第13話 朱色の旅人
「ひいっ……!!」
ドアに寄りかかってへたり込んでいた私の背に、ドアを叩く衝撃がそのまま伝わってきて。
喉の奥から自分でも信じられないくらい甲高い声が出てしまった後、
「お、おい、大丈夫か!?」
ノックが止んだ代わりに聞こえてきた声は明らかに私の知らない、若々しい男性のものでした。
先ほどの朱色の男性だと思いますが――どうやら私を心配してくれているようです。
心配してくれているという事は、悪い人では、ないのでしょうか?
ですが、声が震えて上手く言葉が出てきません。
それに、乱暴なドアの叩き方は悪い人ではない、という確証も与えてくれませんでした。
「おーい、大丈夫なら返事してくれ! じゃないと心配でこのドア蹴り飛ばしちゃいそうだ」
特に怒っている訳でも無いような、悪意のない声ですが、言葉が何だか乱暴です。
心配だからと家のドアを蹴り飛ばされたらたまったものではありません。
「……だ、大丈、夫です。心配、しないでください……」
ゆっくり息を吸って無理矢理吐き出した言葉は思った以上にか細い物でしたが、ドアのすぐ近くにいるらしい男性には伝わったようです。
「何か声が震えてるけど……本当に大丈夫か?」
「い、い、いつもの、事、なので」
「いつもそんな感じなのか……何の病気だ?」
どうしましょう、大丈夫だと言っているのに全然離れてくれそうにありません。
もう少し強めに拒絶した方が良いのでしょうか? 激昂されたりしないでしょうか? それで、ドアを壊されたら――
バクバクと心臓の音が止まず、冷や汗が止まらない中、どうすればいいのか必死に思考を巡らせていると、
「見知らぬ方、うちに何の用かな?」
伯父様の声が聞こえた途端、全身の力が抜けていくのを感じました。
「あ、俺、リュカって言います。貴方が村長ですか?」
「そうだが……」
「良かった。俺、貴方に会いに来たんです。そしたら銀髪の女の人が尻もちついて四つん這いでここに入っていったから、心配で」
尻もちついて、四つん這い――そんなはしたない姿を見られてしまったなんて、恥ずかしい。
「……娘は酷い人見知りでな。特に見知らぬ男に対しては本人の意思に反して体が硬直してしまう」
「硬直って……大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。放っておけば治まる」
「その言い方……ちょっと薄情じゃないですか?」
男性は本当に私の事を心配してくれているように聞こえますが、私の硬直に慣れてる伯父様の言葉は淡々としていて。
確かに、私の事情を知らない人が聞いたら薄情に思うかもしれません。
「あ、あの……放っておかれるのが、一番、楽、ですので……ち、父上は薄情ではありません……」
「……まあ、本人がそう言うなら」
「あの、心配してくれて、ありがとうございます……恥ずかしい所を、お見せしましたが本当に大丈夫、なので」
グイグイくる人だけど悪い人ではなさそう、という安堵感が私に感謝を述べる勇気をくれました。
本当は面と向かって感謝を伝えるのが正しいのでしょうが、手と足がまだ上手く動かなくてドアを開く事が出来ず。
ドア越しにお礼を言うのが精いっぱいでした。
「……それで、君は私に何の用だ? その朱色の髪と眼、顔の紋様からして、ウェスト地方の人間ではないようだが」
「俺は、えっと……ノース地方の、ローゾフィアの出身です。これまで色んな所を旅してて。しばらくこの村にも滞在したくて、その許可をもらいに来ました」
ローゾフィア――確かノース地方のやや東に位置する、数年前に正式に<領>として認定された、高い山々と広大な草原が広がる地帯の名称です。
そこは魔物――特に魔獣と共存する人間達が治めている地で、そこに住む大半の人間が魔物と意思の疎通を図る為に、顔に特殊な紋様を刻んでいるとか。
先ほどの紋様、という言葉が私の好奇心を一層掻き立てます。
魔獣使いと称される彼らの紋様は、図鑑には載っていませんでした。
どんな紋様なのかしら――今なら伯父様もいるし、リュカさんが私を純粋に心配して駆けつけて来てくれていたと分かった今、ドアを開けない理由はありません。
ですが、まだ私の手足は震え。上手く立ち上がる事すら出来ないまま、ドア越しに伯父様とリュカさんの会話が続いていきます。
「こんな呪われた村に……何の為に?」
「ここなら青ペンギンがいるって聞いて」
青ペンギン――そう言えばステラの手紙にも書かれていました。
指のない手、水かきのついた足、鋭く尖ったクチバシに、青と水色のフカフカの羽毛に覆われた生き物――私の部屋に置いてあったぬいぐるみより大きくて、フカフカなのだと。
「……ペンギンくらい、他の漁村にもいるだろう」
「他の所は水色ペンギンばかりで、俺と相性悪かったんです」
相性――やはりこの方、魔獣使いで間違いない。
ああ、魔獣について知れる良い機会なのに。
何で体が動いてくれないのでしょう?
