第14話 ダーツトーナメント

 ローラースケートで遊び、昼食を摂り、その後様々な施設を二人で遊び歩いた健二と巴だが、夕方になるとダーツフロアに戻ってきた。


 本来の目的は施設を遊び回ることではなく、トーナメントに参加することだったからだ。


 ここからが本番で、午前に訪れた時とは違い、多くの参加者がフロアに集まっている。


 その誰もが自信に満ち溢れた顔をしており、トーナメント開始までの間、ダーツを投げては練習をしていた。


「ううう、強そうです……」


 そんな参加者を見て、巴は気後れしたのか腕を抱いて緊張した表情を浮かべている。早速委縮してしまっている様子に、これだけでも彼女をここに連れてきて良かったと健二は考える。


「確かに、強い選手もいるだろうが、今回、御堂先輩がエントリーしてるのは今の先輩とのプレイヤーが集まるグループだから大丈夫だ」


 あまり硬くなられても困るので、健二は彼女の緊張を解そうと安心させる材料を与える。


「こういうトーナメントではレーティングを申告することで、同じ強さの相手と勝負できるようになってるからな」


 健二が捕捉すると、巴の表情がやわらいだ。


「そ、そうなんですね……良かった」


 それなら何とかできるかも。と巴が呟くので、健二はさらに言葉を続ける。


「まあ、大半は御堂先輩よりも弱い選手なはずだけど、油断することなく本番だと思って楽しんだらいいんじゃないか?」


 健二の言葉で随分と前向きになった巴は「うん。わかった」と拳を握り可愛らしい仕草をとった。


 巴の状態が緊張から挑戦へと切り替わり、そんな彼女を見ていると……。


「それに……岡崎君も見ていてくれますから、安心ですし」


 巴はここ一番の安心しきった表情で健二を見る。先程のローラースケートの件から、一層巴は健二に親しみを向けるようになった。


 たとえ周りが敵だらけでも、健二さえ傍にいてくれれば最大のパフォーマンスを発揮できる。そんな信頼が窺える。


「まあ、試合を動画に撮らなきゃいけないからいるけど、あまり俺に頼るのはよした方がいい」


 少し緊張を解きすぎたと感じ釘を刺す。


 後程、反省会をしなければならないので試合は映像を録るため巴の傍にいるつもりだが、勝負をするのは巴自身なのだ。


「真剣な勝負だから楽しいだけじゃないが、トーナメントを最後まで勝ち上がるのは一番ダーツを楽しんだ者だからな」


 代わりにトーナメントに対する意気込みをアドバイスすると、


「はい、ダーツを楽しんできますね」


 巴は身体を震わせると、他のプレイヤーを真剣な表情で見るのだった。





 それぞれの選手のエントリーが確認されると、レーティングごとに会場が仕切られる。


 巴が現在いる会場は、レーティング7の選手が集うトーナメント会場だ。


 ダーツの強さを示すレーティングは1~18まであり、6~8までが中級者のクラスとなる。


 このあたりのレベルから、狙ったところにダーツを投げられるようになるので、戦略性が増し、ダーツの観戦が楽しくなる。


 中級クラスということもあり、全体のダーツ人口の中でもそれなりの人数がいるので、32名ごとで区切られトーナメントが行われており、巴はそのうちの一ブロックに振り分けられていた。


「それにしても、皆さん初心者とは思えない佇まいですね?」


 健二から「相手は初心者を抜けたばかりのクラスだから大丈夫」と言われた言葉を信じた巴は、周囲を見ながら首をかしげていた。


 複数のダーツを所持し、専用の道具を取り揃えて扱っている様は、明らかに初心者では見られない光景だ。

 練習で投げるダーツも力強く自信に溢れており、一見すると強そうに見える。


「ほら、そろそろ呼ばれるころだから、集中してくれ」


 そんな巴の言葉を流すと、間もなく巴の番号が呼ばれたので健二は彼女の背中を押すと戦いの場へと向かわせた。


「じゃあ、行ってきますね」


 自分がどのレベルのトーナメントに潜り込まされてるのか知らずに、巴はダーツマシンの前まで向かう。すると対戦相手が待っていた。


「よろしく」

「お、お願いします」


 先にダーツマシンの前にいたのは大学生の男で、明らかに緊張している巴と違い気楽な様子をみせている。


「君みたいな可愛い子と対戦できるなんてラッキーだな」


 巴はすれ違う人が思わず振り返ってしまう程の美少女である。会場に到着した時から、その容姿のせいで注目を集めていた。


 そんな彼女が中級クラスにいたということで、対戦相手の大学生は鼻の下を伸ばしていた。


「えっと……?」


 どうリアクションを取ればよいのかわからず、巴は戸惑いを覚える。

 大学生の視線が顔や胸やらに向いているのだが、彼女は何故じろじろ見られているのか首を傾げており、危機感がない様子。


 ふと、どうすればよいかと思い、観戦している健二の方を向くのだが、健二はスマホを構えると険しい目をしていた。


(そうです。ここで岡崎君を頼っては駄目なんです)


 自分は今、ダーツの実戦経験を積むためにここに来ている。

 これまで健二が練習に付き合ってくれたのは、部内トーナメントに勝ち、レギュラーの座を勝ち取るため。


「センターコーク、先にいいですか?」


 巴は相手に呑まれまいと、大学生に話し掛ける。


「ああ、レディーファーストだからな。譲るよ」


 大学生は余裕の表情を浮かべると、巴に先手を譲る。

 センターコークと言うのは、ゲームをする際、どちらが先に投げるかを決める方法だ。


 互いにダーツボードに1本投げ、より真ん中に近い場所に刺さった方が先行となる。


 基本的にダーツは先手が有利なので、最初の1本はとても重要なものとなる。

 巴の投げたダーツはギリギリBullの範囲に入る。


 このレーティング帯の選手を相手にする場合、あまり良い位置とは言えないが、真ん中を捕らえているのでそこまで悪いわけでもない。


 続いて大学生が投げるのだが、


「うわちっ!」


 ダーツはBullの外に刺さり、大学生は額に手を当て、オーバーリアクションを取った。


「やりました!」


 無事先手を確保した巴は、喜びを表に出す。


「ちょ、ちょっとだけ指にかかっちまったかな?」


 大学生は右手首をスナップさせると、自分の動きを修正させる。


「だけど、まぐれはそう何度も続かないって教えてやるよ」


 大学生は巴にそういうと、獲物を狙う目で彼女を見るのだった。

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