約束のワイン
リラとドレス
その後、レナルドがクライヴへの取次方法を確認することになりリラは遅くなる前に帰宅した。
玄関ホールにて、リラは改めて、ふたりに深々と敬意を以って挨拶をした。
「ロイド様、レナルド様。本日は本当に貴重なお時間をありがとうございました。」
「いや、なんてことはない。また状況を確認したいので、リラ嬢さえよければ、食事に誘いたい。他にも何かあれば尽力するので、何でも相談してほしい。」
そう言うとロイドは頬を染めながら、リラの手をぎこちなく取り、そっと口付けをした。
リラはロイドのそれまでにない行動に驚いたものの、今までクライヴに散々口説かれた小なりと免疫がついたのか、少しだけ照れくさそうに微笑んだ。
「ふふ。ありがとうございます。では、また明日、学園で。」
リラは馬車に乗り込んだ。
暗いがりであまりわからないが、馬車を見送るロイドの顔はこれでもかというほどに真っ赤だった。
「レナルド。少し相談したいことがあるのだが…。」
「明日でもよろしいでしょうか…。」
レナルドは間髪入れずに答えた。
昨日も碌に寝てないのに、今日もまた深夜の座談会なんて勘弁しほしいと、ぐったりした表情でロイドを見た。
翌朝。
リラは久々に晴れ渡った気分だった。
昨夜は、ふたりに相談したお陰で胸の支えが取れ、よく眠れたのだった。
(ロイド様、レナルド様にご相談して本当に良かった!)
リラはふたりへの感謝の思いでいっぱいになった。
未だに学園ではリラとクライヴの婚約の話題で持ちきりだ。
リラが校内を歩けば奇異の目を向けられ、相変わらずレベッカとその取り巻きはリラにとって悪い噂を流していた。
しかし、婚約を断ると決めてからは、何も気にならなり、堂々と校内を歩くことができた。
婚約を断ったことで、また違う噂が流れ、嘲笑の的になるかもしれない。
けれど、自分で決めたことには自信を持てるのがリラの良いところであった。
幸いあと三ヶ月もすれば卒業し、自分も領地に帰るのだ。
社交に後ろ向きな父と兄のおかげで、夜会も茶会の招待状など来ないだろう。
人の噂も七十五日とは言ったもんだ。
二、三ヶ月すれば飽きるだろう。
来年には、そんなこともあったな、と笑い話になるだろう。
「リラ様。ずいぶんとご機嫌ですが…。何かよろしいことございましたか?」
中庭でいつものようにアビーとクリスティーヌと昼食をとっているとクリスティーヌが尋ねてきた。
「はい。胸の支えが取れたというか。心のもやが晴れたというか。また、おふたりには後日お話しますね。」
リラはにこやかに答えた。
ここ最近はクライヴのことで、リラがだいぶ疲れていたことをアビーとクリスティーヌは痛いほど知っていた。
それなのに、急にこの晴れやかな笑顔だ、余程嬉しいことがあったのだろう。
ふたりは顔を見合わせて、どちらともなく微笑んだ。
((きっと、アクイラ国皇子とのご婚約が正式に決まったのですね。))
ふたりは、自然とそう思えたのだった。
ふたりどころか、世の令嬢なら誰でもそう思うだろう。
何せ一国の皇子からのまたとない求婚である。
それだけも、一も二もなく了承するだろうに、それに加えてあの美貌であり、リラにかなりのご執心なのだ。
こんな縁談を断ることなど、誰が予想できるだろうか。
((お幸せになってください。))
ふたりは心からリラを祝福した。
その日、リラが帰宅すると何やら屋敷の中が騒がしかった。
いつも玄関ホールで帰宅を出迎える侍女頭も執事もおらず、誰もが忙しそうにキビキビ働いているのだった。
明らかに、おかしい。
タウンハウスには今リラしかおらず、兄も父も今頃は領地のカントリーハウスだ。
実質、今このタウンハウスの主人はリラなのだ。
その主人の帰宅を出迎えないなんて何か問題でも起きたのだろうか。
リラはひとり不安に思いながら様子を伺っていると、正面の階段の上からリラを呼びかける声がした。
「リラ、やっと帰ってきたか。」
「お、お兄様!」
リラが驚いたのも無理はなかった。
それは、カントリーハウスにいると思っていたリラの兄のルーカスだった。
ルーカスはリラと同じく茶色がかった黒髪に、リラとは異なり父譲りの空色の瞳をしていた。
そんなルーカスは、なぜか今から夜会か晩餐にでも出席するかのような仰々しい服装をしていた。
おそらくルーカスが持ちうる中の一番上等な装いで、胸ポケットにはアマリリスの家紋まで刺繍してあった。
「リラ、早く着替えなさい。部屋で侍女が準備をしているから。」
リラは状況が理解できず、ルーカスに質問しようしたいものの、ルーカスは余程忙しいのか、そのまま立ち去ってしまった。
リラは呆気に取られその場で立ち尽くし思考を巡らせた。
(もしかして…。お兄様もついに、夜会に出席して素敵な伴侶を探そうということなのかしら。)
リラはひとり顔がひやけるのを堪えた。
この国の結婚適齢期は十八から二十三歳とされており、ルーカスは二十二歳、いつ嫁をもらってもおかしくない年齢であった。
跡取りである長男には結婚にもう少し猶予があるようにも思えるが、そろそろ本腰を入れて花嫁候補を探してほしい年齢ではあった。
(お兄様、夜会に行きたいなら言ってくださればいいのに。)
リラはそんなことを思いながら大人しく自室へと向かった。
けれど、リラは自室で待ち受けていたイブニングドレスを見て唖然とした。
そのドレスは今まで自分が見たことないものだった。
全体を緑碧玉のような力強い深い緑色をし、上半身はベルベットの生地、スカート部分は白に純白のレースの上に同じく緑色のレースが二重になり、所々に金糸で細かな刺繍が施された豪奢なドレスだった。
城下町の皇室御用達のドレスショップの秘蔵中の秘蔵でもお目にかかれないような洗練されたデザインで、もちろん生地はリラが持ちうるものよりはるかに上等だった。
果たして、このドレスは一体何なのだろうか…。
ルーカスが仕立てたのだろうか…。
しかし、こんな上等なものを用意しているのであれば、なぜ、成人の宴のときに持たせなかったのだろうか。
「あ、リラお嬢様。お帰りなさいませ。何やら時間がございませんようで、早速ご準備いただけますか。」
呆然と立ち尽くすリラをよそに、侍女が有無を言わさず着替えを手伝い始めた。
着替えが終わると侍女はリラを姿見の前に案内した。
リラはあまりの美しい自分の姿に息を呑んだ。
「まあ、素敵ですわ。リラお嬢様。お嬢様の魅力が何倍にも引き出されていますわ。」
着替えを終えたリラを見て侍女が思わず言葉を零した。
(まるで私ではないみたい…。)
ドレスの色合いもリラの真珠のような白を肌を引き立たせており、その洗練されたデザインがリラの美しさを存分に引き出していた。
この姿で夜会に出たら、由緒ある令嬢あるいは一国のお姫様と誰しもが思うだろう。
「それにしても、とても素敵なドレスをいただいきましたね。わあ、このドレスに見合うほどに私にもっと化粧の腕が磨きませんと…。」
侍女は、とても楽しそうにリラに化粧を施したが、リラはある一言に驚いた。
「え?いただきもの?」
「はい。ルーカス様がそうおっしゃてましたよ。お嬢様は何もご存じないですか。」
リラは一瞬クライヴの顔が脳裏に過ったが、考えすぎだと思い、支度を終えることに注力した。
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