かこ家のバレンタイン大作戦

かこ

パレショコラ*星屑のアルカディア

 ココアを口にしていたノアはぼんやりと中を眺めた。


「今日、バレンタインデーですね」

「どうした、急に」


 笑いを噛み殺しながら返したディムとは逆にファズールはうんざりとした。

 ノアはふとした瞬間、検索を終えた機械のように話し出すことがある。ファズールがかけたサングラスが何年製のものから始まり、洗濯の豆知識まで披露する始末だ。

 思考回路は単純明快なことが多い。頭の中ですぐに組み立てたファズールはつまらなそう口ぶりだ。


「ココア、カカオ、チョコレート、バレンタインデーか」

「はい」


 ファズールの解析に無機質な声が跳ね返ってきた。

 噛み合うようで噛み合わない二人の間にディムが入る。


「バレンタインデーがどうかしたのか?」

「二人は愛する方に何か贈るのですか」


 ディムは目を見張り、ファズールはカフェオレを吹き出しそうになった。むせるファズールの背を撫でたディムは甘い笑みを浮かべる。


「もちろん、妻に贈るよ」

「何を贈られるのですか」

「昨日、手に入れた希少石にしようと思ってる」

「星の欠片が入っていると言っていたものですか」


 口角を上がったのを見たノアは、なるほどとでも言うように頷き、無垢なの瞳をもう一人に向けた。


「ファズールは」

「悪かったな、贈る相手もいなくて」

「悪いことでしょうか」

「期待に添えなくて悪かったなってことだよ」

「期待なんてしてません」


 ちぐはぐな会話にそーかい、そーかいと目頭を揉もうとした手はサングラスに邪魔をされた。ファズールの額にさらにしわが刻まれる。


「一回だけ貰ったことがあるじゃないか」


 成り行きを楽しげに眺めていたディムはコーヒーを飲んだ口で思い出を掘り起こした。

 まだ続くのかとファズールは顔を歪める。


「扉の前に置かれてたものを貰ったとは言わないだろ」

「じゃあ、拾った、と言えばいいのか」

「愛は拾えるのですか」


 ディムの言葉にかぶさるようにノアが身を乗り出した。立て付けの悪い簡易テーブルがゆれる。

 カフェオレをすくい上げたファズールは苦虫を噛み締めたような顔をした。


「拾ってどーすんだよ」

「分析します」

「愛を知りたいのか」

「はい、理解できませんでしたから」

「そんなの、ディムに聞けばいいだろう」


 従順なノアは言われた通りにディムに視線を向けた。

 コーヒーを飲み干しながら、考えを巡らせたディムは甘い笑みに哀愁を重ね、申し訳なさそうに眉を下げる。


「言葉だけでは言い表せないな」

「人にも理解できないものですか」


 あまりにも純粋な瞳は残酷だった。再び開こうとした口に何かが押し込まれる。


「はぁんですふぁ」


 口の中のものを噛めずに上がる問いに、押し込んだ本人はおざなりに教えてやる。


「ご所望のチョコレートだ。黙って食っとけ」


 ファズールは自分の口にも同じものを放り込んでデバイスを立ち上げた。白い光がサングラスに反射する。

 きちんと噛んで飲み込んだノアは、画面に集中する横顔を見た。一拍置いて、解析結果を提示する。


「ファズールの愛は甘いです」

「ド阿呆。愛じゃねぇよ」


 ノアの瞳は真っ赤になった耳を見逃さなかった。



『星屑のアルカディア』より

https://kakuyomu.jp/works/16817330656599144920

ファズール、ディム、ノアでした。



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