第18話 友華と遭遇

「ううう、もっと戦いたかったです」


 巴は悔しさをにじませると、賑わいを見せる会場に目を向けていた。


 ギリギリで勝ち進んでいった巴だが、準決勝でとうとう負けてしまった。


 巴を破ったのは大人の女性で、何やら応援している人間も多かった。


 アウェイの空気が漂う中、やり辛さもあり呑まれてしまった巴は、どうにか持ち直そうと奮闘をするのだが、最初の501を取られてしまってからは相手のペースとなり、良いところもなくあっさりとストレート負けを喫してしまった。


「三回も勝ったんだから十分だぞ」


 悔しがる巴に、健二は慰めの言葉を投げかける。


「でもっ! 本当ならここで勝たなければならなかったんです!」


 健二から対戦相手は同レベルだと聞いていた巴。部内トーナメントで勝ちあがるには、今このレベルで負けている暇はなかった。


 勝利へのこだわりを見た健二は、トーナメントに参加させて良かったと心の底で思う。これまで巴に欠けていた部分を埋めることができたからだ。


「確かに勝った方が良かったのは確かだが、目的は果たしてる」


 巴は顔を上げると健二を見た。


「今回は自分を倒しに来る相手との真剣勝負を体験して欲しかったから」


 そしてそれは十分に巴の身になっている。


「後足りないのは……。相手の事情に影響を受ける部分かな?」


 見ていてわかるが巴は優しい少女なので、敵側の事情に影響を受けてしまう。


 一回戦の大学生のような相手であれば問題ないのだが、準決勝のように何かしらの事情を抱えている相手では力を発揮できない。


「そうは言われても、病気の弟さんのために大会に出場していたと聞かされるとどうしてもやり辛くて……」


 応援の声からそのような事情を知ってしまった巴は、明らかに調子を落としていた。


 落ち込む彼女を見て健二は、他にも巴が良くやった理由を話してやることにする。


「実は、今回エントリーしたのは今の御堂先輩のレーティングより上のランクだったんだよ」


「へっ?」


 ネタ晴らしをされた瞬間、巴は目を大きく見開くと、まじまじと健二を見る。


「嘘……? だって、相手は同レベルだって……」


 健二からそう聞いていたので、巴は混乱したまま彼の言葉の続きを待った。


「そう言ったら委縮するかと思ったから、黙って上のクラスにエントリーしたんだよ」


 ニヤリと笑ってネタ晴らしをする健二に、巴は自分が騙されていたことにようやく気が付いた。


「まさか、信じていた岡崎君に裏切られるなんて……」


 これまで、健二のいうことをすべて無条件で受け入れてきた巴にとって、知らず知らずのうちに格上の選手と対戦させられていた事実はショックが大きかった。


 予想以上の成果を得た健二は笑顔なのだが、巴は恨みがましい目で彼を見る。


 そんな巴の視線を受けた健二は、ことさら笑顔を強調すると、


「何せ、俺は御堂先輩のことを良く知っているらしいからな」


 先程、巴が口にした台詞をそっくりそのまま真似してやる。


「あっ!」


 口を開け、パクパクと動かす巴。そのような巴の顔をこれまで見たことがなかった健二は我慢の限界とばかりに噴き出してしまう。


「も、もうっ! 岡崎君っ!」


 顔を真っ赤にして健二を叩く巴。本気ではないので痛くはないのだが、じゃれ合っている内に巴も楽しくなり、二人揃って笑い始めた。


 しばらくして、二人が落ち着くと、巴は優し気な瞳を健二に向ける。


「何だよ?」


 急に居心地が悪くなった健二は、巴から目を逸らす。


 すると、彼女は手を後ろに回し健二の正面に回り込むと笑いかけた。


「岡崎君って、そんな風に笑うんだなーと思いまして」


 無意識の内に笑っていたことを思い出した健二は、自分の顔に手を当てると驚く。

 心の底から笑ったのはいつ以来だったか?


