レナルドの誘い
曲は終わりを迎え、リラはロイドに深々と礼をした。
途端にリラとロイドのダンスが終わるのを待ち侘びていた令嬢たちが一斉にロイドに駆け寄ってくるではないか。
「ロイド様!次は私と踊ってくださいませんか!」
「何よ!ロイド様は先ほど私とダンスの約束をしていたのよ!」
「いいえ。ロイド様は私と踊りたいとおっしゃってましたわ!」
皆、無我夢中で我先にとロイドに手を差し伸べダンスに求めるのだ。
リラは慌ててドレスの端を持ち、小走りにその場を後にした。
さすが、一国の皇子である。令嬢が次から次へと押し寄せ、それを見たロイドの護衛騎士が慌てて仲裁に入ろうとしていた。
リラは、人気のない壁際に行く、ふぅっと一息吐いた。落ち着きを取り戻し、辺りを見回すも、会場にはクライヴの姿はないようだった。
(やっぱり、先ほど何か失礼な態度をとってしまったのだろうか…。)
リラは俯き、胸がちくりっと傷んだ。
「あら。皇子様をふたりも手玉に取った伯爵令嬢様ではないですか。」
リラが顔を上げるとそこには、ユングフラウ侯爵の令嬢ことレベッカ・ユングフラウとそれを取り巻く数人の令嬢がいた。
ユングフラウ侯爵はアベリア国皇家の次いで権力があり、レベッカはロイドの婚約者候補のひとりであった。
レベッカはリラを見下したように言い放った。
リラは息を飲んだ。以前からレベッカは何かにつけて言いがかりをつけ、目の敵にしていた。
「いえ、そんなつもりはございません。殿下は一学友である私を気にかけてくださったのだと思います。アクイラ国皇子について、その、なぜこのようなことになったのか、皆目見当もつかず…。」
そうリラが弁明するも、レベッカの後ろから取り巻きの令嬢が一歩前に出て来た。
「あら、私見ましたわよ。陛下の有難いご挨拶の中、リラ様がアクイラ国皇子に色目を使っているところを。」
彼女はリラを見下したような視線を送りながら静かにそう告げた。
リラはドキッとした。
国皇の挨拶も聞かないばかりか、クライヴを見惚れている姿を見られたなんて、恥ずかしくて仕方がなかった。
「仰る通りです。アクイラ国皇子があまりにも美しかったので、つい見惚れてしました。ですが決して色目を使ったわけではなく…。」
リラは、瞬時に思案を巡らすも、レベッカたちからするとどれも言い訳がましく聞こえるだろうと、素直に事実を認めざる終えなかった。
しかし、この手は令嬢はこんな言葉で許してはくれないのだった。それみたことかと蔑むようにリラを見るではないか。
「まあ、すんなり認めましたわよ。」
「嫌らしい子ですわ。」
「学園では優等生のふりして、本性は飛んだ牝狐ですわ。」
様々な罵声を浴びせられるが、リラは努めて冷静に対処としようと思考を巡らせた。
確かに女性なら誰もが憧れる麗しい皇子様をふたりも独占してしまったのだ。反感を買うのは致し方ないのだろう。
だが、リラから誘ったわけでもなく、誘われたのだ。彼女たちからすると、一国の皇子からのダンスの誘いを断れとでも言いたいのだろうか。
しかし、それはさすがに不躾である。ここは、何をしても反感を買うのだろう。言いたいだけ言わせるしかないのだろうか。
そんな令嬢たちの元に駆け寄って来たのはレナルドだった。
「これはこれは、綺麗な令嬢様方がお集まりになっていかがなされたのでしょうか。せっかくの成人の宴です。壁の花になどならずに楽しんでいただけないでしょうか。」
レナルドの言葉に、レベッカの取り巻きたちは恥ずかしそうに頬を染めた。
レナルドは、ロイドの従兄弟であり公爵家の人間、つまり皇族だ。それに加えて、レナルドは男らしい顔立ちをしており、学園で人気の令息トップ5に入るほどだった。
そんなレナルドに、さきほどのリラに対する態度を見られたと思い恥ずかしくなったのだろう。
「あの、レナルド様…。もし、よろしければ…。」
ひとりの令嬢が恥じらいながらレナルドに声をかけるのを遮るように、レナルドはリラに手を差し出した。
