居心地
楽しげに始まったはずの同窓会は、ザワリと総毛立ち、そぞろに「殺人」と結びつける。だが、私は懐疑的であった。これは自分に水を向けさせる為の虚偽であり、悪戯に彼女を貶める発言なのではないか。そんな考えが頭をよぎったものの、殺人事件を起こしたのは覆しようがない事実なので、わざわざ切った張ったのやりとりを繰り広げるつもりはないし、折衝した上で認識の整合性を取ろうという建設的な話し合いもする気はない。私はあくまでも、クラスメイト達の主張を受けた上で、彼女への見識を改めようと思っていたからだ。
「なんというか、最初は目を疑ったし、アイツじゃないって自分を思い込ませてた」
まるで、類縁にあった人物から裏切りに遭ったかのような、彼女との関係性を示唆するクラスメイトの語り口に私は疑義せざるを得なかった。何故なら、クラスメイトの誰もが、“八方美人”と彼女を評している通り、気の置けない仲に発展した者は、教室にはいなかったはずなのだ。「目を疑った」と表現するのは、実情と乖離している。彼女の素性を恐ろしげに語る為に、あたかも好感を抱いていたかのような口振りをするやり方は、忌憚なく言えば卑怯だ。あまつさえ、殺人を犯した容疑者を相手に筋書きを語るとしても、物事を湾曲して伝える身の処し方は、絵に描いたような人間の浅ましさを体現していると言っていい。
「やっぱりか」
「前兆はあったと」
「なるほどね」
それでも、胡散臭いクラスメイトの証言を誰も信じて疑わず、悪し様に扱う。私だけが、この理不尽さを身を持って感じていた。
「……ショックだよな」
隣に座る彼すらも、「小動物」と濁して表現するクラスメイトの言うことを鵜呑みにし、憂いを口にした。恐らく、私の暗い顔を案じた彼なりの気遣いなのだろう。嫌悪するつもりはない。同窓会という過去に立ち返る為の場で、孤立感を感じるのは事前に想定していたことだ。しかし、彼女が起こした事件を通して孤立無縁の立場に甘んじることは、全くもって予期できぬ事柄である。学生が教室の中で群れを作り、互いを牽制し合うように形成する人間関係に於いて、彼女は上手く立ち回り、その気受けは決して悪いものではないと認識していた私は、目の前で繰り広げられた話し合いはとても受け入れられない。私は今も尚、彼女が殺人事件の容疑者として事情聴取を受けているとは信じられておらず、悪い夢を見ているかのように思っている。彼女を希代の殊勝な人物として過大に評価していたつもりはなかったが、私と接点を持ったのも、はぐれものを哀れに思った彼女の貴賤からくる優しさだったのかもしれない。
私は肩を落とした。自身が節穴であることについて、悟る機会に恵まれてこなかったを。だが期せずして、一過性の郷愁を味わう為に再会を選んだ私の決断は、皮肉ながら自己を省みるのに格好の機会となった。
「顔が青いぞ」
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