クライヴの確認

 図書館から出ると、再び校舎に戻りカフェテリアに向かった。

 このカフェテリアは、中庭に面した側が広いガラス張りで、生徒たちに非常に人気があった。


「こちらがカフェテリアでございます。時刻は間もなく十五時ですので、お茶にいたしましょう。」


 広報主任はそう言うと、カフェテリの従業員が紅茶とお菓子の準備を始めた。


「いかがだったでしょうか。」


「ああ。とても豊富な施設に関心させられました。いくつか我がアクイラ国でも取り入れようと検討しております。」


「勿体ないお言葉をありがとうございます。」


 そんな他愛ない話をしていると、クライヴは何かデイビッドに耳打ちをした。

 するとデイビッドは何やら確認したいことがるとのことで、デイビッドと学園長それに広報主任の三人は席を外して行った。


 三人が離席し、リラとクライヴそしてロイドの三人になり、リラは何の話をしようと思考を巡らせた。

 普段のリラならそれなりに気の利いた話題を振ることもできるのだが、先ほどの図書館の一件もあり、まだ余韻が抜けきれていなかった。


(どうしよう…。)


 ドキドキしながら紅茶を一口飲むリラに、クライヴがまさかの話題を唐突に持ちかけた。


「リラ、婚約の話を正式に進めたいと思っている。一応確認なのだが、リラには婚約者はいないよね?」


 リラとロイドは口に含んだ紅茶を思わず、吹き出しそうになりむせこけた。


「けほっ。けほっ。え?婚約ですか!?(今、その話!?)」


「ああ。」


 リラは、あまりのことに目を見開くも、クライヴは平然と紅茶を飲んでいた。


 リラは慌てて立ち上がり、キョロキョロと周囲に誰かいないか真っ紅な顔で見渡した。

 一応、ここには自分たち以外誰もいないことがわかると、一息吐き椅子に腰掛け直した。


 今は授業中だ。生徒や教員がカフェテリアを利用していないのも当然だろう。

 けれど、あと数刻もすれば授業も終わり、移動教室で近くを通るものもいるだろう。

 休憩に訪れる教員もいるかもしれない。


(このまま、ここで話します…?)


(婚約ってそんな大っぴらに相談するものなのでしょうか…?)


(あれ?もしかして、私が想像している婚約と違うのでしょうか…?)


(婚約って何だろう…?)


 リラは目を白黒させながら思考を巡らせるもクライヴの行動が全く理解ができず、遂にはそんな境地まで辿り着いてしまう始末だった。


 クライヴは、リラの目まぐるしく変わる表情を見て、耐えられないようにクスクスと笑っていた。


「あ、あの、宴のときに婚約を仄めかす言葉は、冗談ではなかったのでしょうか?」


「まさか、あんな公共の場で、あんな冗談を口にしては国が滅ぶ。」


 クライヴは間髪入れずに爽やかに答えた。


「え、えっと。つまり、わざとあの場で、婚約を仄めかしたということでしょうか!?」


 リラはまたもや目を丸くすると、クライヴはニヤリとした表情を浮かべるだけだった。


 しかし、先日ロイドが教室で、成人の宴でのクライヴの立ち振る舞いは冗談だったと皆に話していた。

 リラには何が何だか理解できず、ロイドに助けを求めるように凝視した。


「あ、あの、ロイド様。成人の宴での一件はご冗談だと、お話してましたよね…」


 その言葉にクライヴは、穏やか表情のまま徐々に目がすわっていった。


「リラ嬢。あのときは、その、騒ぎを治めるのに、あの方法しか思いつかず…」


 ロイドは慌てて弁明した。

 クライヴは、穏やかな表情から次第に冷淡な表情へと移っていった。


「ちなみに、ララは『ロイド様』と恋仲なの?」


 クライヴはリラがロイドの顔色を窺う様子を見て、そう感じたのだろうか。

 低く鋭い声でリラとロイドを冷たく睨みつた。


「い、いえ、ま、まさか、そんなわけではなく…。」


「本当に?」


「本当です。」


「神に誓って言える?」


「はい、もちろんです。私なんか田舎の一伯爵令嬢です。ロイド様に見染められるわけがございません。」


 そう断言するリラにロイドは複雑な気持ちで口籠もった。


「そう、それならよかった。他に婚約者っていないよね。まあ、いても別れてもらうけど。」


 サラッと怖いことを言いながら、頬杖をついてリラに今度は熱い視線を送りながら、最初の質問を繰り返した。


「い、いない…です…。」


「そう、なら良かった。じゃあ、進めて何も問題ないね。」


「え、え、え…。(いやいや、そんな重要な話をこんな学園のカフェテラスで話しますか?)」


(というか、そもそもなぜ私なのでしょう。)