あれから半年以上経っているのに、私の心も体も少しずつ回復してきているのに――これに関しては全く立ち直れてない。
「……で、そこの漁村の人が『ティブロン村なら青ペンギンが来るかも知れないぞ』って教えてくれて」
「生憎だが……今は時期じゃない。しかもここ数年は近海に天敵が居着いているから、待つだけ無駄かも知れん」
「そうなんですか……けど今他に行きたい所もないんで、現れるまで待たせてもらっていいですか? 村の人達に迷惑かけませんし、衣食住は自分で何とかしますから。もちろん、人手足りない時とか無償で手伝いますし」
現れるかどうかも分からない物を、現れるまで待つなんて――それより、この村には旅人や冒険者が路銀を稼ぐ為の
頭が疑問でいっぱいになる中、伯父様は私とは違う疑問を抱いたようです。
「……この村の事を聞いたなら、ここが何と呼ばれているかも聞いているだろう? 呪われるぞ」
「ああ、手足や舌が青くなるって呪いですか? そんなの大した事ないですよ。呪われてる割に何か皆元気そうだし。顔が真っ青になったら困るけど手足や口の中が青くなる程度の呪いなら、全然平気です」
手足や口の中が真っ青になるのが全然平気だなんて、信じられません。
魔獣使いの価値観は普通の人とは違うのでしょうか?
「……ティブロン村の冬は厳しいぞ」
「寒いのも平気です。むしろこの暑さの方が辛いです。ここの海、泳いだら気持ちよさそうですねー」
「……ここの岩場は泳ぎには全く適さん。おまけに浅瀬にはスミフラシという厄介な生き物がいる。手足が青くなるのはそいつの体液が原因だ。海には入るな」
「って事は、居ても良いって事ですね!? ありがとうございます!」
伯父様、リュカさんが村に滞在するのを自主的に諦めさせたかったのが語調からヒシヒシと感じますが、善性も滲み出てしまってます。
「それじゃ早速テント張りたいんですけど、何処に張ればいいですか?」
「……集落に住まわれて問題起こされたらかなわん。あの辺りにしてくれ」
結局根負けしたらしい伯父様には悪いのですが、私の心は少し弾んでいました。
ローゾフィアの魔獣使いがしばらく村に滞在する――ローゾフィアや魔獣の事について色々聞けるかもしれません。
ですが、その前に――自身に刻まれたこの男性恐怖症を何とかしなければ。
元々ステラを演じると決めた以上、自身の殻に閉じこもったままでは駄目だと思ってはいるのですが、たまに伯父様の代わりに食料を持って来てくれるポーカさんにもまだ挨拶以外の言葉を返せません。
小さな子どもも一生懸命親の手伝いをしているこの村で、従姉妹の代役すらまともにこなせない自分が情けない――と、落ち込んでいると、突然ドアが動いて我に返りました。
「……スティ、そこをどいてくれないと入れないのだが」
「ご、ごめんなさい、父上」
慌ててドアの前から離れ、伯父様が入って来た後、改めて外を確認しましたが――もうそこにリュカさんの姿はありませんでした。
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