「本日のリラ嬢もとてもお美しいですね。もし良かったら私と一曲、踊っていただけないでしょうか。」
その言葉にレナルドを誘おうとしていた令嬢は瞬時にリラを睨みつけた。
それも当然である。これで、三人も人気の男性とダンスをすることになるのだ。
レナルドは戸惑うリラを半ば強引に手を引き、そのまま皆が踊る中に入って行った。
☆ ☆ ☆
「レナルド様。お見苦しい所をお見せして申し訳ございません。」
「いえいえ、リラ嬢は何も悪くありません。アクイラ国皇子からリラ嬢をお誘いになったのでしょう。国賓であるアクイラ国皇子をおもてなしいただいて、ありがとうございます。」
リラはレナルドの優しい言葉に安堵の表情を浮かべた。
「それに、レベッカ嬢は殿下の婚約者候補であるため、殿下がファーストダンスに自分を誘うものだと思っていたのでしょう。それなのに殿下は自分より先にリラ嬢をお誘いしたことに嫉妬したのでしょう。」
「そうですわね。私、レベッカ様に大変失礼なことをしてしまいました。まず、レベッカ様と踊られることを提案すればよろしかったですね。」
リラは俯き、表情を曇らせた。
リラは普段レベッカへの配慮を怠らないようにしていたが、あの場で突然クライヴに二回目のダンスに誘われ気が動転してしまい、なんとかしてダンスを断ることに必死になっていた。
そのため、レベッカの立場を疎かにしてしまっていたのだった。
「そういえば、レベッカ様は日頃から殿下を食事や観劇にお誘いしている姿をよくお見かけしますね。もしかしたら、レベッカ様は殿下をお慕いしていたのでしょうか。」
リラに不意にそんな疑問が浮かんだ。
レベッカもリラやロイドと同じくアベリア学園の生徒である。リラは、レベッカが教室でロイドに観劇や食事などの誘っている姿を思い出した。
ロイドはそんな熱心なレベッカの誘いに公務や会議などの理由をつけて断っていた。
レベッカとしては、これから伴侶になるのを踏まえてロイドに歩み寄ろうとしていたのだろうか。
それとも、レベッカはロイドへの恋情から誘っていたのだろうか。
どちらにしても、リラはレベッカの想いに気づかずに、このめでたい日にレベッカより先にロイドと踊ってしまったのだ。レベッカに嫌味を言われても仕方がないのだろう。
「とてもレベッカ様に失礼なことをしてしまいましたわ。」
リラはレベッカに対して申し訳ない気持ちで溢れた。
「いえ、そこまで、お気になさらなくてもよろしいのでは…。」
レナルドはあまりにも表情が曇っていくリラに慌ててそう告げた。
(リラ嬢。レベッカ嬢のお気持ちを察するのであれば、もう少しロイド様のお気持ちも察してください!)
レナルドは冷や汗をかきながら、心の中で叫んだ。
「リラ嬢。大変申し訳ないのですが、本日はもうご退場いただけますでしょうか。」
レナルドは周囲に目をやりながらリラにそう告げた。
その様子からリラも周囲を窺って見るに、こちらを妬ましく思うような蔑むような視線を送る令嬢がちらほらいた。
「勝手ながら馬車も既に手配しております。このまま入り口の方へ誘導させていただきます。」
「そうですね。私も先ほどの件もございますし、そう致します。レナルド様、ご配慮いただき、ありがとうございます。」
リラは眉間に皺を寄せ悲しそうな顔をしつつ、努めて笑顔で礼を言った。
せっかく楽しみにしていた成人の宴だ、もう少し楽しみたいのが本音であった。
それに、親友のアビーとクリスティーヌに一言もなく退場するのは心苦しいが、また何か問題を起こすことは避けたかった。
☆ ☆ ☆
リラはレナルドに見送られ馬車に乗り込んだ。
途端に、緊張の糸が解け、ぐったりと座席に座り込んだ。
ドレスからクライヴの甘い薔薇の香りが仄かに香り、リラは静かに目を閉じた。
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