全日本霊体連合組合

釜瑪秋摩

全日本霊体連合組合

組合加入

第1話 勧誘……?

 …………ポ~ン……

 ……ピンポ~ン……


 アパートの部屋のドアホンが鳴っている。

 起きなきゃ、と思うのに、目を覚ますのが億劫に感じてしょうがない。

 駄目だぁ……起きられないよぉ……。


 …………ポ~ン……

 ……ピンポ~ン……


 また、ドアホンが鳴る。

 ううん……しつこい……。


 …………ポ~ン……

 ……ピンポ~ン……

 ……ピンポンピンポン……

 ……ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン!!!


「なに? ヤダ怖い! 待って待って、今、出ますって!」


 ガバッと起き上がり、モニターをみると、見かけない男の姿がある。

 胸にクリップボード? のようなものを抱えているのは、なにかの勧誘か?

 とりあえず、玄関のドア越しに「どちらさま?」と聞いてみた。


『わたくし、全連ぜんれんのものなんですが』


 ゼンレン……?

 ゼンレンってなんだ?

 疑問に思いながら、そっと玄関を開けた。

 男はにこやかな顔で、話をはじめた。


「どうもすみません、わたくし『全日本霊体連合組合ぜんにほんれいたいれんごうくみあい』のコモリ、と申します」


 コモリと名乗った男は、名刺を差し出してきた。

 そこには『全日本霊体連合組合・会長かいちょう小森 助六こもり すけろく』と書かれている。


「え……と……全日本霊体連合組合? って一体……?」


「えー、高梨 渉たかなし わたるさん……でお間違いありませんよね?」


「そうだけど……」


「わたくしどもは、全日本霊体連合組合と申します。高梨さん、急に環境が変わって、なにかとお困りですよね? そんなとき、組合に加入していれば、我々、組合員一同が、サポートしますよ。どうでしょう? この機会に、是非、加入してみませんか?」


「環境って……いや、俺は特になにも変わっては……っていうか、霊体連合ってなんなの? 宗教の勧誘?」


 名刺と男を交互に見ながら、あまりの怪しさに、小森の姿を観察した。

 黒縁の眼鏡にチャコールグレーの三つ揃えスーツ、薄いグレーのシャツに濃紺のネクタイを締めている。

 髪は真っ黒でツヤツヤのサラサラ、背は……俺と同じくらいか? 百八十を切るくらい。


 真面目なサラリーマン、という印象? 歳も俺よりは上……三十代後半だろうな、という程度か。

 俺の疑わしさを隠さない視線を気にもしないで、小森は眉間にしわを寄せ、左手の中指で眼鏡のブリッジを上げた。


「……ははぁ、お気づきでない?」


「はあ?」


「いえね、高梨さん。アナタ、亡くなっているんですよ?」


 小森はクリップボードにペンを走らせながら、小首をかしげ、俺をみた。

 亡くなっている? 俺が?


 思わず振り返って玄関の中をみた。

 部屋は、間違いなく俺の部屋だ。

 俺はドアを開け放って外に出ると、小森に詰め寄った。


「なんなんだよ? なんの冗談……いやいや、冗談にしたって限度ってもんがあるだろう! 勧誘だとしても、悪趣味すぎるよ!」


「まぁ……そう思われるのも無理はありませんよね……ですが……」


 小森はドアに手を掛けると、勢いよく閉めた。

 ドアにぶつかる!!!

 驚いて、庇うように両腕で頭を覆った。


――バン!!!!


 と音を立てて閉まったドアは、俺の体を通り抜けた。


「え……?」


「ね? があったら、通り抜けたりしないでしょう?」


「ちょ……え? 待って待って待って? ホントに俺……死んでるの?」


 小森は俺の様子をみながら、またクリップボードにペンを走らせて「記憶に乱れあり」とつぶやいている。


「急にそんなことを言われても、俺はこうして生きていて、ここにいるじゃあないか!」


「そうやって、亡くなったことに気づかない人は、結構、多いんですよ」


 事故などで突発的に亡くなる人に多いという。

 あまりにも急なことで、その瞬間のことを忘れてしまい、なにもなかったかのように普通に暮らし続けるらしい。


「じゃ……じゃあ、俺は事故で……? なんの――」


「それは、わたくしどもでは、わかりかねますねぇ……ですが……」


「ですが?」


 小森はサッとクリップボードを俺に差し出してくると、またニッコリ笑った。

 受け取って良く見ると、申込書の用紙が挟まれていた。


「全連にご加入いただければ、思い出すために、なにかお手伝いできることも、あるかも知れません」


 幽霊は、もっと怖いものだと思っていた。

 おどろおどろしくて、ジメッとしていて、薄暗い感じの。

 でも……小森はまるで普通の人に見えるし、俺だってどこもなにも変わっていない。


 まだ、信じられないけれど、ドアを通り抜けたのは事実……。

 なんで死んだのか、これからどうすればいいのか、どうなるのか、先がわからない不安もある。

 俺の親が、この部屋を片づけに来たら、俺はどこに行けばいいんだ?


 この組合に入れば、これから先のことをどうにかしてもらえるのか?

 なんかアヤシイ気もするけれど、頼れるものが、ほかになにもない。


「わかったよ、入る。でも、俺、死んでたらお金なんて持っていないけど? 会費とかがあっても、払えないよ?」


「その辺りの条件なども含めて、お話をいたしますので、ご足労ですが組合までいらしてください」


 小森は俺の肩に触れると「さ、さ、こちらです」といって歩き出した。

 アパートの前に、車が止まっている。

 小森はキーを出すと、助手席のドアを開けた。


「へ……? なんで車……?」


「組合本部は、ここから小一時間ほどかかるんです。徒歩では時間がかかるので、どうぞ」


「いや、なんで車? どうなってんの? 乗れるの? てかこれ走っていたら、周りからどう見えるの?」


「よくあるでしょう? 怪談なんかで……首なしライダーとか、誰も乗っていない幽霊暴走車とか、そんなようなものです」


 生きている人間には、霊感が強くなければ見えないのでご安心を、と小森は言うけれど、なにをどう安心しろというのか。

 急かされて、恐る恐る乗ってみると、意外にも乗り心地は、生きていたときと同じだ。

 やっぱり俺は、生きているんじゃないのか?

 うまいこと、口車に乗せられて、変な宗教の勧誘とか、高いナニカを買わされるとか――。


「勧誘や押し売りはしませんよ。では、行きましょうか」


 音もなく車が走り出した。

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