 改めて、沸々と疑問が浮かんだ。


 リラの父も兄も社交には興味がなく、出席したことなどここ数年で何度あったことだろうか。

 無論、父のアリエス伯爵はアベリア国の有力者では全くなく、自分などただの田舎の一伯爵令嬢に過ぎない。

 アクイラ国に有益なものなどあるのだろうか。

 容姿だって、よく言っても中の上であり、豊満な体つきでもなかった。


「あの、つかぬことをお伺いするが、初対面のご令嬢に結婚を申し込むとは、いささか性急すぎるのではないだろうか。」


 ロイドがゴクリッと生唾を飲み込みながらクライヴに尋ねた。


 この型破り過ぎる求婚をしているが、クライヴは一国の皇子だ。

 平民同士の結婚ならまだしも、流石に貴族はどんなに好意を持っていたとしても身辺調査は必要不可欠である、出逢ったその日に求婚などあってはならないのだ。


「あー。成人の宴で一目惚れしたことにしたかったが、リラのことなら以前から知っているよ。」


(そういえば、成人の宴でアクイラ国皇子は私のことを始めから知っているようだった…。)


 思い返せば、成人の宴でクライヴは迷わずリラの元に行き、リラに話しかけた。さらに、リラの名前を口にしていた。


 そう、始めからリラを知っていたかのように。


「ふたりは、お知り合いだったのですか!?」


 ロイドは困惑した。

 自分だって、クライヴと数回しか会ったことしかない。


 それは全て国繋がりの会議や催事などだ。

 個人的に会ったことなど一度もなければ、公式の場でさえ会話したことがあっただろうか。


 それともリラは一国の、それも他国の皇族に、そう易々と会えるような身分だったのか。


 そんなロイドのあらぬ思い違いを察してか、リラはぶんぶんっと首を横に振った。


「い、いえ、しょ、初対面です!」


「そうだね。でも、ちゃんと知っているよ。」


 クライヴはリラの髪を一束掬い話し始めた。


「アリエス領はアクイラ国とアベリア国の国境であるシグネス川に面した領土で牧羊が盛ん。」


(そこまでは、図書館で私がお話しました。)


「そこを納めるアリエス伯爵家の長女として生まれ、家族は父であるアリエス伯爵に四つ年上の兄のルーカスの三人家族。母は八年ほど前に他界。」


(ま、まあ、調べればそのくらい…。)


「幼少期から母に連れられて領土の視察をしており、十二歳の頃に三区画ほどの牧羊の管理を父から任された。領内ではすぐ汚れるからと、町娘のような薄茶色のワンピースや乗馬様のズボンを好んで履いている。領民からもとても愛され、領主の娘にも関わらずリラちゃんと可愛がられている。困っている領民がいれば、羊の毛刈りから子供の世話までなんでも引き受ける。収穫祭には領内の子供を屋敷に招いて、かぼちゃタルトを一緒に作ったりしている。趣味は乗馬に、薔薇園で恋愛小説を読むことで、好きな本は…」


「もう十分です!!」


 得意げに話すクライヴをリラは慌てて制止した。

 なんで、そんなに詳しいのか言及したい気持ちもあったが、ここは学園のカフェテリアだ。

 それに自分の個人的な話をどんどん語られるも恥ずかしい。


 ロイドは呆気に取られた。

 リラはこのように領内でどのように過ごしているか、あまり事細かに話すことはなかった。


「なぜ、そんなに詳しいのだ?」


 ロイドは思わず頭に浮かんだ疑問がそのまま口から溢れた。


「好きな子のことは何でも知りたいと思うのは当然だろう。『ロイド様』はそんなことも知らないのか。」


 クライヴはニヤリと笑うと、手の中にあるリラの髪に口付けをした。

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