「うん、普段の岡崎君もクールで格好いいですけど、そういう岡崎君も良いと思います」


 巴は先程からかわれた分だけ意地悪をしようと、面白がって健二を褒める。


「あまりこっちを見るなよ」


 巴に指摘されて恥ずかしさがあったのか、健二は耳を赤くするとぶっきらぼうな態度を取る。


「いいじゃないですか。もっと岡崎君の顔を見せてください」


 二人がそんなやり取りをしていると……。


「誰かと思えば! 岡崎健二!」


 声がして振り返るとそこには……。


「白石……友華?」


 ダーツを持ち、ムッとした表情を浮かべた友華の姿があった。


『本当だ、岡崎だぞ』


 友華の声が大きかったからか、周囲の人間も次第に健二の存在に気付き始めた。


『あいつ、神奈川にいたんだ?』


『全然見かけないと思ったけど、ダーツ続けてたんだな?』


『今日のトーナメントに参加してたか?』


 このトーナメントは規模が大きいので、遠くからも人が集まってきている。


 中には健二の顔を知っている者もいるので、あっという間に情報が周り、注目の的となってしまった。


「白石さん……どうして?」


 巴は右手を胸に抱くと、眉根を歪め友華を見る。


「私は、今日ここのトーナメントがあったから参加したのよ。さっきクラス別で優勝したわ」


 まるで大したことないとばかりにそう告げた友華は、右手で髪を払うと巴を睨みつけた。

 初挑戦で勝ちあがることすら新鮮な巴にくらべて、友華はトーナメントで優勝することが当然なのだ。


 巴は少し嫌な気分になりながらも友華から目をそらさずにいた。


「そういう巴先輩こそ、まさかトーナメントに参加したって訳じゃないですよね?」


「わ、私は……その……」


 巴が何か言おうとすると、健二が手を握り止める。ここで巴の情報を漏らしたところで部内トーナメントで不利になるだけだ。


 健二が巴の手を握ったことで、ムッとする友華だったが、二人の関係については静香と誠一の会話で聞いていたので感情を鎮めた。


 周囲の視線が集まり、次第に友華の存在も認識されはじめる。


『白石までいるじゃないか』


『あの二人の対戦、熱かったよな』


『まさか、因縁の対決が見られるのか?』


 周囲の期待が高まり始め、二人の勝負を見たいとばかりに人が人を呼ぶ。

 周りをすっかりギャラリーに囲まれてしまうと、


「ちょうどいいわ。今日のトーナメント、対戦相手が物足りなかったの! あんた勝負しなさい!」


 友華は指を突きつけると、健二に勝負を申し込んだ。


「俺はもうダーツを辞めている。前にも言っただろ?」


 前にダーツ部でも話したことだ、二度言うつもりはないとばかりに健二は首を横に振る。


「……ダーツを辞めたわりに、巴先輩には付きっ切りで指導してるわけ?」


 友華は健二を険しい目で見ると問い詰める。


「どうして、それを?」


 このことを知っているのは静香だけのはず、健二は動揺すると友華を見た。


「別に、たまたま御堂部長と浜野副部長が話してるのが聞こえただけ」


 友華は敵意を込めた視線を巴に向ける。


「こんなトーナメントまで来て特訓したんでしょうけど、部内でも勝てなかった人がここで勝てるわけない。どうせ初戦で負けたんでしょ?」


 こそこそと動き回り、健二の時間を無駄に奪っていると考えた友華は、巴に辛辣な言葉を投げつける。


「おいっ! いい加減にしろっ!」


 自分のことならばまだいいが、真面目に取り組んでいる巴を悪く言う友華が許せなかった。


「俺のことはいくら言ってくれても構わない。御堂先輩のことを悪く言うのは止めろ」


 巴を庇い前に立つ健二。その瞬間、友華は過去に健二と対峙した時のことを思い出していた。


『お前の強気なダーツ好きだ俺。またやろうな』


 その約束を果たすつもりで待っていた全国大会で健二の姿はなかった……。


「あんたこそ何よっ! そんな初心者にダーツを教えて満足なわけ? あんたの胸に、ダーツに対する情熱は残っていないのっ!」


 今ではダーツを辞めて、初心者である巴のコーチに収まっている。そんな健二など見たくはなかった。


 友華の目に涙が浮かぶ。自分が知っている最強の敵はもういないのだという事実を突きつけられてしまったから……。


「友華ちゃん……止めなよ」


 騒ぎを駆け付けた舞依が、友華の肩を掴む。


「だって、ここまで言われてもダーツを取らないなんて、私のライバルは……岡崎健二は……そんなに……」


 ――弱くはない――


 実際に友華が言葉を発したかわからない。その場にいた全員、一番近くにいた舞依ですら聞き取れなかったのだから。


 だけど、健二にだけは友華の心の叫びが届いてしまった。


 彼との対戦に焦がれ、彼のダーツをひたすら待ち続けた。そんな友華の想いが嫌でもわかってしまう。


「岡崎……君?」


 健二が友華に近付くと、彼女は舞依の胸に埋めていた顔を上げ健二を見る。


「今回だけだ」


 健二はそんな彼女の想いに応えようと勝負を受けた。

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