第3話


騎士ケインside。



 俺の名前はケイン・フォン・アップルヤード。

 元々農民だったが跡継ぎが産まれず悩んでいたアップルヤード卿の養子に入り騎士の称号を賜った。


 仲間のことは大切に思っている。

 だが、高い税を掛け豪勢な暮らしをし踏ん反り帰っている貴族が大嫌いだ。


 そして貴族嫌いでありながら騎士としてその恩恵に預かっている自分もまた嫌いになる。

 一時は酒と女に逃げたものだがある時コツを覚えた。

 それは心と体を切り離し、「命令だから」と自分に言い訳をすることだ。

 他人の武勇伝に耳を傾ける程度の関心で、罪悪感が芽生えそうになれば上官や貴族に責任を擦り付ける。

 それだけでいい。

 

 これが【貴族嫌いの騎士】ケイン・フォン・アップルヤードと言う男の日常だった。


 メイドを引き連れ現れたおかっぱ頭の幼児を目にした感情は不満であった。


はあ……気が変わって『やっぱり僕、やっぱり止める』ってのが最良だったんだがなぁ、正直おぼっちゃんの遊び相手なんて面倒極まりない。

しかし当然だが、口から出たのは別の言葉だった。


「お初にお目にかかります。騎士ケイン・フォン・アップルヤードと申します。本日よりアーク様の武芸指南の任を拝命しました」

「アーク・フォン・アーリマンだ。よろしく頼む」


 習った通り恭しく礼をするその様を他人が見れば、忠誠心に溢れた騎士に見えるだろう。


 反吐が出る。


 おかげで礼儀だけはほぼ完ぺきに身に付き、家族や従者のため職務も心を殺し淡々とこなしていた……つもりだった。


 今回もどうせ子供の気まぐれ、チャンバラ遊び程度と思っていたのだが……この子供、いや若様・・は違った。

 

「基本も何も出来ていない今、試合形式のチャンバラ遊びをしていったい何が身に着く?」


 俺は若様の言葉を疑いつつも、剣術を教える際の手本となる。

 本気の素振りを見せることにした。


「では、剣を正しく振る練習をしてみましょう。

先ずは素振りの手本を見せますので、私の後に続いてください」


「正しい姿勢で適した力で剣を振るう」……俺が従騎士時代に習った事で、先人達が時間と労力、果てはその身を賭して確立した効率的な学習方法だ。


 大人しくソレに従うのが一番楽なのだが、特に実戦経験がない堪え性がない若者は地味な素振りや型稽古を嫌う。

 辛く単調で何の面白みもない訓練に、意味ややりがいを見いだせる人間は少ないからだ。実際昔は俺もそうだった。


さて、若様はどうだろうか?


 両の手で柄を軽く握り、余計な力を抜きあくまで自然体で前方に一歩踏み込みながら木製の長剣を真っ向に振り下ろす。

 ヒュンと風斬り音をさせた長剣の風圧が地面に当たり、土煙を伴った風を生み出した。


「くっ……」


 大人なら耐えられる程度の風でも、幼い若様には突風だ。

 取巻きメイド達はスカートの裾を手で押さえつつ身を案じ駆け寄る中、当の若様は目すら逸らす事なく重心を落すだけで風に抗ってみせた。


ほぉ! 見事なモノだ。体幹がいいのか?


騎獣に乗れるようになるのは早そうだが……剣術はどうだろう。どちらにせよ期待は出来そうだ。


「さあ、やってみてください」


 後はこの若様が音を上げるまで素振りをさせるだけだ。

子供なんて奴は直ぐによそ事に興味が湧く、剣術をカッコイイと思ったところで刃筋を立てなきゃ人を斬る事は出来ない。

 刃筋を立てない剣なんてものは、出来損ないの鈍器に過ぎない。


 そんなことを考えていると……若様は額程の高さに木剣を振り上げ、一歩踏み込みながら木剣を振り下ろす。


 しかし、当然俺のような風切り音はしない。

 刃筋が立っておらず、オマケに振り下ろす速度が遅いからだ。

 素振りをする様子を見ながら、内心で若様の才覚を判断する。


 様子を見ていると違和感に気が付いた。

 総じてだが段々振り下ろす速度が低下している。


速く素振りする必要がないことに、数回で気が付いたのか?


手本に寄せるかのように数度ゆっくりと振りその後、今までの動きを確認するかのように速い素振りを行う。

……経験を実践する高度な知性を感じさせる動きをしている。


 脚運び、重心移動、柄の握り加減、呼吸……そう言った長年の経験で身に付く“所作”を、圧倒的な速度で体得していく様をまざまざと見せつけられる。

 そしてそれは今もなおものすごい速さで、剣を振る行為を最適化している。


――――神童、天才、麒麟児。


 唐突にそんな言葉が脳裏を過る。


 剣術は身体で覚えるモノ……頭で考えてから動いては遅い。

ただし、上達するにはただ我武者羅に剣を振るのではなく、どうやったらよくなるのか? を考え試行錯誤する必要がある。


そう! 若君が今まさに行っている行為がそれだ!


「ふーっ」


 どうやらきつくなってきたようでこれを最後にするらしい。


 息が整えられ、木剣がゆっくりと振り上げられ上段に構える。

柄を握る両の手は最初よりも弱く、まるで包み込むようにフワリと、それでいて確りと握りしめている。



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