第15話 ダーツトーナメント2

 巴の先行と言うことでゲームが開始した。


 ダーツ競技で使われるゲームはゼロワンとクリケットとなる。


 ゼロワンとは301、501、701、1101、1501の数字から始まりダーツを投げて数字を減らしていくゲームで全部で20ターンまで投げることができる。


 大会のレベルに応じて数字が変わるのだが、巴が参加しているトーナメントでは501を投げることになる。


 巴は深呼吸をするとダーツマシンの前に立ち、ラインに足をかける。

 先程のセンターコークで先行を勝ち取ったので先に投げるからだ。


 真剣試合ともなると最初の1投はかなり大事だ。これが刺さる場所次第で今後好投できるかどうかが決まり、悪ければ崩れていってしまう。


 そんなわけで、巴は緊張に胸を高ぶらせると中々投げることができない。


 大学生も、観戦する者もこの時ばかりは一切音を立てずに彼女を見守っている。


 些細な音が集中力を奪うことを知っているので、互いにフェアなプレイを心掛けるためには当然の行いだ。


 ダーツマシンの上のモニターには、巴と大学生の名前の下にそれぞれ501という数字が並んでいる。


 先に数字を0まで減らした方がこのゲームを獲ることになるのだが、大学生は地力は自分の方が上だと巴を侮っており、余裕の表情を浮かべている。


 周囲の観戦者も、明らかに場慣れしている大学生が有利の気配を感じ取っており、緊張気味の巴を内心で応援していた。


「行きます!」


 いつまでも固まっているわけにはいかない。全方位から感じるプレッシャーを跳ね除けた巴は、ダーツを投げた。


 リズムよくダーツが刺さる音がする。


 巴が投げたダーツはBullに1本とその周囲に2本刺さり、モニターの巴の数字が減少する。

 このレーティング帯でBull1本ならばまずまずといった出だした。


(取り敢えず、力んではいないようだな)


 初参加のトーナメントの最初ゲームということもあり、調子が崩れるのではないかと心配していた健二だが、巴の様子を見る限りいつも通りに投げれている。


 このままいけば、それなりに力を発揮することができるだろう。


 そんな風に健二が考えている間に大学生が投げた。


「よっしゃ! 見たかっ!」


 ダーツを投げ終えた大学生はガッツポーズをすると自分の有利を巴にアピールしてみせる。


 ダーツボードにはBullに2本、その周りに1本のダーツが刺さっていた。


 1ターン目が終わり巴の顔に動揺が走る。先行を取ったとはいえ、その差はBull1本ちょっとでひっくり返る程度でしかない。


 相手の方が多くBullに入れ続ければ、数ターン内に逆転されてしまうだろう。


 琥珀の瞳が揺れ焦りが浮かび、それが大学生にも伝わってしまう。


「おいおい、いきなり手が震えているけど大丈夫かよ?」


 大学生はここで崩せると考えたのか、早速盤外戦術を取ってきた。


 自分を上回るダーツを投げた後にこれをやられると精神的にかなり追い詰められる。


 巴の心は揺れ、大学生にペースを握られそうになるのだが……。


『相手のペースには嵌らないことだ』


 脳裏に声が響いた。健二から事前にもらっていたアドバイスのお蔭で、巴は一瞬で落ち着きを取り戻した。


(こういう時はまず深呼吸をする)


 動揺したらひとまずダーツをテーブルに置き深呼吸。律儀に健二の教えを守る巴。その行動のお蔭で冷静さを取り戻す。


 大学生が盤外戦術を仕掛けてくるのなら、それを無視してやればいい。

 そうすれば、自分のペースを維持することもでき、相手に無駄な行動を取らせることで集中力を奪うこともできる。


『それができたら、自分のダーツに向き合うんだ』


 落ち着くと、健二のアドバイスが次から次に浮かび上がってくる。


 まるでそうなるのを知っていたかのような的確な声に、巴は健二に守られていることを感じると、胸の奥が熱くなってきた。


(相手が強気なダーツを決めてきたら、こっちは……)


 琥珀の瞳に力を入れ、意志をダーツに乗せ投げる。


「はぁはぁはぁはぁ」


 呼吸をするのすら忘れる程集中して投げた巴は、自分が投げたダーツがどこに刺さったのか確認をする。


 投げたダーツのうち、2本がBullに刺さり、1本は惜しくもBullから外れた数字に刺さっていた。


「そっちが沢山Bullに入れてくるなら、こっちはそれ以上に入れるだけです!」


 攻めが成功したときこそ相手に逆にプレッシャーをかける。


 健二の教えを信じ、忠実に実行する巴。気弱だと思われていた彼女の思わぬ反撃に、その場にいた者たちは彼女の評価を改める。


「何!?」


 簡単に心を折れると思っていた巴の宣言に、大学生の表情が変化する。

 ちょっかいをかけるような軽薄な目から、倒すべき相手を見るような目へと……、


「生意気な。可愛い子だから侮っていたが、ここからは本気でやらせてもらうぜ」


 ようやく、大学生は巴を1人の選手と認めると集中し、ダーツを投げ始めた。


 互いに確実にBullにダーツを投げ込み、接戦を繰り広げる。


 どちらも1ターンに1本もBullに入らないということはなく、巴も大学生も相手のダーツに呼応するかのように益々狙いを鋭くしていく。


 真剣に相手を倒しに行くダーツというのは、練習で投げる1本に比べて重みが全然違う。


「はぁはぁはぁはぁ」


 これまで、巴は真剣に自分を倒しに来るダーツというものを知らなかった。


 ダーツ部内では初心者レベルで勝負などしてもらえなかったし、姉の静香や誠一も真剣に投げてくれることがなかった。


(心臓が鳴りやまない……く……苦しい)


 相手から受けるプレッシャーで呼吸が乱れ、一挙一動に心臓が跳ね上がる。


(相手から感じるプレッシャーで……押しつぶされそう)


 呼吸を忘れるような集中力、相手から感じる熱量、観戦する者の視線、すべてを制御し、最終的に自分が勝つために組み立てなければならない。


「はぁはぁはぁはぁ……くそっ……しぶとい」


 気が付けば、大学生も息を切らせていた。


 少しでも気を抜いた方が負ける、それがわかっているから相手の一挙一投から目が離せない。


(熱い試合だな……)


 そんな二人の衝突を健二は唇を噛み見ている。


 互角のまま最終局面まで進んだ最初のゲームで勝利を手にしたのは……。


「やりました!」


 先に数字を0にした巴だった。


 最後に残した数字を1本のダーツで削りきり、先行のリードを守り切った。

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