第11話 ドラゴンを番犬にしよう
「うわあああっ、速い速いぃぃっ! ロザリア、もっとスピード落としてぇぇぇっ!」
「え、聞こえません。もっと急げって?」
「あんた、私を怖がらせて楽しんでるでしょっ!」
図星である。
なにせリリアンヌは、とても表情豊か。そのリアクションはいくら見ても飽きない。
自然と馬車の速度を上げてしまうのは、無理からぬ話なのだ。
この馬車を引っ張っているのは、生身の馬ではない。馬の形をしたリビングメイルだ。搭載した魔石にはたっぷりの魔力が残っている。まだまだ休むことなく走らせられる。
が、目的地を通り過ぎたら本末転倒だ。
ロザリアは渋々、リリアンヌの願いを叶えることにした。
「この谷のどっかにドラゴンの巣があるんですよね?」
「そのはず。けど……本当に私たちだけでドラゴンをどうにかできるの? ロザリアが強いのはよーく分かってるけど、ドラゴンってすっごく強いのよ。それが群れでいるのよ?」
「強くなきゃ困ります。連れ帰って番犬にするんですから」
「え! 倒すんじゃなくて!?」
ロザリアたちは岩だらけの谷底を、馬車でゆっくりと進む。
ほどなくして、低い唸り声が聞こえてきた。
谷の合間で反響して、一層不気味である。
だが構わず馬車を進める。
すると大岩の影から、象でさえ比肩にならない緑色の巨躯が姿を現わした。
ドラゴンだ。
「で、出たぁ! それも十匹……もっといる!」
「いいですね。この子たちが村の周りをノシノシ歩いてるだけでも抑止力になります」
「そ、そうだろうけど! どうやって連れて帰るの!? 向こうは殺意たっぷりだけど!」
リリアンヌが焦りに染まった声を出すと同時に、ドラゴンたちが一斉に吠え立てた。
腹の底まで抉られるような大合唱。
正規軍も冒険者も歯が立たなかったのが頷ける。この咆哮を聞いただけで、まともに戦う気が失せるだろう。
その点、さすがリリアンヌは姫騎士と呼ばれるだけはある。むしろ剣を構え、敵の威嚇に対抗しようとしていた。
しかしドラゴンたちは、数多くの剣をはね除けてきたのだ。たった一本が煌めいたところで、なんら脅威を感じない。
そもそも見た目からして、こちらの剣よりドラゴンの爪や牙のほうが巨大なのだ。
威嚇するなら、相手より大きくなければ意味がない。
ロザリアは息を吸い込み、一気に吐き出した。
風魔法で声を超低音にして、かつ大音量に増幅。
振動により、そこら中で落石が起きる。
「グ、グルルル……」
こちらの咆哮にドラゴンたちはたじろいだ。
が、その中で一匹だけ、悠然と近づいてくる個体がいる。
種族の誇りを守るために戦う勇者に見えた。
そいつは尻尾を振り回した。ロザリアとリリアンヌは苦もなく回避するが、馬車は無惨に砕けてしまう。
「あなたがリーダーですね。一対一で
ロザリアは魔力で身体能力を強化し、地面を踏みつけた。小さな地震が起きる。
力の真っ向勝負を申し込む。
言葉が通じなくても、意思は視線で伝わる。
矮小な種族如きが。
ドラゴンの目はそう叫んでいた。
彼らにとって人など、豚や牛を提供してくれる存在。いってみればエサ係。それが決闘など思い上がりも甚だしい。
なるほど。今まではその認識で生きてこられた。
しかしドラゴンにも、身の程を知る瞬間があってもいいだろう。
「グオオオン!」
前脚がロザリアに振り下ろされる。爪で切り裂くような悠長な攻撃ではない。その質量で叩き潰そうというのだ。
防御魔法の類いは使わない。
腕力だけでドラゴンの前脚を受け止める。のみならず、押し返す。
ドラゴンは、そうなると想像さえしていなかったのだろう。空を飛べる生物のくせに、無様に仰け反って、そのままひっくり返った。
「えええええ!? 力技すぎるぅっ!」
リリアンヌが絶叫する。相変わらず、ありがたいリアクションをしてくれるお姫様だ。
そしてドラゴンはこの程度で敗北を認めない。
二枚の翼で地面を叩いて起き上がり、そのまま地を離れて空に身を浮かべた。
「空からとか卑怯じゃないの!」
「いえいえ。彼らは立派な翼を持つ生き物。それを使わないまま戦いを終えるなんてあり得ません。これを叩きのめしてこそ、彼我の実力差を見せつけられるというものです」
ドラゴンの喉奥から膨大な魔力を感じる。
それが体外に吐き出された瞬間、炎へと変換され、噴火のような勢いでロザリアに襲い掛かった。
当然、避けない。
ロザリアも体内で魔力を練って、冷気に変換して口から撃ち出した。
相反する属性が激突。
炎は氷を溶かそうとするが、同時に、氷は炎から熱を奪っていく。
結局のところ強いほうが勝つというシンプルな構図で、それを制したのはロザリアであった。
ドラゴンは氷漬けになり、羽ばたく力を失い、地面に落ちる。その衝撃で氷は砕け、ウロコが剥がれ、血がにじみ出す。
自分より圧倒的に小さな小娘に、真っ向勝負で負けた。
それは体よりも、心に傷を抉っただろう。
なのにドラゴンの瞳には、わずかな戦意の光があった。
それを摘む。
今までロザリアは、相手の攻撃に反撃するだけだった。
ここで初めて、自分から先に技を見せる。
暗黒の門。虚無への入口。世界をくり抜いたように不自然に現れた穴。
ロザリアが作ったその黒い真円に、ドラゴンたちの目は釘付けになっていた。
「まだやりますか?」
人語を多少なりとも理解するのだろうか。ドラゴンたちはこうべを垂れた。
それからひっくり返って仰向けになり、お腹を見せる。
服従のポーズだ。
「よろしい。今から私があなたたちのボスです。人が育てた家畜を襲うことは許しません。無論、人を襲うなどもってのほか。襲っていいのは、私の村を攻撃する者だけです。よろしいですね?」
「きゃいん、きゃいん」
子犬みたいな鳴き声を出した。
こうなってくると可愛いものである。
「よーしよし。では私についてきてください。エサは任せてくださいね。これまでより快適な生活をさせてあげます」
「ほ、本当にドラゴンを家来にしちゃった! ロザリアって、もはや無敵って感じ……お願いだから世界征服とか企てないでね?」
「頼まれたってやりませんよ、そんな面倒なこと。けれど、そのくらいの力があるとアピールすれば、ウィスプンド村に攻め込もうって人は出てこないでしょうね。ふふふ」
「怖っ! でも影のある笑いが格好いい! 私の心はすでに征服されてるわ!」
「なに言ってるんですか。さて、と。馬車が壊れてしまったので、帰りはドラゴンに乗っていきましょう。あっちの方角に全速力でお願いします」
「ま、待って! 馬車でもあんなに怖かったのに、ドラゴンの全速力って……ぴゃあああああああっ! あ、意外と楽しい! 風が気持ちいい! あはははは!」
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