アベリア学園の見学
ロイドの弁護
翌々日。
今日は冬季休暇明けの登校日初日であった。
リラは久々に制服に腕を通した。
アベリア学園の制服は女子は空色のワンピースに赤いリボン、男子は同じく空色のブレザーに赤いタイをしていた。
まだ冬の寒いこの時期は、制服の上に学園指定のベージュのコートを羽織っている生徒が多かった。
リラが正門から中庭を歩き校舎へ、そして教室へと歩いていた。
途中、ちらちらと何度か視線を感じた。
(もしかして、私を見ているのでしょうか。そんなまさか、何かの思い違いでしょう…。)
リラは自意識過剰と思い直して、背筋を伸ばし、足早に教室へと向かった。
教室の扉を開くと、リラの登場を今や遅しと待ち構えていたように、一斉にその場にいた生徒たちがリラの周りに集まってきた。
「アクイラ国皇子とは、どんな方なのですか。」
「アクイラ国皇子とは、以前からお知り合いだったのですか。」
「アクイラ国皇子を私にもご紹介いただけませんか。」
リラはあまりの勢いに圧倒され後退りした。
今までの人生が自分が、これまでに脚光を浴びることなどあっただろうか。
生徒たちは、瞳をキラキラと輝かせてリラが答えるのを待っているのだった。
けれど、リラは皆が期待しているような何かを言うことなどひとつも言えるはずもなかった。
リラは、あの成人の宴で初めてクライヴと出逢い、少しばかりの間、クライヴと話をしダンスを楽しんだだけなのだ。時間にすると一時間にも満たないだろう。
そんな相手の何を知っていると皆は期待しているのだろうか。
「いや、その、えっと…。」
しかし、ここで正直に本当のことを言うことも悩ましかった。
何かの発言を引き金に、話に尾鰭がついて、よもやリラと恋仲などと脚色されて噂をされては困るのだ。国賓である隣国の皇子のスキャンダルなど失礼にもほどがある。
リラは、ただ何もないというだけで、説明するのがこれほどまでに難しいものなのかと頭を悩ませていた。
「ご婚約の申し出があったという話も聞いたのですが本当ですか。」
(う…。そんなことも聞こえていたの…?)
リラは動揺が隠しきれず言葉を詰まらせた。
確かに婚約を仄めかす言葉はにあった。けれど、その後、クライヴに逢うことはおろか、連絡のひとつもないのだ。
それに、皇族の結婚相手は侯爵家以上が一般的である。
自分なんかは片田舎の伯爵家の娘だ。どう考えても婚約者として相応しくないのだ。
おそらく、あの美貌の皇子様の冗談だろう。
《そんなことおっしゃってませんよ。》
逸そ、白を切るべきだろうか。けれど、あのすぐ傍にいたものは、ここに何人かいるだろう。否定しきれる自信はあまりなかった。
《あれは、アクイラ国皇子のご冗談ですよ。》
それとも、冗談ということにしてしまおうか。けれど、あの演技とは思えないような情熱的な眼差しを間近でみたものもいるだろう。
リラがどう説明するか考えあぐねいていると、教室の隅でリラの陰口を叩く令嬢の姿があった。レベッカとその取り巻きたちだった。
「リラ様はアクイラ国皇子に色目を使ったらしいわよ。」
「リラ様、ご結婚に興味ないような素振りをして権力者には大胆ですね。」
「まあ。学園の優等生ですのに、やらしい子なのですね。」
そんな騒がしい教室の前にロイドとレナルドいた。
ロイドは、この状況を瞬時に読み取り、奥歯をギリッと噛み締めていた。
「ロイド様、抑えて。」
その音を聞き、レナルドは小声でロイドを宥めるのだった。
「わかっている…。」
ロイドは小さく深呼吸すると、意を決して教室の扉を開いた。
「ああ。リラ嬢、皆、おはよう。どうしたのだ。そんな集まって。」
ロイドは何事もなかったように優しく微笑んで、生徒たちに囲まれるリラの元に割って入った。
「リラ嬢。先日の成人の宴で、国賓であるアクイラ国皇子へのもてなし、深く感謝している。やはり、リラ嬢にお願いして良かったよ。皇子も楽しかったと伝えてくれと言っていた。」
皆は突然のロイドの言葉に理解が追いつかず、きょとんっとした。
「ああ。ロイド様。そう言っていただけて光栄です。アクイラ国皇子が楽しんでいただけてよかったです。」
リラはロイドの意図をすぐさま察知し、機転を効かせて話を合わせた。
「ロイド様がアクイラ国皇子のおもてなしをするようにリラ様をお願いされたということでしょうか。」
ひとりの令嬢がロイドの会話の意味を確かめるように質問をした。
「ああ。そうなんだ。アクイラ国皇子は元々夜会の出席は好ましくないようだったが、せっかく訪れたのだ。少しは楽しんでいかれたらどうかと思って、優等生であるリラを紹介したのだ。」
「そ、そうなんです!実は、宴の直前にそのようなお話がございまして。」
リラはすぐさま話を合わせた。
「で、では、婚約の話は?」
すかさず別の令嬢が質問した。
いくらロイドの話が本当だとしても婚約までロイドが勧めるとは到底思えなかった。
「あれは、皇子の冗談らしい。皇子も『冗談だ!』と付け加えようとしたらしいが、リラ嬢があまりにも頬を染めていたので、退くに退けなくなったらしい。リラ嬢には悪いことをしたと言っていたよ。」
皆はそれを聞くと、納得したように散っていった。
リラは小さく深呼吸し呼吸を整えた。
「ロイド様、再三お見苦しいところをお見せて申し訳ありません。大変助かりました。本当にありがとうございます。」
「ああ、問題ない。」
リラは申し訳なさろうにロイドに謝るも、ロイドは爽やかに返事をし席に着いた。
その日の授業はリラは心ここに在らずだった。どこか俯いてしまっていた。
ロイドを受け、自分の結論が断定されたことに落胆したのだった。
(婚約の話は、やはり冗談だったのか…。)
少し期待していた自分に気づいた。
もちろん結婚したいわけではないし、自分があんな美貌の皇子様と結婚できる立場ではないことは重々理解していた。
けれど、リラにとって初めて異性に魅せられた瞬間だったのだろう。
初恋は一瞬にして失恋へと変わったのだ。
そんなぽっかり空いた心を更に抉るように、どこもかしこも噂で持ちきりだった。
「婚約の話は冗談だったみたいですよ。」
「だと思いましたわ。片田舎の伯爵令嬢ですもの。」
「本当にそうなんでしょうか。アクイラ国皇子は熱烈な視線だった気がしたんですが。」
「いいえ、リラ様のご容姿なんて平凡じゃないですか。あんな麗しい皇子様ですよ。もっと誰もが憧れるような美しいお姫様とご結婚するに決まっているじゃないですか。」
噂の中には、リラを少し非難するような言葉も飛び交った。レベッカの取り巻きたちが流しているのだろう。
気にしない、気にしない、とそうは思いたいが、的得ているとも思ってしまう。
(あんな美しい方を目の当たりにしたら、誰しも容姿はなんて平凡なんじゃないだろうか。まあ、色目を使ったと思われるよりは幾分かマシか…。)
そう思ってじっと耐えるのだった。
☆ ☆ ☆
その日の授業終わり。
リラは担任の先生から学園長室に行くように告げられた。
リラは成人の宴でのクライヴと話した軽率な態度を学園長直々に注意されるのではないかと不安に思いながら、学園長室へ向かった。
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