男女比1:30の女学院と百合豚

南川 佐久

第1話 桜庭巳散の日常

 女学院。それは女子しか通うことのゆるされない秘密の花園――


 クラス内にカーストなどというものは存在しない。

 気の合う者同士、多少のグループによる棲み分けはあっても、基本的に女子は友好的で平和的で調和と同調を重んじる。男子という火種さえなければこれといったイジメや問題も起こらない。


 そんな平穏と退屈がない交ぜになったような生ぬるい空間で、各々が部活動や勉学に勤しんでいる。それが、女子校の学生というものだ。


 桜庭さくらば巳散みちるも、例にもれず都内のある女学院に通いながら華のJK生活を謳歌していた。


 ちなみに聖カトリーナ女学院と名前ばかりがお高く止まっている印象があるが、スカート丈は一部を除いて皆膝上な、お上品やお清楚とは縁遠い生徒達の巣窟である。挨拶が「ごきげんよう」だなんてとんでもない。それは社会と百合豚が生み出した希望的観測――もとい妄想の産物だ。


 都内の進学校だけあって、皆それなりにお洒落には気を遣っている。だが、当然男子はゼロなので誰に見せるわけでもない。ただ自分が可愛く在りたいというだけの自己満である。

 そのただの自己満で生徒指導に目をつけられて文句ばかり垂れているようなJKの集まり。それが聖カトリーナ女学院だった。


 ただ、中には、敷地内に歳の近い女子しかいないという閉鎖的空間で思春期を拗らせる者もいる。


 今、放課後の空き教室で巳散を机に押し倒している氷室ひむろ瀬那せななど良い例だ。


「せっちゃん、重い。それに、こんなところで……誰かに見られたらどーすんの?」


「別にいいじゃん。見せつけてやれば。そうすれば、巳散にこれ以上変な虫が寄って来るのも避けられる」


 そう言って、瀬那は机に仰向けにされた巳散にキスをした。

 唇に柔らかく湿った感触がして、脚の間に膝を入れられる。

 瀬那は巳散の栗色の髪を撫で、愛しそうに口元に髪を寄せた。


「シャンプー変えた? いい匂い」


 その様子に、巳散は内心でため息を吐きながら天井を仰ぐ。


「せっちゃん、言っておくけど本番はナシだからね」


「え~。ツレない。たまにはいいじゃん、巳散の初めてをあたしにちょうだいよ」


「調子に乗るな~。ったく、友情の名の元にここまで許してあげる私の寛大さに感謝して欲しいよ」


「ここまでって、どこまで?」


「キスとお触り?」


「それ以上は?」


「ダメ」


「なんでよ」


「せっちゃんは、私のことを特別に好きなわけじゃないから」


 その言葉に、瀬那は少し黙って「好きだよ」と言い返す。

 だが、巳散は知っている。

 瀬那のその感情は、思春期を拗らせた、ただの好奇心の延長だということを。


「要するにせっちゃんは誰でもいいからエッチなことがしたいんだ。これ以上がしたいなら、絵里えりたちみたく他校の男子でも漁ればいいんじゃない?」


「ヤだよ。男子って、なんか汗臭そう。駅のホームに並んでてもなんか男臭いし」


「その匂いが良いって絵里は言ってるけど?」


「あたしをあんなビッチと一緒にしないで。それに男子は固い。肉とか骨とか、何もかもが。だからあたしは巳散がいい。巳散は柔らかい。手も、身体も、おっぱいも……ほら、見かけによらず大きいんだ」


「んッ……ちょ、雑に揉みしだかないで。出たよ、Aカップの僻み」


「うっせ。Bだぞコラ」


 正直、Dの自分からすればAとBの間に認識できるほどの差異はない。

 差を感じるとすれば、そうだなぁ……BとCなら見た目で違いが出るし、EとFならもう一目瞭然に張りが違う。

 Eが「あ。あの子でかい」くらいなら、F以上はもう駅で男子が割と振り返るレベルの張りがある。「わ。でっか!」ってね。私も思わず二度見するもん。

 ちなみにGは……「重そう」かな。


 女子校に五年もいるとね、そういうおっぱいソムリエ紛いな審美眼も嫌でも身に着くってわけ。


「で? いつになったらヤラせてくれるの? 巳散は」


「まだ諦めてなかったんだ、せっちゃん……」


 その探究心には素直に脱帽する。あと、欲望に素直でさばさばしたところも、私は好き。下手に欲求を隠されるより余程いい。だから私はせっちゃんと仲が良かった。


 せっちゃんは銀髪の美人だしね、美人は良いよ。たとえ自分が女子だろうとなんだろうと、綺麗な人を見ているとそれだけで眼福なのは古今東西女子も男子も関係ない。ただ、せっちゃんは欲望に素直すぎて女子を見る目がいやらしいから、私以外に友達と呼べる友達がいない。だから放課後は付きまとわれて襲われる。ただ、それだけ。


