識にとらわれる必要すらないのだ。
何でできていてもいい。
結果として現れるものが何かさえイメージできていれば。
硬く、鋭く。
何者さえも切り伏せてしまう鋼の刃。
私はそんな姿を思い浮かべた。
『そう……。そうだよ。これがキミの本当の<錬成術>だ!』
私は手にしていた。
自分が思い浮かべられるなかで、最も強い剣を。
○
私は視線を再び下げ、シオンさんをとらえる。
彼女と目が合う。
「いい加減覚悟は決まったかな」
シオンさんはそう語りかける。
「はい。あなたを倒してみせます」
「面白い! やってみせてよ」
上空に向かって叫ぶ彼女をみながら、私は、足場を消し去る。
瞬間、浮遊感を感じ、落ちていく。
剣を握る手に力が入る。
目線は外さない。
空中で体勢を整え、シオンさんに切りかかる。
位置エネルギーが加わった一撃は重い。
私の剣と、シオンさんの鎌が交わる。
響く金属音。
シオンさんは驚いたように目を見開く。
その対象は手にする剣か、はたまたその強度か。
私はシオンさんに刃を受け止められた反動を利用し、翻って着地する。
休む間もなく追撃。
剣術は母さんに叩き込まれている。
基本に忠実に、鋭く踏み込んでいく。
しかし、私の追撃はシオンさんに躱される。
私に生じた隙を彼女は逃さない。
一切の容赦なく首元めがけて刃は振り下ろされる。
私は鋭く切り返し、刀身で受け止める。
剣は、折れない。
「どうしたの、その剣……」
つばぜり合いながら、シオンさんは言う。
「母さんの剣ですよ。私が思うなかで最強の武器です」
「そうじゃなくて、……いや、土壇場で目覚めたんだ、本来の能力が」
「そうかもしれませんね!」
私はシオンさんの腹部へ目掛け、こぶし大の石を<錬成>し、飛ばす。
彼女はそれを察知し、大きくバックステップし、距離を空ける。
放たれた石は、まっすぐに飛んでいき、難なくよけられる。
「なるほど、剣術に関してはキョウカ先輩に随分訓練されているみたいだね」
「厳しいですよ。母さんの指導は」
「よーく知ってるよ」
そういうとシオンさんは構えなおす。
ふたりの間には静寂が流れる。
その距離は十メートルほど。
どちらも動かない。
剣を握る手には汗がにじむ。
私のおおよその実力が晒された以上、これ以上の打ち合いは危ない。
ならばどうするか。
得意分野で勝負するしかない。
私は剣を振り上げると、その場で振り下ろす。
その途中で握る手の力を緩める。
剣はシオンさんの方へぐるぐると回転しながらまっすぐ飛んでいく。
彼女は、それに驚いた様子だったが、すぐに回避する。
「はは、お手上げでやけくその攻撃のつもり?」
「それは、どうでしょうね」
シオンさんの横を通り抜けていった剣が、物理法則に反し、その進行方向を変える。
ブーメランのように、彼女のもとへと戻ってくる。
「――っ!」
彼女はその異常な軌道に気が付き、迎撃する。
剣は弾き飛ぶも、欠けることはなく、すぐにシオンさんのもとへと突撃していく。
流石の彼女も、やむことのない攻撃に、対処することで精いっぱいのようだ。
「厄介な!」
「シオンさんには見せていませんでしたよね。私の操作能力!」
剣は、私の意のままに、舞うように飛び回る。
たとえ、その対象が剣の形をしていたとしても、私の鍛えた操作精度は失われていないようだった。
「でも、この程度の動きなら防げる! 根気比べと行こうか!」
「いえ、その必要はないです!」
私は、既に手にしていた<もうひとつの剣>を放り投げる。
母さんの剣はふたつある。
そうあるべきだと思い込むことで、よりスムーズに<錬成>ができた。
それは、加速し、シオンさんに切りかかる。
「なに――」
唐突に現れたふたつめの剣に彼女は反応が遅れる。
「ぐああぁっ!」
その刃はシオンさんを切り裂いた。
緩んだ動きに容赦なく二の矢三の矢が浴びせられる。
彼女は苦痛に顔をゆがめ、その場に崩れ落ちる。
「殺しなよ……。ひどいことした相手でしょ」
「でも、それは……」
「はは、やっぱりキミはランさんじゃないや」
そういって彼女はうつむく。
「リンっ! 大丈夫か」
ようやく相手が片付いたのだろう、母さんがすごい勢いでこちらに近づいてくる。
「キョウカ先輩は容赦ないから、捕まるのは勘弁だ。……ユウカ」
「……ん」
いつの間にかユウカが現れ、シオンさんの傍らに立っている、
「今日のところは逃げるよ」
「……わかった」
そうとだけ言うと、次の瞬間には彼女は消えていなくなっていた。
おそらく、どこかに転移したのだろう。
「無事か! リン!」
母さんが駆けつける。
「うん、なんとか……。ねえ、母さん」
「なんだ?」
彼女は優しい顔で問う。
「帰ったら、私と一条ランのこと、たくさん教えてね」
「……、ああ。約束する」
こうして、私は自らの過去を断ち切ったのだ。
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