第2話 全連本部を訪れる
車からみる景色は、生きているときと同じだった。
違うのは、前を行く車も、後ろからくる車も、横から出てくる車も、全部を通り抜けること。
信号もなにも、まったく気にすることなく、
俺としては、視覚的な恐怖で、生きた心地がしなかった。
いや、死んでいるんだから、生きた心地もないけれど。
結局、
「……
「んなコト言ったって、こんなの驚くでしょ!? 普通だったら大事故じゃあないか!」
そういった直後にまた横からダンプが飛び込んできて、通り抜けていった。
「ぅわあああああぁっ!!!!!」
「……だから驚きすぎですってば」
小森は堪えきれないといった様子で、プププと吹きだして笑っている。
「笑いごとじゃあないんだよ!」
「だいいち、私たちはもう死んでいるんですよ? 事故に遭ったところで、痛くもないですし、死ぬ心配もないんですから」
「そういう問題じゃあなあぁーーーい!!!」
すました顔で運転を続ける小森に、何度毒づいてもどうにもならない。
いずれ慣れるんだとしても、慣れるまでこんなことを続けなきゃいけないのか?
車はやがて街なかから山へと入っていき、辺りは車通りも少なくなった。
体がないんだから、なにも感じないはずなのに、心臓がバクバクしている気がする。
「さ、さ、どうぞ。中にお入りください」
小森は一人でさっさと車を降りると、玄関のドアを開けて手招きをした。
ヨロヨロと車を降りて玄関に向かって歩きだす。
正面の建物は……。
「え? 学校……?」
コンクリートの四階建てで、あちこち黒ずんだ灰色の壁は、年季が入って見えるけれど、確かに学校だ。
玄関の上には、丸い時計が掛けられたままになっている。
「かつて、学校だった場所です。今は廃校なんですよ」
「へぇ……」
中に入ると、スチールでできた下駄箱がズラッと並んでいる。
懐かしい感覚だ。
下駄箱の高さや、中の様子をみる限り、小学校ではなく、中学校のようだ。
山の中ともなると、人が減って廃校になることがあるんだろう。
俺の地元でも、統廃合でなくなった小学校があった。
街なかの学校だったから、すぐに解体されて、あっという間に住宅地に変わったけれど。
靴を脱いで上がろうとすると、小森は「どうぞ、そのままで」という。
小森は廃校だといったけれど、中は昨日まで使われていたかのようにキレイだ。
そんな中を、土足でいいんだろうか? といっても、実体がないんだから、汚れてはいないのか。
案内をされて通された部屋は、一階の玄関を入ってすぐ右の、職員室だった。
広いフロアの中に、本当に職員室かのように机がいくつも並び、本や書類が置かれている。
中では事務作業をしている人が数人、部屋の奥のほうには間仕切りがあり、そこからカタカタとパソコンのキーボードを打つ音が聞こえた。
ピコピコと、なにやら電子音も響いている。
「なんか……え? すげー普通なんだけど……」
「高梨さん、こちらですよ」
いつの間にか、入り口に立つ俺の対角線上にいる小森が、隣へ続くらしいドアを開けて待っている。
「……失礼しまーす」
一応、声をかけて中へ入り、小森のところへ歩く。
職員室、というだけで、余計な緊張感を覚えるのは、子どものときと同じだ。
部屋の中は、生きている人が暮らしているのと同じで、生活感にあふれている。
テレビやインターネットの動画で見るような、荒れ果てた廃校とはまるで違う。
「どうなってんだ? 普通過ぎて逆に怖いわ……」
隣は職員室よりも小さな部屋で、位置から考えると、きっと、かつての校長室だ、と思った。
重厚で高そうな雰囲気の大きな机に、名札が立ててある。
『会長 小森』
今は、どうやら会長室らしい。
机の向かいには、これも高そうな雰囲気の応接セットが置かれていた。
ガラスの天板のローテーブルに、どう見てもそれに見合わない高さの皮張りのソファー。
応接セットって、なんでこんな低いテーブルなんだろうと、いつも思う。
お茶とか出されても、飲みにくいったら、ない。
勧められて腰かけるも、ソワソワして落ち着かないでいた。
「えー……先ず、ですねぇ……全連のパンフレットがこちらでございます」
「パンフレット……」
そんなものまで用意されているのか。
手にしてみると、観音開きに畳まれた、一枚の紙だ。
主な活動だの、組合の理念だの、全国にある支部の紹介だの、情報は多い。
「理念て……」
そんなことまで書いてあるのか。
思わず目で文字を追う。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
【組合理念】
『地域に密着した活動をもって、環境や自然を守る』
【活動指針】
『控えめに、慎ましく、組合員同士、互いに密着して協力し合う活動を進める』
『組合員の事情に鑑みて、無理な活動を求めない』
『生身の人間に過度な影響は与えないように努める』
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
まるで企業のパンフレットじゃあないか。
手に取った質感も、ただのコピー用紙じゃあなくて、ちょっといい紙みたいだ。
というか……なんだこのリアルな感じは。
ますますもって、胡散臭い。
だいたい、なんだ? この、最後の『生身の人間に過度な影響は与えないように努める』ってのは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます