鏡界輝譚スパークラー CRYSTAL
テトモンよ永遠に!/佐久咲
第1話
「ねぇお兄ちゃん、“カゲ”ってなぁに?」
夕暮れ時の街中を母親に連れられて歩く4歳くらいの少女が、隣を歩く6歳くらいの少年に尋ねる。
「カゲっていうのは…ぼくたちの敵だ」
少年がそう答えると、少女は敵?と首を傾げる。
「そう、敵」
少年は優しく続ける。
「カゲはどこからともなくやって来て、ありとあらゆるものを侵蝕してカゲに変えてしまうんだ」
少年がそう言うと、少女はふーんと頷く。
「…だから、カゲからぼくらを守るヒーロー、“スパークラー”がいるんだ」
「スパークラー!」
知ってるよ、わたしと少女は少年の言葉に対し、明るく答える。
「“
少女がそうはしゃぐと、少年はそうだねと少女の頭を撫でる。
「スパークラーは“光の力”を持っているから、P.A.でカゲを倒せるんだよね」
少年は続ける。
「そしてスパークラーになるためには、“
楽しみだなぁ、STIに入るのと少年は空を見上げながら呟く。
「いいなぁ、お兄ちゃんは」
今度の4月からSTIに入れるんでしょ?と少女は羨ましそうに少年を見る。少年は少女に笑顔を向けこう言った。
「
それまで待ってるからさ、と少年は少女の頭をまた撫でる。
「だから、頑張れ」
「うん‼︎」
少女は大きく頷いた。
朝8時、多くの生徒たちが登校する頃。
生徒たちで混み合う廊下を1人の少女が歩いていく。肩につかないくらいの長さの髪に水引のような髪飾りを付け、灰色のブレザーとスカート、そして水色のリボンを身に着けた少女は、わいわいと騒ぐ周囲には目もくれずに自分の教室に入っていった。
「…」
少女が静かに自席につくと、近くで騒いでいた生徒たちはそれに気付いて少女の方に目を向ける。
「ねぇ、あの子」
「あぁ、噂の…」
生徒たちはひそひそと話し合い、やがて教室の扉の外にも生徒が集まってきた。しかし少女は気にせず鞄から文庫本を取り出し、それを開いた。
「お、水晶〜」
少女が本を読み始めた所で、快活そうな短髪の少女が教室の入り口から入ってくる。扉からそこまで離れていない席に座る“水晶”と呼ばれた少女はちらと顔を上げる。
「いや〜水晶は朝早いな〜」
あたしなんてさっき起きたばかりだよ〜と短髪の少女は頭を掻く。
「やっぱ名門校出身は違…って聞いてる?」
いつの間にか手元の本に目を落としていた水晶に気付いた短髪の少女はそう尋ねる。対して水晶はふと気付いたように顔を上げる。
「聞いてる」
そうとだけ答えて、水晶はまた本を読み始めた。
「…」
水晶の様子を見て少女は不満げな顔をしたが、すぐ近くに来た他の女子生徒に
水晶は暫くの間本を読んでいたが、やがてチャイムが鳴って教室に担任教諭が入ってくると本を閉じて鞄の中にしまった。
「人類はその昔から、“カゲ”と戦ってきました」
麗らかな春の午後、教室で生徒たちが6時間目の授業を受けている。女性教師はいたって真面目に授業をしているが、多くの生徒たちは退屈そうにしていた。それもそのはず、生徒たちにとってこの授業の内容は既知の事実だからだ。
この授業…“スパークラー入門”は、人類が異方からやって来る敵“カゲ”と戦う存在“スパークラー”の養成・所属機関である“Sparkler Training Institute”略して“STI”の高等部に入学した者には必修の科目である。しかし、このカゲと戦うことが当たり前の世界においては“スパークラー入門”の授業は“当たり前のことを教えられる退屈な授業”だった。それでもSTIとしては、スパークラーとしての戦いが本格的に始まるSTI高等部に入学した者たちに、スパークラーとしての自覚を持たせたいがためにこの授業を行っているのだ。特にここ…“
「…という訳で今日の授業はここまで」
