ロイドの嫉妬(前編)

 ロイドは驚愕し蒼ざめた。

 隣にいたロイドの側近であるレナルドもまた唖然とし蒼ざめていた。


 ロイドの目の前で、アベリア学園に入学してからの三年間、ずっとずっと心惹かれてきたリラがクライヴに話しかけられて、頬を染めながら楽しそうに話しているではないか。


 クライヴは周囲に見せつけるように慣れ慣れしくリラの肩に手を置き、わざと耳元で何やら囁いている。


 これでは、誰がどう見ても、恋人同士のような親密さだ。


(あんな人前で肩を振れるなど破廉恥にも程がある!)


 ロイドは嫉妬と怒りのあまりに拳を強く握りしめ、唇を振るわせた。


 ロイドは異性に対して奥手であることに加えて、リラの前では取り分け誠実な男性であるように努めていたため、あのように軽々しくリラに触れることなど考えられなかった。


 本来のロイドは、もっと情欲的でありたいと願っていた。


 リラに触れ…。

 リラを抱きしめ…。

 リラと唇を重ねる…。


 幾度そのような妄想をしたことだろうか。


 結果、それが拗れ、指先がほんの少し触れただけで、リラにふしだらに思われていないか、そんな不安が押し寄せる反面、リラの温もり感じ興奮が押さえられず、一瞬で赤面してしまうのだった。


 そんなロイドでも堂々とリラに触れられることでできるのは、週に一度のダンスの授業だけだった。そんな貴重なダンスの授業もパートナーは毎度入れ替わるため、リラと踊ることは三ヶ月に一度がやっとだった。


 つまり、ロイドはたった三ヶ月に一度しか堂々とリラの手を取ることができないのに、目の前のクライヴは最も容易くリラの肩に触れているのだ。


 続いて、クライヴはリラが選んだデザートを美味しそうに食べているではないか。

 たったそれだけだ。それでも、ロイドはこの三年間で、あんな瞬間が一度たりとあっただろうか。


 ロイドは、学園で幾度となくリラを食事に誘ったことか。


「そのようなことをされますと、私とロイド様が親密な仲と勘違いされてご迷惑かかりませんか。」


「他のご令嬢からのお誘いが今まで以上に増えるかもしれませんよ。」


「うーん。ロイド様の婚約者候補に申し訳ないですわ。」


 その全てはこんな言葉をもってして断られた。


 一つ目の理由としては、一国の皇子であるロイドがひとりの令嬢を贔屓にすることはよくないと言いたいのだろう。

 だが、ロイドはもちろん親密と勘違いされても構わないし、むしろ親密になりたいのだ。

 リラは気づいていないが、優等生で心優しいリラは男性からとても人気があるのだ。親密という噂でも流れれば、そんな他のライバルたちに多少の牽制はできるというものである。

 しかし、ロイドはリラに誠実な男性と思われたいあまり、執拗に誘うことを躊躇わさせた。


 二つ目の理由としては、令嬢からの誘いが増えること。

 一国の皇子であるロイドは常に様々な令嬢から晩餐はもちろん、昼食に観劇など様々な誘いを受けていた。そんな令嬢たちの誘いをロイドは、何かと理由をつけてやんわり断っていた。

 しかし、もし、リラと食事に行ったことが知れ渡っては、他の令嬢からの食事を安易に断ることもできなくなるというものだ。


「なんで、リラ様だけ特別なのですか。」


 令嬢たちからそのように問いただされるロイドが容易に目に浮かんだ。


 バレなければ良いのだろう。ロイドはそう思うものの、なかなか尻込みさせる言葉ではあった。


 三つ目の理由は、ロイドに婚約者候補が存在すること。その令嬢たちを差し置いて、リラがロイドと食事するなど烏滸がましいと思っているのだろう。

 特に婚約者候補のひとりであり、同級生でもある、レベッカ・ユングフラウはリラに対してかなり当たりが強かった。もし、レベッカにバレればリラに嫌がらせをすることは目に見えていた。

 この言葉を言われるとロイドはリラを想い、無理強いすることが憚られるのだ。


 それにしても、ふたりの距離はやたら近く、何やら終始見つめ合っているではないか。

 こんな異性に距離を取らずに頬を染め、恥じらう愛らしいリラなどロイドは今まで一度たりとも見たことがなかった。


 リラは明るく優しく誰に対しても親切であるが、相手に対しては何処か壁があるように感じられた。

 最初はロイドが皇子であるため、身分を重んじるリラの礼儀正しさからきているものかと思っていた。けれど、それは同級生の令息はもちろんのこと令嬢と話しているときもそうだった。


 それはリラの癖なのか、令嬢として淑女として一歩下がり適切な距離を置いて相手に接していた。そんなリラがまた一段と上品で気高く感じられ、ロイドの心はくすぐった。


 けれど本心では、やはり、このよに愛らしい姿を自分だけに見せてほしいと願っていた。


(羨ましい…。)


 ロイドは羨望の眼差しをふたりに向け、胸が締め付けられた。


 この三年間どのように過ごせばリラともっと親密になれたのだろうか。


 ロイドはリラに相応しい誠実な皇子になるべく振る舞っていたが、もっと強引にでも誘えば、自分にもこのようなロマンチックな展開があったのだろうか。

 そんなことを思うも、まさか突然現れた隣国の皇子にリラを一瞬にして奪われるなど誰が想像できただろうか。


(なぜ、このめでたい日に…。)


(なぜ、リラに喜んでもらおうとわざわざ準備したアベリアの間で…。)


(なぜ、リラに求婚しようと思っていた日に…。)


 そして、ふたりの甘い雰囲気に追い風を受けるようにワルツが流れ出すではないか。

 然も当然のようにクライヴはリラに手を差し出し、その手を見たリラの青緑色の瞳はキラキラと太陽に照らされるような湖面のように輝いているではないか。


(本来であれば、リラとのファーストダンスは、この自分であった筈だ!)


(なぜ、そこにいるのは自分ではないのだ!)


(リラのためにすべて用意したのは自分だと言うのに…。)


 ロイドは、声をかける令嬢の声も、隣にいるレナルドの声も何聞こえず、震えながら、血走った目で、怒りに震えながら、ただただふたりを凝視していた。

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