第11話

「シンネヴァー家は子爵だというのに男爵風情が……」


「やめなさい。お爺様の頃にプロメタリー城を領有したシンネヴァー家は、公爵家がったころから存在するアーク家からしたら新参者で格下よ? それに大叔父上と戦もあったから他家との間でいい顔をしてた当家は嫌われているのよ」


 プロテゴ男爵の悪態を付く若い騎士を諫める。


「……ニカ様よろしかったのですか? 奴らはニカ様を捨て石にするつもりですよ!」


「そうです奴らの命を訊いていては、シンネヴァー家は御取り潰しされかねません」


 従者である騎士が声を抗議の声を上げる。


「問題ないわ。私はバナー子爵家のために行動するもの。

シンネヴァー家の騎士と兵士にプロテゴ城の兵を集めさせて」


 従者は何かを理解したようで「「はい」」、と短く返事をすると足早にこの場を後にした。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




【scene:ファウンテン神殿付近の街道 side:ニーベル男爵アーク・フォン・アーリマン】




「本当に騎兵二十騎で城を攻めるのですか?」


 魔術師エーデルワイスは馬車の中で、アークに訪ねる。


「まさか! ニーベル城からも兵を出しプロテゴ城を攻める。

プロテゴ城側には川幅150mほどの川――と言っても実際水が流れているのは20mにも満たない――がある。

渡河で相手の注意が逸れたところを、背面からタイニーバナー男爵であるライト叔父上と共に攻撃する」


「タイニーバナー城は近いのですか?」


 エーデルワイスは魔術師としては優秀だが、地理には疎い。

 それも地方領主の定期的に変わる情勢にまでは明るくないのだ。


「プロテゴ城への道すがらにあって、遅くても一時間の距離にある。蝙蝠のシンネヴァー家への前線基地と言ったところだ。

シンネヴァー家は四つの城を領有する子爵格の家系で、我がバナー子爵家や隣の領地領主ノウル伯爵ともやりあった武闘派貴族だ。中でも現当主の娘は【楯を壊す者ランドグリーズ】と称されている。彼女がプロテゴ城にいると厄介だな……」


「では城攻めは辞められますか?」


「いや。辞めない。【楯を壊す者ランドグリーズ】が居る可能性は低い。

我がニーベル男爵とタイニーバナー男爵で総兵数100弱と言ったところ万全を帰すならあと100、最低50は欲しい……」


「城に籠って防御する側は有利といいますからね……」


 ノーヴル伯爵の支配域では男爵の兵力は、常備軍50~100人程度と現代日本人の俺からすると以上に少なく感じる――


 しかし、道すがらに存在したファウンテン神殿に兵を出すように要請することは憚られた。


 ファウンテン神殿は川を望む高台にあり、川、崖、湿地に囲まれた天然の要塞であり、平野を一望できる好立地であるため、古くからリッジジャング地方を隣のイアー地方から守る要所で、つい先日十歳の祝福を受けたフラム大神殿の奥之院とされるほどに格式の高い神殿だ。


 つまり政治・軍事的に貸し借りを作りたくない面倒な存在なのだ。


 ――それはまだこの世界では、多くの常備軍を維持できるほどの食料を生産できないからに他ならない。

 そのため戦争をするには農閑期と暗黙のルールが出来ている。


 大規模な軍事衝突が少ないこの世界でもソビエト連邦の軍人『赤いナポレオン』ミハイル・トゥハチェフスキー元帥の提唱した。『攻撃三倍の法則』のようなものが朧気ながら経験則として、貴族や傭兵は認識している。


 しかし統計学もなければ、戦争を研究するモノが少ないこの世界では『攻撃三倍の法則』への反証も出てこない。


………

……


「叔父上……」


「アーク! よく来たな」


 俺と叔父上は熱い抱擁を交わす。


「先触れから話は訊いた。ツーグの野郎がアークの家庭教師を襲ったそうだな……」


「ツーグ叔父上は、奸臣の妄言に流されただけでしょう。ツーグ叔父上と奸臣を城から引き釣り出すために、力を貸して頂けませんか?」


「無論だとも、アークの異母弟のロードも連れて行くといい。ロードの後見人のヴィクトリカ殿は、若いながらも『猛将』と名高い御仁。供周りだけを率いさせても十二分に活躍するだろう」


「両名とも初陣には早いですがこのヴィクトリカ! バナー子爵家の御子息に恥じない戦果を献上いたしましょう」


 ヴィクトリカは、そう言うとハルバードの石突を地面に叩き付けた。


「これで混成騎兵が60騎。その内叔父上とロードの騎兵が20騎ずつだな……」


「叔父上歩兵は如何ほど出陣させますか?」


「常備軍の半数50人を出そう」


「では総指揮は叔父上にお願いします。俺とロードは30ずつ騎兵を指揮し敵を攻撃します」


「コレも経験か……判った。ただし危ないと思えば即座に引け、戦において一度や二度の負けは負けではない命があれば負けを活かす期会もある」


「心得ておきます。では叔父上失礼します」


………

……


「アーク兄様さまは恐ろしくないのでしょうか?」


 ロードはか細い声を上げた。

 まだ10歳の祝福を受けていない少年にとって初めて命の恐怖を間近で感じた瞬間だった。


「ロードよ世の中には非凡な存在が居る。アークなどがそのいい例だ。一歩間違えれば愚物になりかねない行動をする。成長が早いだけならば追いつくことも出来るだろう。だがアークは違うのだ」


 この場にいるロード、ヴィクトリアそしてライト叔父上の騎士は、続く言葉を待ち望んでいた。


「母の胎に大切なものを置き忘れて来たような者が産まれることがある。多くはただの異常者だが稀に大成するものがいる……アークには似た何かを感じるのだ」


「アーク兄様はこの戦で負ければ良くて廃嫡、悪くて死ぬなのになぜ命を懸けられるのでしょう?」


「……継嗣としての立場を盤石にしたいのだろう……いや、あるいは……」


「あるいは?」


「……自分の物に手を出されたから怒っているだけかもしれない」


「そんな負ければ全てを失うかもしれないのにですか?」


「勝てばいい。そう考えたのだろう」


「……自分の命を掛金にできるなんて……」


「貴族とは……騎士とはそういうモノだ……」


「……ならば勝ちましょう。兄上のためにも」


「優秀な甥のために出来る事をしよう」 



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