フォズと魔女の子

個人ゲーム開発の田中

第1話 始まりの場所


「……今度こそ上手くいくはず」


 テーブル上の宝石に両手をかざし、ぐっと魔力を込める。

 前回は宝石に込める魔力の性質を間違えた。

 宝石の色は青。

 黒ほど攻撃的ではなく、白ほど優しくもない。


 両手から青白くほのかに光を放つ魔力が生じ始め、それが宝石へと流れ込んだ。 

 絶妙なバランスで調整しながら、宝石に魔力を込め続ける。


「……!」


 宝石は一度大きく発光してから徐々に光を失った。

 その代わりに宝石の内部には複雑な模様が浮かぶ。 


「上手くいったとは思うんだけど、やってみなきゃ分からないわね」


 テーブル上の青の宝石を手に取り、小屋の中から外へと駆け出した。

 扉を開けると、日の光が目に差し込む。

 時刻はちょうど昼を回ったくらいか、気持ちのいい風が頬を撫でる。

 小屋を出てからしばらく歩き、森の開けた場所に辿り着く。


 そこにあるのは人の形を模した大きな土くれだった。

 動かぬそれは何かを待つようにして佇んでいた。

 その体に大きな穴を空けたまま。

 

「……」


 これで何度目の挑戦だろう。

 およそ百は下らない期待と、同じ数だけの失望を味わってきた。

 ――それでも次こそは。

 そんな思いで、またここに立っている。


「お願い。今度こそ動いて」


 宝石を持った手を土くれへと伸ばす。

 震える手には期待と不安が入り混じる。

 手の中の宝石が、土くれの胸あたりにある窪みに吸い込まれるように嵌る。

 それから、


「…………」


 何も起きなかった。

 また、何も起きなかった。

 

「そっか。また失敗したんだね」


 土くれから目を逸らすように背中を向ける。

 少しでも期待した自分がバカみたいに思える。

 とぼとぼと歩きながら空を仰ぐ。

 こうすれば大事な物がこぼれないで済む。


「……」

 

 視界を雲が覆う。

 それはゆっくりと動いていく。

 

「雨、降ってきちゃうかな」

 

 呟くのと同時に雨が降り始めた。

 ぽつぽつという音はどんどん大きくなり、雨脚が強くなっていく。 


 私は振り返る。

 土くれは変わらずにそこに佇んでいた。

 雨に打たれながら、ただその場に立っている。

 その姿をしばらく眺めた。

 意味なんてなく、ただ眺めていた。


「…………………」


 どれだけそうしていただろう。

 やがて私は土くれに背を向けて歩き出す。

 もう振り返ってなんかやらない。

 そう心に決めた時に、


「……?」


 背後から何かの音が聞こえた気がした。

 思わず音がした方に振り返ってしまう。

 

「……えっ」


 その場に縫い止められるかのように足を止めた。

 自分の心音が、激しさを増す雨音よりも大きく聞こえた。     

 

「嘘……」

 

 そこに立つ土くれは確かに動いていた。

 ゆっくりとこちらに向かい歩を進める。


 一歩。

 一歩。

 一歩。

 

 私は雨の中、土くれに駆け寄った。

 土くれの胸に嵌った青い宝石が光を放っている。


「成功した…」


 成功だ。

 ついに、成功した。

 今までの努力が報われた喜びに打ち震えた。

 

「これでやっと言える……」


 この時をずっと待っていた。

 高鳴る鼓動を抑えるように息を吐く。


「ねぇ、聞いて」


 雨に濡れた頬を拭い、土くれの顔を真っ直ぐに見つめる。

 土くれもまた、こちらを見下ろしていた。

 そして私は願いを告げる。

 

「フォズ。私の友達になってよ」


 これは土くれのフォズと、寂しがり屋な魔女の子が歩んだ物語。

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