【KAC2024②】貝瀬学院大学学生食堂の7人のおばちゃん
宇部 松清
第1話
読者の皆さんこんにちは。
あたしの名前は
ちょっと聞いてよもう、とんでもないのよ。とんでもないことが起こったの。
あたしの息子夫婦が住んでるところっていうのが、ウーベンニュータウンっていういわゆる新興住宅地ってやつなのね? 土地も結構残ってて、まだ建売もたくさんあるわけ。若い夫婦とか家族が続々と移住してきて、活気のあるところなの。
それでね? 今日はお嫁さんの桃香さんが用事があるから
というわけで、二歳になる孫のお守りをしに、馳せ参じた、ってわけ!
でも、室内にこもりきりっていうのも身体に良くないじゃない? 天気も良いし、水筒とおやつを持ってお散歩に出掛けたのよね。そしたら、息子夫婦の三軒隣の建売の前にUBEハウジングセンターの営業車が止まったの。
そこから降りて来たの、誰だと思う?
あの二人よ。あの二人!
えっ? あの二人が誰かって?
えっ、あの二人がウチの息子家族のご近所さんに?! い、いや、まだあの建売を買うとは決まったわけじゃないわよね。落ち着いて。落ち着くのよ、美子。
えっ? 買う? 買っちゃう? え~、ちょっと気になるわぁ。読者の皆さんも気になるでしょう? そうよね。安心して。こういう時のためにおばちゃんには番外編用の特殊スキルが備わっているの。いまこそそれを使う時!
というわけでここからはおばちゃんの特殊スキル『地獄耳』を使わせてもらうわね! 二人のアツアツ内見デートを余すところなく(聞こえる範囲で)お届けさせていただくわ!
「うーん、二階に部屋が少なくないすかね?」
「さようでございますか? ご夫婦の寝室の他に二部屋ですけど」
「それじゃ子ども二人しか作れないじゃん? どう思う、マチコさん」
「い、いえ、あの、私は、その」
「あっ、もしかしてマチコさんは二人で考えてた?」
「いや、あの、そもそもまだそこまでの話には」
「俺一人っ子だからさ、きょうだいたくさんってのに憧れてたんだよなぁ。でも、そうだよな。産むのはマチコさんだもんな。ごめん、俺一人で考えてた。もちろん俺も全力で育児するけど!」
「それは、良いんですけど。でも」
「え――……っと、あの、もし良ければ、ここ以外にもまだ物件はございますので」
もっと広い物件をご覧になりますか? と担当者が困惑したような声を上げる。それに「せっかくだからくまなく見させていただきます」と返し、二人は内見を続行することになった。
ちょっとちょっとこの二人、既にそんな家族計画まで?!
いや、逆か。そこまでの話をしてないみたいね。ていうか、この二人、まだ結婚してないのに家買う気なの?! 気が早くない!?
「こちら、奥様に人気のアイランドキッチンでございます」
あー、アイランドキッチン! あたしも憧れなのよねぇ。カウンターキッチンも良いけど、アイランドは憧れなのよぉ。
「いいな。これ、マチコさんが料理してるところ、見放題じゃん! えっ、もう全方位から見放題じゃん?! ライブじゃん!」
「落ち着いて。落ち着いてください、し、恭太さん。あの、ライブとか意味わからないです。料理はだいたいライブでは?」
とたとたと何やら忙しない足音がする。恐らくはアイランドキッチンの周りをぐるぐるしているのだろう。何やってんのよ、白南風君。子どもか?
「マチコさん、俺のために飯作ってくれる?」
「そ、それは、あの、もちろん、ですけど」
「うわぁ、最高。よし、買おう、この家!」
「落ち着いてください。今日は下見だけのはず、というか、あの、少し広めの賃貸アパートを見る、という話ではありませんでしたか?」
「いやー、ははは。だって賃貸よりは買っちゃった方が早いかなって思ってさ」
騙し討ちかァ――――! 白南風――――!!
そりゃちまちまと家賃払うくらいなら、とは思うけど! だからってアナタまだ学生でしょう? それとも何? やっぱり製薬会社のボンボンって噂はガチなの?!
「しら――恭太さん。私は別にアイランドキッチンじゃなくても、一口コンロだとしても、あの、料理は、します、けど」
「ほんと!? 作ってくれる?」
「それは、もちろん。それに、あの、ちょっと、広過ぎませんか? あの、私達まだ二人ですし、子どもとかも」
そうよねそうよね、マチコちゃん。その通りよ。そりゃね? いずれ子どもも出来るかもよ? 出来るかもだけど、まだわからないじゃない? いまはしっかりお金を貯める時期なのよ。家は、子どもが出来てからでも良いんじゃないかしら。
「広い……? まぁ、いま住んでるところよりは広いけど。――ハッ、もしかして、マチコさん、あまりにも広すぎると俺を感じられなくて寂しい、ってこと?!」
「えっ、いや、私そこまでは」
「わかった! わかったよマチコさん! しばらくは狭い部屋で俺とイチャイチャしたいよね!」
「そんなこと言ってません! あの、担当者さんがお困りです! は、離れてください!」
何してんの、白南風君!
ええい、声だけでは何をしているかわからーんっ!
わからんけど、絶対抱き着いてるでしょ、これ!
「ではこれより賃貸物件のご紹介に切り替えさせていただきます!」
だけどこの担当諦めない! さすがはプロ! お客様は逃がさない!
「改めて条件を確認させていただきます。六月町駅徒歩十分圏内、2DK、あるいは2LDK。バス・トイレ別、ペット可。二階以上でオートロック、でございますね」
「し、恭太さん、いつの間にそんな条件を」
「昨日電話で全部伝えといた」
さすが抜け目ないわね! しごでき!
「さぁマチコさん! 探そう! 俺達の愛の巣を!」
「えっ、えぇ?!」
「担当さん、紹介お願いします! 十軒でも二十軒でも!」
「さすがに二十軒はございません!」
ですが、参りましょう!
そんな威勢の良い声と共に、玄関の扉がバーンと開く。
家の外で星音をあやしながらずっと耳をそばだてていたあたしはもうびっくりよ。ちょうど塀の陰になっていたから、二人には見つからずに済んで良かったわぁ。
いざいざ、とマチコちゃんの手をしっかりとつかんで再び営業車へ乗り込む。マチコちゃんは終始困惑の表情だ。後部座席のドアがバタンと閉まると、ふんふんと鼻息荒い担当さんが、「ぃよっしゃぁぁぁぁっ! やるぞやるぞやるぞ! 新婚さんいらっしゃーい!」と無駄に吠える。何がよっしゃなのかわからないけど、とにかく何か気合が入ったらしい。
週明けの仕事で早速この話題を出そうと思ったけど、あまりにも暴走が酷い白南風君の姿を暴露しても良いものかちょっと判断に迷うから、ちょっとの間寝かせておこうかしら。
そう思ったあたしである。
【KAC2024②】貝瀬学院大学学生食堂の7人のおばちゃん 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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