第69話 同じ事の繰り返し・1
「私も……あの方とお話したいです」
私の言葉にお父様は小さく頷いた後、メイドにコンラッド様を連れて来るように命じました。
その間に私と兄様は互いの場所に座り直します。
コンラッド様が私に会いに来た理由が読めない以上、隣に座るのは危険と判断したからです。
「あ、そうだ、会う前に魔力も濁しておいた方が……」
「……いえ、この状態で大丈夫です」
魔力を濁してもパーティーの時と同じ色に染まってくれなければ怪まれてしまうでしょう。
この場での小細工はかえって状況を悪くしかねません。
そして兄様が防音障壁を張り直した後、コンラッド様が応接間に入ってきました。
パーティーの日からロクに食事や睡眠を取っていないのか、コンラッド様は目の下に薄いクマがあり、大分やつれているように見えました。
先ほどまで怒りを露わにしていたお父様や兄様が言葉を失う程の哀愁漂う彼は、私の姿を見るなり目を大きく見開き。
「ああ、ステラ嬢……! 会って頂いた事に感謝する。先日は、妻が本当に無礼な事を言ってしまった。ちゃんと謝りたかった」
「コンラッド君……その無礼な事をしでかした妻がうちの娘である事を分かっているのか?」
「……」
お父様の言葉に、コンラッド様は言葉を返しません。
お父様に怯えている訳ではなく、ただ、私を見つめる光の無い目に寒気がした時、
「魔力が……違う……」
ポツリと漏れた言葉の後、彼の目に強い光が宿って歓喜の表情に変わるまであっという間でした。
「やっぱり……システィナ、なんだな? そうなんだろう……!? どうして言ってくれなかったんだ……貴方達も、何故システィナが死んだなんて嘘を……!!」
声を荒げてお父様と兄様を怒りの表情で睨みつけたかと思うと、お父様と兄様も負けじと憤怒の視線をコンラッド様に向けます。
嫌悪や怒りを超えた、人を殺さんばかりの視線を向けられたコンラッド様はビクりと体を震わせ、
「い、いや、もう、その事はいい……今こうして、システィナと再会できた、もう、それでいいんだ……」
誰に何を言われたでもなく自分を納得させた後、再び私の方に熱が籠もった視線を向けてきました。
そして私の前で膝と両手をつき、深く頭を下げてきました。
「システィナ……あの時の事は本当に済まなかった。ずっと、会いに行けなかった事を後悔していた。今まで、君の事を忘れた日など一度もない。ずっと、謝りたかった……!」
かつて愛した人が床に頭をつけて謝罪する姿は、酷く哀れで――今更謝られてもと思う自分もいれば、3年前にその姿を見せてくれたなら、と思う自分もいて。
でも、ようやく謝ってくれたと、もういい、私の事でもう苦しまないで思う自分もいて。
複雑な感情が心の中に渦巻いて、耐え切れずぎゅっと自分の手を握りかけた、その時――その手にコンラッド様の手が重なりました。
「どうかこれからは君の傍で、君自身に償わせて欲しい……地位も名誉も失った身だが、それでも私ができる事があれば、何でもしよう……!」
重なった手の生温さと理解できない言葉に心の中が一気に静まり返ります。
それはまさに冷や水を浴びせかけられたような、一瞬で我に返る感覚。
(この方は……何を言っているのでしょう?)
