第17話 ダーツトーナメント4

「はぁはぁはぁはぁ」


 両手を膝に乗せ息を切らせる巴。


 対戦相手の大学生は、このゲームに勝つだけではなく、巴のスタミナと気力まで奪いに来ていた。


 一方的にやり込めることで、実力以上の差を相手に突き付けることができる。今のゲームで形勢は完全に大学生に傾いていた。


(駄目そうかな? 最初は良かったんだが……)


 健二は巴の様子を見て声を掛けるべきか悩んだ。


 建て直すこともできず、後半は完全に相手に手玉に取られてしまったので、このままラストゲームに突入するとなると今の巴ではどれだけ戦うことができるのか心許ない。


 健二は巴の心が折れてしまったのではないかと危惧した。


 彼女は膝に手を当て俯いている。大事な休憩時間にもかかわらず水分補給すらしていない。


 余程今のゲームがショックだったのだろう。


(格上相手とはいえ、もう少し善戦して欲しかったんだが……)


 巴には嘘をついて格上のトーナメントにエントリーした健二だったが、流石にこの挑戦は早すぎたかと思い始める。


 これも一つの経験。真剣勝負をしたことで、巴の中の意識も切り替わり、明日からの練習での成長に期待できるだろう。


 健二がそんな風に考えていると……。


 顔を上げた巴は今まで見たことがないような表情を浮かべていた。


 真剣で、悔しそうで、思考を巡らせ、目の前のダーツボードに意識を集中している。


 まだ諦めておらず、どうやって目の前の選手を倒すか真剣に考えている顔だった。


「ははは」


 思わぬ誤算に、健二が笑う。


 これまで健二は、巴は心の優しい、どちらかというとおっとりした女性だと思っていた。


 だが、真剣勝負を前に、圧倒的不利を自覚しながらも、なお、勝利を掴み取ろうと執着する。


 それこそが、彼女にとってもっとも必要なことだった。


「これだけ大差を付けられたのに、まだやるのか。楽しみだぜ」


 大学生も、巴の目がまだ死んでいないことを察し笑みを浮かべる。


 競技にのめり込んでいる選手は負けず嫌いなことと同じくらい、向かってくる相手をねじ伏せるのが好きなのだ。


 互いに凌ぎを削り、最後の力を振り絞って戦い勝つ。それこそが脳をひりつかせ、新たな自分を開花させてくれる。


 巴と大学生は、互いのダーツから一切目を逸らさず最後の501に突入した。


 1ゲーム目と同じく、大学生がリードを奪うと、巴も集中力を高め、やり返す。


 互いの数字を上回らんとダーツを投げ、心を折るための仕掛けをうち、互角の勝負を続ける。


 最初は険しい顔をしていた二人だが、勝負が拮抗したままラストまで進むと、笑みを浮かべていた。


(ああ、こいつらは今本当にダーツを楽しんでいるんだな)


 そんな二人を健二は羨ましそうに見ていた。身体を揺らしリズムを取る。右手に力が入りそれぞれのダーツを穴が開くほど凝視する。


 それは思考は観戦者ではなく選手のそれで、今この瞬間、健二は誰よりもダーツのことを考えていた。


「「「「「わああああああああああああ」」」」」


 歓声とともに健二の集中力は無散した。


 最後に、巴がチャンスを手にし、数字を0にして勝利すると、拍手が沸き上がり、 熱戦を繰り広げた巴と大学生が笑顔で握手をした。


 離れた場所から巴が手を振っている。

 人生初のトーナメントで初勝利を納め、無邪気に笑っている。


 その瞳には接戦を勝ち取った確かな自信が宿っており、もはや巴は一人の選手と呼べる存在になっていた。


 そんな巴をみた健二は左手で胸を掴み心臓の鼓動を感じると、どうしようもなく湧き上がってくる衝動を抑えきれず、ダーツに対する熱意を抑えきれなくなっていた。






「勝ちましたよ! 岡崎君!」


 対戦を終え、戻ってきた巴は頬を紅潮させ興奮いしながら健二に勝利を報告した。


「ああ、見てたよ。よく頑張ったな」


 タオルとドリンクを渡し、巴を労う。


 劣勢から逆転してみせた彼女に、健二は最大限の賛辞を贈った。


「えっ?」


「どうした?」


 巴がキョトンとしているので気になった健二。


「あまりにも素直に褒めてくれたので……」


 対戦の興奮が冷めてきたのか、巴は右手で自分の髪を弄ると恥ずかしそうに目を逸らした。


「俺だって褒める時は褒める」


 それくらい、二人の勝負は拮抗していてどちらが勝ってもおかしくなかった。憮然とする健二に巴は……。


「でも、初勝利嬉しいです。最後の方は対戦相手が今まで以上の力を発揮してきたので、それにつられて私も調子を上げた感じなんですよね」


 興奮しながら、今の対戦で起きたことを語る巴に健二は頷く。


「ああ、俺もその感覚を知ってるよ」


 全中ダーツ選手権で自分と同等レベルの選手と当たった時、投げている内に相手によって自分が高められていく感覚があった。


 この体験を一度でも味わってしまえば、もはや二度と抜け出せなくなる。


 夢を見ていたかのような体験で、巴は今至福のひと時を過ごしている。


(かなり分の悪い賭けだったが、どうにかものにしてくれたようだな)


 途中、危うい場面もあったが、それを乗り越え勝利したことでまだ次の対戦がある。


 この接戦で、巴も自分のダーツに自信を持つことができたので、次からはもっと良い勝負ができるはずだ。


 ふと、健二は先程の対戦で言っておかなければならないことを思い出した。


「それより、さっきの試合だがクリケットが甘すぎる。せめて弱点は見破られないようにしろ!」


 褒められた後のお小言ということで、巴はバツが悪くなる。


「うっ……ごめんなさい」


 巴も、あそこが勝負の分かれ目だったことが解っているのか素直に頭を下げた。


「でも、岡崎君がにエントリーしてくれたので、どうにかいい勝負ができましたよ」


 この期に及んで、自分が格上と対戦させられたと気付いていない巴に、健二は目を逸らしてみせる。


「……い、いきなり格上とやらせても委縮しそうだったからな」


 健二は誤魔化すとそのような言葉を口にした。


「それはそうです。岡崎君は私のことをよくわかってくれていますよね」


 自分のことを良く知っていて配慮してくれたことに、巴は笑みを浮かべるのだが、知っているからこそ嘘をついて過酷なメンバーに放り込んだことに罪悪感を抱いた。


 そうこうしている間に、次の対戦が決まり、巴の番号が呼ばれた。


「ほら、次も油断せずに勝ってくるんだ」


 健二は巴の背中を押すと、次の対戦に送り出した。

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