第33話 大金の使い道
アーティ兄様を見送った後、私と伯父様は無言で家に戻りました。
私に色々考える事があるように、伯父様も色々考えなければならない事があるのでしょう。
「……これから、どうしたものか」
沈黙を破ったのは伯父様の方でした。机の上の麻袋から金貨と銀貨を取り出しながら、疲れ切った声で独り言のように呟きます。
頼りにしていた援助が大幅に減額されそうな状況にかなり参っているようです。
『伯父様、その50万ベルガー……どう使うおつもりですか?』
念話で尋ねると、銀貨の列を作っていた伯父様の手が止まりました。
『……とりあえず、来年の援助の不足分に備えて保管しておくつもりだ。子ども達が村を出る時までに手を付けずにいられた時は彼らの服や靴を仕立てる金に出来ればと思っている』
伯父様の言う通り、子ども達を街や都市で出稼ぎに出す時には服の新調はもちろん、青に染まった手足を隠す手袋と靴は必要になってきます。
ボロボロの衣服を纏っている時点で、下に見られてしまいますから。
けして私欲に走らない伯父様の堅実な思考は、悪い物ではありません。
お父様と兄様が見返りの無い援助を続けるのも、伯父様の人柄を信頼しているからというのもあるでしょう。
ですが――伯父様はお金の使い方があまりにも保守的かつ消極的で、稚拙です。
『……伯父様、どうかそのお金を、私に投資して頂けませんか?』
『投資?』
『……子ども達が出稼ぎに出た所で、田舎の村から出てきた平民の仕送りなど大した額にはならないでしょう。伯父様のやり方ではこの村はいずれ廃村になります』
『この村が呪われているという噂が消えれば、旅人や行商人が訪れる。その分も合わせれば』
『いいえ伯父様……呪われた村が普通の村になった所で、他の村も都市も見向きもしません。彼らにとって、交流が無くても何も不都合が無い村に何の価値もないのです』
ティブロン村は他の村や街との関わりが一切ありません。
せいぜい伯父様が週に一度、
そんな村の呪いが解けたからと言って、何の特徴もない寂れた村に誰が近づくでしょうか?
『村が呪われてないと主張する事は大切です。しかし問題は噂が払拭された後。果物の援助が無くなったら結局スミフラシを食べねば生きながらえない……例え呪われていなくても肌が青白く手足も口も真っ青な民の村など、村の外の人間は皆気味が悪がるでしょう。援助してもらえている間に、この村からお金を生み出せるように……援助が無くても自分達で金を生み出せるようにならなければならないのです』
ずっと言えなかった事を打ち明けた所で一旦言葉を切り、伯父様の様子を伺います。
視線を伏せて、ただじっと座っている――体の震えも苛立ちも感じられません。
少なくとも、自分のこれまでの行動を否定された事に対して怒りは感じていないようです。
ならば、もっと踏み込んで話しましょう。
『旅人や行商人が村や町を訪れるのは、目的があるからです。近くに金銀財宝や古代の英知が眠るような遺跡や、希少な薬の原材料に出来る魔物の巣があるとか、高値で売れる薬草や特産品があるとか……逆に言えば、そういうメリットがあればいくら呪われた村という噂が広がっていても来る者は来るのです』
『……それは、そういうメリットがあれば、の話だろう。この村にそんな物はない。この村にある物は、何処の漁村にもある物ばかりだ。他の漁村にない物……強いて言えば灯台位だが、それもけして珍しい物ではない』
『一つだけ、メリットになりそうなものがあります……上手くいけばこの村を唯一無二の価値がある村……いいえ、街にしてくれるかも知れません』
憶測で物を語るのは危険ですが、この考えを実際に試して上手くいけば間違いなく、この村を救ってくれるでしょう。
『……この50万ベルガーで、私の考えが上手くいくかどうか試したいのです。実際に行動に移すのは冬が明けてからになるかと思いますが……』
『スティ……私は、お前にあの子の願いまで背負ってほしいとは思っていない。私はあの子が背負うべきだったものだけ背負ってくれれば、それでいいんだ』
それは、あの夜にも言われました。
ペンギン達を助け、ステラが死んだ理由を告げられた、あの夜にも。
ステラが自ら身を投げたと知らされた後、私は伯父様から一通の手紙を渡されました。
私が価値を失くし、ステラが死期を悟った頃に私に送ろうとした手紙――伯父様が確認して、送るのを止めたものだそうです。
力の入らない手で書いただろう弱弱しい文字で綴られたステラの本心と願いはとても重々しく――肉体的にも精神的にもやつれ果てていた頃の私には重すぎて到底受け止めきれなかったでしょう。
娘が自ら命を断った原因である私の心身を思いやってくれる伯父様の優しさには本当に感謝しています。ですが――
『……いいえ、伯父様。それではあまりにステラが報われません』
死期が近いと分かっていても、私は他人に自分の立場を明け渡す事などできません。
ましてや死んで絶対に願いが叶えられる保証もない状態で。
でも――それでもステラは死んだのです。
自分の為に。大切な人達の為に。そして、価値を失くした私の為に。
『私に居場所をくれたのはステラです……私は彼女の願いに応えなければなりません』
それが私にとって、どんなに難しい願いでも。
空気の冷えた二人きりの部屋に長い沈黙が漂った後、
『…………元はお前の為に用立てられた金だ。好きに使いなさい』
銀貨に触れたままだった手を再び動かした伯父様は、麻袋に貨幣を戻した後、私に差し出しました。
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