先ほどの謝罪は分かります。私に対する罪悪感をずっと抱えていたのでしょう。それを吐き出して楽になるのなら、楽になってほしい。
だって私は死んでいない。伯父様やステラ、リュカさん、お父様に兄様、ティブロン村の人達のお陰で立ち上がる事が出来た。
私が幸せになっていくその裏で、今も私の死を背負って苦しみ続けている人がいるなら、私は許すべきだと思うから。
謝罪を受け入れて欲しいというのであれば、受け入れましょう。
許してほしいというなら、許しましょう。
ですが――
重なった手を力任せに弾くと、お父様がポケットから拳ほどの大きさの青緑色の石を取り出し、コンラッド様に向けて彼の動きを封じました。
その石は商人や冒険者が護身用に持ち歩く、大きな魔物の動きすら止める程の強力な
コンラッド様と言えど容易く解ける物ではないでしょう。唖然とした表情からは抗う気はないようにも見えますが。
身動きが取れなくなったコンラッド様に、冷静を心掛けて言葉を紡ぎます。
「コンラッド様……私を見捨て、マイシャを見捨て……貴方は一体どの面下げてそんな戯言を吐くのですか?」
「わ、私はマイシャまで見捨てたつもりは……」
「あら……パーティーで大恥をかき、公爵達に嫌われた孤独な妻を見捨てて、新たに現れた女に擦り寄る。かつて誘拐され穢された私を見捨てて、マイシャに擦り寄った時と全く同じではありませんか」
そう、同じ――この人はこの期に及んで、また同じ事をしようとしている。
価値を失った者から離れて、価値ある者に近づこうとする――枯れ果てた花から美しい花に移動する毒虫のような行いに嫌悪感を露わにしていると、
「違う、同じじゃない……! あの時は、マイシャがすり寄ってきたんだ……!!」
予想外――ではありません。想定内の言葉が、防音障壁の中に響きます。
「私が君を失って絶望の中にいた時、マイシャは、自分が私と結ばれる事を星に願ったのだと私に言った。だからシスティナに罪悪感があると……私とその罪悪感を分かち合い、共に支え合って、君に償いたいのだと……!!」
罪悪感――私の婚約者であるコンラッド様と結ばれたいと必死に願った事への、罪悪感。
あの子のふざけた言い訳はもう、私の心に一切触れません。
怒鳴り散らす気にも泣きわめく気にも笑い飛ばす気にもなれず、今心の中にあるのは、虚無。
ただ、マイシャが星に願った、というコンラッド様の言葉は僅かに心を掠め、ある夜の記憶を呼び起こしました。
マイシャが星に願っていた夜。私も、マイシャの願いが叶う様にと願いました。
あれがもし、コンラッド様と結ばれたいという願掛けだったのしたら。
奪われる側が奪う側の願いが叶うように祈れば、確かに神様も叶えてくれるかも知れない――なんて、納得だけが心に残り。
コンラッドとマイシャに対して想いが残っていれば、もっと心が疼いたでしょう。
でもそれを聞いても私の心は静まったまま。
いいえ、むしろ――残っていた微かな想いすら、今の言葉で消え去って。
愛想笑いも、泣き笑いも出来ない私の表情はコンラッド様が望んだものではなかったのでしょう。
私を恐れるように視線を逸らし、悲痛な言葉を続けます。
「……どうしようも、なかったんだ!! 自分の無力さを、愚かさを思い知らされている間に、君が酷い目にあった事を受け入れられないでいる間に、父上に勝手に君のせいにされて、どんどん状況が悪化していく中で、一体どの面下げて君に会えば良かったんだ……!?」
確かに、合わせる顔が無い状況だったのでしょう。コンラッド様にとって受け入れられない、認めたくない現実だったのでしょう。
コンラッド様は思慮深い方。だからこそ感情のままに動く事ができなかった。悲痛な声からは彼の苦悩と苦痛が痛い程感じ取れました。
この方を想い、待ち望んでいた頃の私の気持ちが込み上げてくる位に。
「……どんな面でも、良かったのです」
ポツリと零れた言葉に、コンラッド様の表情が固まりました。
恐る恐るこちらに視線を戻す貴方が本当に私を愛してくれていたのなら、本当に――どんな顔でも、良かった。
「飾り立てた言葉も、花も、宝石もいりません……貴方が、貴方の言葉で謝ってくだされば……いいえ、貴方の心のままに私を抱きしめてくださったなら、きっとそれで良かったのです」
どんなに辛くても苦しくても、貴方が傍に居てくれると思えたら――きっと私は前を向けた。
リュカさんのような温かい陽だまりでなくても――コンラッド様の淡い星明かりでも良かった。
だって足元も見えない暗闇の中でも、微かな光があれば足を踏み外さずに済む。
その光を頼りに周囲を見渡してお父様や兄様の光にも気づけたかもしれない。
アドニス家の箱庭で新たな光を見つけだす事だって出来たかもしれない。
だけど実際は小さな光すらもたらされる事はなく、暗闇の中で足を踏み外して私の、システィナとしての生涯は終わってしまった。
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