それでは皆さん、また次の授業でと女性教師が言うと、彼女は荷物をまとめて教室から出て行った。教室に残る生徒たちは暫しの間伸びをしたり近くの席の者と会話したりしていたが、チャイムが鳴って教室に担任教諭が入ってくるとまた静かになった。
担任教諭は簡単に業務連絡を済ませるとこう言った。
「という訳で今日のホームルームは以上になりますが、今日から1年生はカゲ出現時の“出撃当番”が始まっています」
今日は当番があるから時間帯によっては授業に出ていなかった、そんな生徒もウチのクラスにはいると思う、と担任教諭は続ける。
「先生は元スパークラーじゃないから偉そうな口は利けないけど…」
担任教諭はそうして長話を始めるが、前の方の席に座る少女水晶はつまらなそうに頬杖をつく。暫くの間そうして担任教諭の話を聞き流していたが、やがて担任教諭がじゃ、今日はここまで!と言うと水晶は頬杖をつくのをやめた。
「ほら、みんな立って!」
担任教諭の言葉で水晶含め教室の生徒たちが一斉に立つと、担任教諭はそれでは、さようならと明るく言う。
「さようならー」
生徒たちはそう挨拶すると、ばたばたと教室から去っていった。水晶も荷物を鞄の中にしまうとそれを持って教室の外へ出て行った。
廊下は既に授業が終わった生徒たちで溢れていた。水晶は生徒たちの間を縫うように廊下を歩いていく。しかし廊下の曲がり角にさしかかった所で足を止めた。その壁には何枚も同じような張り紙が貼られており、そこには“部隊メンバー募集中‼”と書いてあった。
「…」
なんだろう、これと思いつつ水晶が廊下の曲がり角の向こうを見ると、髪を二つ結びにして黄色いパーカーと黄色いネクタイを身に着けた少女が廊下の壁に先程の張り紙と同じものを貼り付けていた。水晶が暫く少女の方を見ていると、その視線に気付いたのか少女は水晶の方を見た。
「あ!」
少女は水晶に気付くと瞬く間に水晶の方に近付いて彼女の手を取った。
「もしかして、張り紙見てくれたの⁈」
嬉しいな~!と少女は水晶の手を握ったまま上下に振る。
「あたし
1年G組、音楽科だよ!と少女は笑う。
「きみの名前は?」
紀奈と名乗った少女は間髪入れずにそう訊くので、水晶はその勢いに押されてポツリと名乗る。
「…
「へー!」
水晶っていうんだー!と紀奈は水晶の手を振りながら言う。
「何組?」
紀奈がそう訊くので水晶はB組と答える。それを聞いて紀奈は、じゃ普通科かー!と返した。
対して水晶はポカンとした顔で紀奈にされるがままになっていた。
「でさ、あたしの張り紙見てくれたってことは、自主結成部隊に興味があるってことだよね⁈」
紀奈は水晶の手を振り回す手を止めてキラキラした目で水晶の顔を見る。水晶は驚いたような顔をした。
「もしよかったら、あたしの部隊に入らない?」
新設部隊だからまだメンバーはあたしだけだけどと紀奈は明るく言う。
「ね、入る⁇」
「入らない」
水晶は紀奈からの誘いをきっぱり断る。
「えっ、なんで⁈」
紀奈が大きな声を上げると、水晶は興味ないと紀奈の手を振り解く。
「第一わたし自主結成部隊になんか興味ないし」
水晶はそう言うが、紀奈はそんなーとうなだれる。
「ちゃんと張り紙みてくれてたじゃーん」
「たまたま目に入っただけです」
「うっそー」
紀奈と水晶は暫く押し問答を繰り広げていたが、やがて紀奈が口を尖らせつつこう言った。
「意外と自主結成部隊も入ってみたら楽しいかもよー」
だから入ってみ…と紀奈が言いかけた時、不意に校舎中にサイレンの音が鳴り響いた。
『管轄地域内でカゲの出現を確認、管轄地域内でカゲの出現を確認、出撃可能スパークラーは速やかに出撃せよ、場所は…』
突然の校内放送に、廊下や教室の生徒たちは一斉にざわつく。
「1年生の出撃当番が始まって早々のお出ましか…」
「大変だな」
「さっさと出撃しよーぜ!」
口々に生徒たちは言って廊下を走っていく。水晶もそれを見て、階段に向かって廊下を駆け出す。
「あ、ちょっとー!」
