第41話 子ども達へのお土産


 村に戻った後、私達は二週間後に向けて大急ぎで準備を始めました。


 布を染める為に必要な桶や、染めた布を外に干す為の竿受けを村の人達と一緒に作ったり、冬の間せっせとスミフラシを取っては布や貝を染めてくれた伯父様から効率的な染め方を学んでもらったり――灯台の近くには日が暮れるまで人がいる、賑やかな状態になりました。


 今日も青空の下、暖かな陽射しと潮風を受けてハタハタとなびく青布がとても鮮やかに映えています。


「スミがポツポツ着くと汚く見えるけど、こうして全体が青く染まると綺麗に見えるから不思議だなぁ」

「こっちのツヤツヤの布なんて、お貴族様相手にも売れそうじゃないか?」

「売れた金で今年はマシな冬を過ごせりゃいいんだが」


 そんな村人達の声が外から聞こえてくる中、春になって初めての授業が始まります。

 

「先生、師匠と二人きりでウェサ・クヴァレまで行ったんだろ? どうだった?」


 冬の間に少し背が伸びた子ども達――その中でもひと際外の世界への関心が強いイチルが目を輝かせて聞いてきました。


「そうね……色々な物が見れて楽しかったわ。それで、イチルとヨヨとサンチェに話があったのだけど……今日はサンチェはお休み?」


 ニアは一人前の魔獣使いになる為にリュカさんの所に通っているので仕方ないとして、秋に大人達の手伝いで抜けていたサンチェはもう戻って来てもいいはずなのですが――


「先生……お兄ちゃん、もう来ないの」

「あら……どうして?」


 ヨヨの予想外の返答に問い返すと、ヨヨは寂しそうな顔をうつむけて元気のない声を紡ぎ出しました。


「お兄ちゃん、自分は馬鹿で、力しか取り柄が無いからこれ以上勉強しても無駄だって……大人達の手伝いをしてた方がよっぽど役に立てるし、ヨヨも一人でここまで来れるようになったから俺がいなくても大丈夫だ、って……」


 小さく震えるヨヨの、消え入りそうな声に心が痛みます。

 

 確かに、サンチェは文字も計算もどちらの覚えも良いとは言えませんでした。

 つまづく箇所を後から入ったゴーカやムトに教えられていたほどです。


 二人は『年下の子に教えてあげる』という親切心だったのでしょうが、ずっと前から学んでいたサンチェの劣等感を刺激してしまっていたのかもしれません。


 それでも、サンチェも少しずつ成長していました。学ぶのが無駄だなんて、けしてそんな事はないのですが――


(とはいえ、他の子や後から入った子がどんどん新しい事を学んでいく中、劣等感を感じながら教室の中にいる苦痛も相当な物でしょう……)


 妹想いの優しくて温厚な気性のサンチェが拒絶した事を考えると、ただ励ますだけはあまり効果が無い――それどころか、逆効果になってしまう気がします。


 彼を傷つけず、気も使わせず、再び学びに興味を持ってくれるように励ます事ができたらいいのですが――


(リュカさんなら、きっと……)


 あの夜、自分の中にある想いを自覚してしまったせいか、それから事あるごとにリュカさんの事を考えてしまいます。

 おばあ様に食料を届ける時もついテントの方を見て、リュカさんがいないか探してしまったり。


 今だって、ニアを元気づけた時のようにサンチェも――って考えてしまいました。


 でも。


(……私にもできるかもしれない事をリュカさんに頼るのは良くないわ)


 リュカさんにはこれまで色々助けてもらっている上に、これからも頼る事になるのです。

 これ以上彼の負担を大きくしてはいけません。


(それに……サンチェは私の生徒です。まず私が考えて、行動しなければ)


 小さく首を横に振った後、気を取り直してイチルとヨヨに向き合います。


「それじゃあ、イチル、ヨヨ……近日中にまたウェサ・クヴァレに行く予定なんだけど、その時貴方達を一緒に連れて行こうと思ってるの。これはその時に来ていく為の服よ。スミフラシのスミで染めてみたんだけど、どうかしら?」


 机の上に置いた木箱から三種類の青色の服を取り出して見せると、二人は驚いたように目を丸くします。


 子ども達を連れて行く事が決まってすぐ、ところどころ穴が開いてたり擦り切れている服を着せて都市に行かせる訳にはいかない、と買ってきた麻の服は、村に着いた後すぐに染め上げました。


