第16話 ダーツトーナメント3
「ぷはっ! はぁはぁはぁ……」
(やれました! 岡崎君に教わったことが実践できています!)
ゲーム間の休憩で、巴はドリンクで喉を湿らせる。
緊張のせいか喉がからからになっており、真剣勝負で汗が流れ、身体が熱くなっていた。
(これが試合なんだ……)
火照った顔を冷ますようにドリンクを頬に押し当てる。
初めて体験するやるかやられるかの真剣勝負。
(皆、こんなプレッシャーの中投げてたんだ)
たった1ゲームですらこんなに大変だと言うのに、静香や誠一は毎試合このプレッシャーを跳ね除けて投げている。それがわかった巴は、初めて姉のダーツに近付くことができた気がした。
ふと、大学生を見ると、巴に競り負けたことで悔しそうな表情を浮かべていた。
目が合うと睨みつけてくる。その目はまだ諦めておらず、この後挽回するための作戦を考えているようだった。
その視線を受けた巴は背筋がゾクリとする。これまでこのような視線を向けられてきたことがなかったからだ。
学校でダーツ部員に投げるのとも違う、姉や誠一と投げるのも違う。
死闘の末にゲームを獲ったのは彼女にとって大きな経験となった。
(でも、この人は普段私が投げているよりランクが下の相手。そんな相手にギリギリというのは駄目かもしれない)
先日、健二が「部内トーナメントで勝つにはまだまだ実力が足りない」と評していたように、巴がレギュラーを勝ち取るためには、少なくともこんなところで負ける訳にはいかない。
「ちっ、可愛い子だと思ってたら、とんだダークホースだぜ。次は獲らせてもらうぜ」
2ゲーム目のクリケットが始まり、大学生はボードの前に立つ。
このクリケットというゲームは『20』『19』『18』『17』『16』『15』に3本ずつダーツを刺し、最後にBullに3本ダーツを刺してクローズすると勝利することができるゲームだ。
ダーツボードのBullから近いエリアの青枠内は3倍で遠いエリアの赤枠内は2倍、刺さった数字にかけられることになる。
いかに相手より早くすべての数字をクローズするかが勝負のカギとなるゲームで、やはり先行の方が有利となる。
1ゲーム目は巴が獲ったので、2ゲーム目の先行は大学生となる。
大学生は時計で言うと0時の位置にある20に2本のダーツを投げるとターンを終了した。
「まっ、こんなもんだろう」
満足げな表情を浮かべ戻ってくる大学生。このレーティング帯では、1ターンに2本か3本狙ったところに刺すことができるので、最低限の仕事をしたことになる。
大学生の視線を受け、巴はダーツボードの前に立つと目を閉じ集中力を高める。
(とにかく焦らないこと)
先程のゲームで学んだ、とにかく自分のペースを維持して実力通りに投げられるようにする。
目を開けた巴は、目標を20に設定してダーツを投げた。
「あっ!」
ところが、巴が投げた3本ダーツの内1本しか20に刺さらなかった。
「へへへ」
まずはリードとばかりに大学生は笑い声を出すが、すぐに気を引き締めると巴にちょっかいをかけるわけでもなくダーツを投げる。
侮った結果が先程の競り合いによる負けということを理解しているらしい。
次のターンで大学生が放ったダーツの内1本が20のダブルのゾーンに刺さった。
ダーツが3本入った場合、その数字はクローズされる。だが4本目は無駄になるかというとそのようなことはない。
同じ数字にダーツを3本入れており、かつ、相手がその数字をクローズしていない場合、4本目を刺すと、その数字の分、自分のスコアが加算されることになる。
「くっ……」
大学生の名前の下に20という数字が加算される。
数字が加算されている状態では、すべての数字をクローズしても勝利条件を満たせないので、まずは逆転してから他の数字をクローズしなければならない。
「こうなったら19を取るしか……」
後手に回ったことを意識した巴は、時計で7時の位置にある19を狙いにいった。
健二との特訓でダーツのレベル自体は上がっている巴だったが、それでもすべてが底上げされているわけではない。
20から19という全然別な場所に狙いを切り替えたせいか、コントロールしきれず1本しか刺すことができなかった。
「なんだよ、余裕じゃねえか」
大学生にかかるプレッシャーが緩み、彼は19にダーツを投げる。
2本投げたところで1本しか刺さらず、巴がホッとしていると……。
「仕方ねえ」
最後の1本を20に投げ、自分のスコアをさらに20加算してやった。
「っ!?」
(冷静だな。良い投げ方だ)
健二は大学生の投げ方をそう分析する。
初心者の選手であれば、そのまま19狙いに固執してしまいがちだが、それなりに慣れている選手は対戦相手が一番やって欲しくない手を打つ。
3本目で19をクローズする可能性はあったが、それよりスコアを加算しておいた方が目に見えてダメージが入る。
先を見据えた駆け引きこそがダーツの醍醐味だ。
(これを学んで欲しくてトーナメントにエントリーしたんだが……どうだ?)
劣勢に立たされ、唇を噛みしめた巴は考えるが、時間制限になってしまいダーツを投げる。
次のターンで19に2本入れクローズするが、肝心のスコアは積み上がったままなので差を縮められずにいた。
大学生のターンになり、あっさり19をクローズされてしまう。
巴にできるのは反撃のチャンスを覗いつつ、耐えるだけだった。
ダーツボードの前に立ち、巴は前傾姿勢から5時の位置にある17を狙いに行く。
(それは、悪手だぞ!)
そんな巴の行動に、健二は心の中で叫んだ。
どうにか2本入れたところで、ダーツを回収し巴は戻るのだが……。
「さては、18が苦手だな?」
「えっ?」
大学生の指摘に思わず声が漏れてしまう。
事実、巴は18の数字が苦手で、ここだけは3本投げて1本入ればよいくらいに確率が下がってしまう。
右上にある18の数字は真っすぐ投げればよい20と違い、斜めを意識しなければならない。
巴は力が足りていないので、投げる際はおお振りになるから指先がブレてしまい、狙いが定まらないのだ。
「なら、ここを押えたら俺に負けはないってことだな」
大学生は巴の弱点を見抜くと、徹底して18を狙い始めた。
健二の見立てでは、巴が実力を発揮すればクリケットでも大学生と五分に渡り合えるはずだったのだが、弱点を突かれたことで展開が苦しくなり、巴は勝ち目を奪われていく。
残された17を狙い反撃を試みるが、大きな数字を抑えられているアドバンテージ利用してスコアに差を付けられた。
(こうして狙われるから、自分の弱点を避けるのではなく、強気で狙っていくべきだったんだが……)
健二は巴の失敗について眉根を寄せる。
セオリーを無視したほころびを、有力選手は見逃してくれない。
「くっ!」
巴が苦しそうな声を上げるが、今の健二は見守ることしかできなかった。
スコアで上回られた上、執拗に責め立てられる巴。結局、20ターンをフルに使われた末にゲームを落としてしまった。
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