紀奈はそう言って水晶のあとを追った。
突然のカゲの襲来に、意外にも街は落ち着いていた。
「シェルターはこちらでーす!」
落ち着いてくださいーい!と警官たちは人々を誘導する。市民たちは警官が誘導する方へ小走りする。そんな人々を横目に幕治文化学院の制服を着たスパークラーたちが走っていく。
その中には刀型P.A.を携えた加賀屋 水晶の姿もあった。水晶たちスパークラーは暫くの間街を駆けていたが、海の方から侵攻するカゲの群れを見とめると立ち止まる。
「あれが今回のカゲか」
「小型種が多いな…」
「腕が鳴るぜ!」
周囲のスパークラーたちが口々に言う中、水晶は彼ら彼女らの間を縫うように通り抜けてカゲの群れに突っ込む。真っ先に飛び出してきた少女にカゲたちは気付くが、態勢を整える前に水晶の刀型P.A.“ソウウン”に切り裂かれ、霧散していく。
しかし奥に控えていたカゲたちが水晶に飛びかかってくる。水晶は咄嗟にソウウンを構え直すが、彼女の背後から光の矢が飛んできてカゲたちに突き刺さる。光の矢が刺さったカゲは悲鳴を上げて地面に落下、消滅していった。
水晶がパッと振り向くと、カゲと戦うスパークラーたちの中でボウガン型P.A.を抱える二つ結びの少女…紀奈が立っていた。紀奈は水晶と目が合うと笑顔で手を振る。
「おーい!」
危ない所だったねと紀奈は水晶に歩み寄る。
「大丈夫?」
紀奈がそう尋ねると、水晶は別にとそっぽを向く。
「あれくらいわたし1人で片付けられたのに」
水晶はそう呟くが、そんなこと言わないでよ~と紀奈は笑う。
「無理すると死ぬってよく言…」
紀奈が言いかけた時、彼女は何かに気付いたように声を上げる。
「危ない!」
紀奈は咄嗟に水晶の手を引き、自分たちの元へと飛び込んでくる5メートル程の魚のような姿のカゲを避ける。カゲは地面の上でバタバタと跳ね、周囲を黒く侵蝕していった。
「うわぁ…何アイツ」
見たことない種類だ…と紀奈は呟く。周囲のスパークラーたちも、見慣れないカゲに呆然とした。
「あのサイズは”ガンマ級”かな」
この辺じゃ滅多に出ないサイズかもと紀奈はこぼした。
ガンマ級とはカゲの大きさの等級で、3メートルから6メートル程のものがガンマ級と呼ばれている。首都圏を外からのカゲの侵蝕から守るために設置されている光の力の壁“フォトンウォール”によって、
「どうしよう、あのカゲ…」
見たことない種類だからどうしようもないよね…と紀奈がこぼす中、水晶は紀奈の1歩前に出てこう言う。
「あれは、わたしが倒す」
「え⁈」
思わぬ言葉に紀奈は驚く。
「あれを1人で倒すって…絶対無理だよ!」
代表部隊の人呼ばなきゃ…と紀奈は水晶を止めようとするが、水晶は別に平気と答える。
「カゲは弱点の“コア”を守るようにして戦うし、弱点の近くを攻撃すれば強く反応する」
だから弱点が見えるまで…!と水晶は駆け出す。
魚型カゲは自分の元へ駆ける少女の姿に気付くと周りのカゲへ命じるように金切り声を上げる。周囲の小さなカゲたちはそれに応じるように一斉に水晶に向かって動き出した。
水晶は迫りくるカゲを次々と切り裂き、魚型カゲに近付く。大きなカゲに呼応して小さなカゲが動いていることから、あの魚型カゲがこの群れのカゲたちにエネルギーを供給しているボス…“ヌシ”であることに気付いた水晶は、ソウウンを左手に持ち替えて右太もものホルスターに収めていた水色の拳銃型P.A.“パッセル”を手に取る。そしてパッセルを構えてそのトリガーを魚型カゲに向かって引いた。
光の弾丸は魚型カゲの頭部に当たるが、魚型カゲはバタバタと暴れるだけで反応しない。逆に周囲の小さなカゲが水晶の周りに集まってきた。
そう簡単にコアの位置は分からないか、と心の中で呟いた水晶はパッセルをホルスターにしまいソウウンを再度構えようとする。