「俺、これがいい!」

「ヨヨはこっちがいいの!」


 三人の色の好みはこれまでの付き合いで把握しています。

 予想通りイチルは濃い目の青、ヨヨは薄めの青を手に取りました。

 残った少し大きめの服はサンチェが好きな程よい青色です。


「喜んでもらえてよかったわ。サンチェの服もあるから、もし良かったら着いて来てほしいって伝えてくれる? 次は持って行く荷物も多くなるから、力持ちのサンチェにぜひ来てほしいの」

「分かった! 絶対連れてく!」

「お兄ちゃん、心配性だからきっと来てくれるの! すごく楽しみなの……!」


 イチルとヨヨが満面の笑顔で頷いてくれた横で、頬杖をついたムトがため息交じりに呟きます。


「いいなぁー。オレも新しい服欲しいし、都市にも行きたいなぁ」

「馬鹿、俺達はもう口の中染まっちまってるし、行っても怖がられるだけだろ」


 ゴーカの言う通り、次に都市に行く最大の目的は都市の人達に警戒心を解いてもらう事。

 今回ゴーカとムトを連れて行く理由はありませんし、守る子どもの数が多いとリュカさんやリュルフ達の負担も大きくなってしまいます。


「ごめんね、次回の行商に二人は連れて行けないけれど……その代わり、二人には特別なお土産を持ってきたのよ」

「特別なお土産……!?」


 魅力的な言葉に二人の目と声に強い期待が宿ります。


「まずはゴーカ……貴方には細工道具と細紐を買ってきたの。次の行商に向けて、首飾りか腕輪を作ってくれると嬉しいわ」

「……俺が?」

「ええ。貴方が装飾品作るの上手だ、ってニアが言ってたから」

「そりゃあ、あいつらが作ってるのよりは上手に作れるけど……でも、いいのか? これ、絶対高い奴だろ?」


 ゴーカが開けた細長い木箱に納められたピックやキリ、ピンセットの柄にはブランド名が一つ一つ丁寧に彫り込まれていました。

 その細工道具自体が一つの芸術品として見られそうな程高価な物である事はゴーカも分かったようです。


「ええ、私は細工道具は詳しくないから、お店の人に聞いて長く使える丈夫な物を選んだの。大切に使ってね」

「……分かった。先生がそう言うなら、頑張ってみるよ」


 ゴーカは細工道具から顔をあげてじっと私を見た後、再び細工道具に目を視線を戻しました。


「先生、先生、オレのお土産は?」

「ムトには祝福を教えるわ。子ども達の中では貴方が一番適性があるから」

「しゅくふく……?」

「装飾品に防御壁プロテクトを込めた物よ。その為の本も持ってきたわ」

「プ、プロテクト……オレまだ魔法全然習ってないんだけど、そんなの込められるかな……!?」


 ムトは魔法が使えるようになりたい、という理由で授業に参加しているだけあって魔力や魔法に関する話は真剣に聞いています。

 一人で本を読むにはまだ勉強不足ですが、私が説明すれば理解してくれるはず。


「私の言う通りにすれば大丈夫。だけど、言う通りにしないと使い物にならないから真剣に聞いてね?」

「わ、分かった……でも先生、それってお土産……?」

「それ言ったら俺のもお土産じゃないぞ」

「ふふ……ごめんなさいね。だけど今後、ゴーカとムトが作った装飾品が売れたらそのお金でお菓子や欲しい物を買ってきてあげるから」

「なるほど、頑張ったら頑張った分だけ、本当のお土産がもらえるって事か……」


 働いた分の見返りを本人に与える事はとても大切な事です。

 欲しい物を手に入れる為に作る量はもちろん、より高く売れるようにと工夫する事で質もあがるでしょう。


 現に今、ゴーカとムトは先ほどよりずっとやる気に満ちた目を私に向けています。


「魔法と言えば、これから皆に少しずつ魔法を教えていこうと思ってるの。祝福は魔法について教えるのに最適な教材なのよ。早速、この首飾りに祝福を込めてみましょう。皆、よく聞いて、しっかり見ててね」


 ニアから貰った首飾りを取り出してムトの前に置くと、皆が興味津々の表情で立ち上がって、ムトの周りを取り囲みます。


 ――こうして、私達は次の行商に向けて着々と準備を進めていきました。


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