ジェームズ・フィリモア氏の失踪
魚市場
第1話 ある夜の訪問者
私たちが関わった事件は非常に多いので、手記にまとめるものを選択するのは容易ではない。あまり知られてはいないが、ロンドンを震撼させた『ホワイトチャペル地区連続殺人事件』や、今も謎が多い『黄金の秘密結社事件』にも彼は関わっていた。これらの事件については詳細が長くなるので、いつか語るべき時が来たら発表しようと思う。それにしても、シャーロック・ホームズが関わった事件の中でも、あの夜の事件は特に奇妙な事件だったと言えるだろう。
霧の立ち込めた通りを辻馬車の音が通り抜けていった。しばらくしてベイカー街221番Bのドアノックをたたく音がした。今晩は、あいにく大家は不在だ。夜も十時をとうに過ぎている。私は積み上げられた調査書類を漁っている大きな背中に困惑の表情を向けた。
「依頼人かもしれない。うまく対応してくれ。」
仕事をしている友人は、こちらに背中を向けたまま無愛想に答えた。私はやれやれと腰をあげ、玄関のドアを開けた。そこに立っていたのは、大きな鞄を抱えたご婦人だった。
「こんばんは。申し訳ないですが、こんな時間です。どうかまた後日……」
「あの……あなたがホームズさんですか。」
もちろん、私はシャーロック・ホームズではない。しかし、婦人の視線は私のやや後方斜め上に向けられていた。
「ホームズは私です。」
いつの間にか後ろに立っていた。
「驚かせないでくれ。あの婦人、先ほども申しましたが、今日はもう……」
私がお引き取り願おうとすると、鞄を抱えた婦人は、切羽詰まった表情で訴えかけてきた。
「ホームズさん、どうしても聞いていただきたいお話があるのです。どうか、お願いします。」
婦人の表情は怯え、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。少し息も切れ、興奮気味のようだ。
「ワトスン君。察するに、このご婦人は一刻を争う事態のようだ。中で話を聞く分には構わないだろう。」
私は少し驚いた。だが結局、彼の考えに従う事にした。何か危険な匂いを感じたのだろう。私の尊敬する友人にはその嗅覚があるのだ。そして、その事は私が一番よく知っている。いろいろな冒険をした相棒だ。その危険な匂いに誘われ、私たち二人は危ない橋をたくさん渡ってきたのだ。
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