カゲたちは水晶に飛びかかろうとした。しかし水晶の背後から光の矢が飛んできてカゲに突き刺さる。
「!」
パッと水晶が振り向くと、紀奈がボウガン型P.A.を構えていた。
「…あなた」
水晶はポツリと呟くが、紀奈は気にせず笑いかける。
「同級生を1人で戦わせる訳にはいかないじゃん」
それに、と紀奈は続ける。
「周りのみんなも、きみを見て戦う気になってるよ!」
そう言われて水晶が周囲を見ると、先程まで未確認のカゲに呆然としていたスパークラーたちは小さなカゲたちと戦っている。
「…」
水晶はその様子を見て目を丸くする。
「と、いう訳で1人じゃないんだよ、“みあきち”」
「“みあきち”ってなんですか」
紀奈の言葉に対し、水晶はつい突っ込む。
「えーきみのあだ名だよー」
今思いついたの、と紀奈は笑う。なんだそりゃと水晶は呆れた顔をした。
「…さぁて、あたしたちはあのでっかい奴を倒しちゃいますか!」
行こうみあきち、と紀奈は水晶の腕を引く。水晶はそのまま引きずられるように駆け出す。
紀奈は魚型カゲにギリギリまで近付くと、ボウガン型P.A.“ダープン”を構えてそのトリガーを引く。ダープンから撃ち出された光の矢はカゲの腹部に突き刺さり、カゲはビタン!と大きく跳ね上がる。
「どうやらビンゴのようだね」
紀奈がそう言うと水晶の方を見て、先程光の矢が刺さったカゲの腹部を指さす。
「あの辺にコアがあるみたいだから、あそこをP.A.で切れば倒せそうだよ」
だから行っといで!と紀奈は水晶の腕を引っ張って前に出す。水晶は困惑したような顔をするが、紀奈はダープンのトリガーを引きつつ大丈夫!と笑う。
「きみならアレくらい簡単だよ!」
イケるイケる!と紀奈は水晶に声をかける。水晶は暫くの間手元のソウウンを見つめていたが、やがて顔を上げた。
「…分かった」
水晶がそう答えると、よーし行って来ーい!と紀奈は左の拳を突き上げる。水晶はそれを見ると魚型カゲに近寄った。
水晶に向かって小さなカゲたちが飛びかかってくるが、それらは紀奈が次々と撃ち落とす。水晶は魚型カゲの腹部の前まで来ると、足元に光の力を集中させて跳び上がる。地上10メートルの辺りまで跳躍した水晶は、空中で体勢を整えてソウウンを構える。
そして狙いを定めると、また足元に光の力を込めて空中を蹴り、地上に飛び込む。地上でのたうつカゲの腹部が目の前に迫ると水晶はソウウンを思い切り振り下ろした。
水晶の攻撃によりカゲの身体はコアもろとも真っ二つにされ、カゲは音もなく霧散し始めた。水晶は地面に着地すると静かに後ろを向いた。彼女が振り向く頃にはもう既に魚型カゲの姿はなく、ヌシからエネルギーを供給されていたとみられる小さなカゲたちも悲鳴を上げながら消滅していた。
「…すごい」
紀奈はその様子を見て思わず呟く。周囲のスパークラーたちも感嘆の声を上げた。
「やったねみあきち!」
紀奈はそう声を上げて水晶に駆け寄る。
「見たことないカゲだったけど、倒せた‼」
やったー!と紀奈は飛び跳ねつつ言う。対して水晶は黙ってその場から立ち去ろうとする。
「あ、ちょっと待ってよみあきちー」
紀奈はそう言って呼び留めようとするが、水晶はそのまま歩いていく。
「そのまま去っていくなんて冷たいよ~」
紀奈は水晶のあとを追うが、水晶は全く気にしない。
「…あ、そうだ!」
みあきち、そんな強いんならあたしの部隊入りなよ!と紀奈は水晶の前に飛び出す。水晶は思わず立ち止まった。
「1人で戦っていたらもったいないと思うよ!」
紀奈はそう言って笑いかけるが、水晶は真顔で別に、と答えた。
「わたし、他人と戦うことに興味ないから」
水晶はそう言って紀奈を避けて歩いていく。紀奈はえ…と呟いて水晶の方を見たが、もう既に彼女は十数メートル先を歩いていた。
〈第1話 おわり〉
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