 せっちゃんが調子にのってブラウスの下の肌を撫でようとした頃、教室に息を切らした女生徒がひとりやってくる。


「巳散ちゃん! やっと見つけた……!」


 膝丈よりも少し短いスカートをゆらして、艶やかな黒髪を肩まで伸ばして。

 その生徒は肩で息をしていた。


「チッ。これからってときに……お邪魔虫め」


「せっちゃん、これ見よがしな悪役台詞やめなよ。そんなんだから友達できないんだよ。えっと……隣のクラスの菜々子ちゃんだよね? B組の。私に何か用?」


 机の上から上体を起こして問いかける。すると、私とせっちゃんがしていたであろう行為に若干赤面しながら、菜々子ちゃんは問いかけてきた。


「巳散ちゃんが百戦錬磨の『百花百合』って本当だったんだ……」


「『百花百合』? ナニソレ」


「咲かせられない百合はない! 百合のプロだよぉ!」


 ……あ~。なんか最近耳にするなぁ、そのあだ名。

 やめて欲しいんだけどなぁ。私、こう見えてせっちゃんとしかこういうことしてないつもりなんだけど……


 想い巡らせて、そういえば先週部活仲間のもえともキスしたことを思い出す。こういう風に噂が光の速度で広がるから女子校は面倒くさい。


「そんな巳散ちゃんに……恋愛相談に乗って欲しいんだけど!」


 スカートの裾を握りしめる菜々子ちゃんと机を挟んで向かい合うこと数十分。


黒澤クロちゃんのこと好きなら告ればいいじゃん」

「でもぉ……! 友達なのに、この関係が壊れちゃったら……!」

「クロちゃんと菜々子ちゃんの友情はそんなヤワなものなわけ? いいじゃん、友達なんだからキスくらいしても」

「皆が皆、巳散ちゃんくらいゆるがば……貞操観念ぶち壊れてたら苦労しないよぉ!」

「なんか微妙に失礼じゃね? 私、一応恋愛相談に乗ってあげてるんだったよね?」


 とかなんとかやり取りを繰り返し、「クロちゃんとカラオケに行っていい感じになったらキスしてみる」と結論づけてその場は解散となった。


 キスしてみて、相手の反応が微妙だったら「冗談だよお!」で撤退できるのも女子同士の利点だ。


 菜々子ちゃんの恋愛相談に乗っていたら、もう日も暮れ始めてしまった。

 バイトがあるというせっちゃんは、帰り際、「巳散は可愛いし優しいし友達がたくさんいてイイよなぁ。オトせない女子とかいんの?」とか聞いてくる。


「はは! オトせない女子ってなにそれ。『C組の王子様』――白馬はくばさんみたいな男装の麗人ならいざ知らず、私は一介の女子ですよ? 髪もセミロング。男子っぽい見た目をしているわけじゃない」


「でも、あたしを含めて、もう何人もオチてる」


 オトせない女子――私の脳裏には数人の顔が浮かんだけれど、「さぁ。どーだろ?」と適当に濁してその場をあとにした。


(別に、オトしているつもりはないんだけどなぁ……)


 私はただ、何事に関しても寛容で。裏を返せばどうでもよくて。

 少し頭のねじが外れているだけで。自由が好きなだけで。

 自身の容姿と愛嬌というものを理解していて、ただ、友達と別れるときに、明日も会いたくなるような『またね!』を心がけているだけだった。

 それもこれも、学生らしい青春を謳歌するために。


 それがどうして、こんなことに……


 下駄箱に入っている謎のラブレターは差出人が不明。

 でも筆跡はいつも同じだから多分同一人物だ。

 私は彼女が、私を『彼氏』にしたいのか『彼女』にしたいのかいつも測りかねている。


(まぁ、向こうからこれ以上のアプローチもしてこないし、返事も求められてないし。なるようになるか……)


 できれば、美人だったらいいな。ストーカーちゃん。


 そんなことを想いながら手紙を鞄にしまって下校した。

 駅までの道のりは自然が豊かで、川沿いの桜並木はそろそろ蕾をつけるかという頃だ。寒かった二月も終わり、春の足音がそこまで迫っている。


 そんな中、土手にひとり座ってボーっと本を読んでいる女生徒に気が付く。

 私がオトせない――と予感しているうちのひとり、オタクの極み、ぼっちちゃん。


 いつもひとりで本を読んでいる彼女が自分のような貞操観念ぶっこわれ女子に靡く姿なんて想像ができない。きっと彼女の頭の中は理想の王子様でいっぱいで、現実の女がつけ入る隙なんてないんだろうな……なんて思っているから彼女は『ナシ扱い』だった。まぁ、そこまで興味があるわけじゃないし、オトすつもりなんて毛頭ないんだけれど……


「何読んでるの?」


 そこだけは。どうしても気になってしまった。

 私は好奇心に負けて、声をかけてしまったのだ。















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