第13話 ローラースケート
巴と健二はダーツフロアを出て周辺の施設を見て回っている。
流石はスポーツができる大型施設ということで、身軽な格好をしている者が多く、施設内案内図の前には人だかりができていた。
通路を歩きながらも、巴はとても楽しそうにスポーツをする人々を見るのだが、そんな彼女とは真逆で健二は特に興味なそうな表情を浮かべている。
「岡崎君、何かやりたいスポーツはありますか?」
巴は振り向くと、柔らかな笑みを浮かべ首を傾げた。
「俺は……スポーツはやらないから」
健二は右腕を掴むとできる限り平静を装いそう告げる。
「そうなんですか? 運動神経良さそうなのに……?」
見るからに体格が良く、鍛えている健二を見て巴は口元に手を当て疑問を浮かべる。
「……そういう御堂先輩は、何をしたいんだ?」
健二はそんな巴を見て溜息を吐くと、彼女がどうしたいのか聞いてみた。
「私がやりたいのはあれです」
すると、よくぞ聞いてくれましたとばかりに巴はとある施設を指差す。そこでは親子や男女が気持ちよさそうにリンクの上を滑り楽しそうにしていた。
「ローラースケート?」
その意外な選択に健二は思わず確認をしてしまう。巴が選ぶからにはもっと大人しいスポーツを考えていたからだ。
「はい、子供のころに少しやったことがあるのですが、楽しかった記憶がありますから」
なんでも、子どものころにこの施設を訪れ、家族で回ったことがあるのだとか……。
その時にやったローラースケートが楽しかったので、ここにくるならやりたいと思っていたのだと、巴は恥ずかしそうに告げた。
「良かったら、一緒に滑ってもらえませんか?」
巴は断られることをおそれると、おずおずと健二に向かい手を伸ばす。
先程までの、スポーツに興味がないという態度から駄目元で聞いてみたのだが、
「まあ……別に構わないが」
「えっ?」
健二の返答に巴は顔を上げると彼を見る。
「それじゃ、早速行こうぜ」
意外と乗り気な様子で、健二は巴を促すと2人で入場口へと向かった。
そこで入場料を払い、貸し靴をレンタルし、ロッカールームで準備をしていると……。
「岡崎君って足のサイズ28㎝もあるんですね! 大きいなー」
靴のサイズを知った巴が話し掛けてきた。
「いや、別にこのくらい普通だから……」
普通の高校生よりはいくぶん大きいが、別にたいしたことではない。
巴の感心したような目が気になる健二だが、とっとと靴を履き替えた。
二人は荷物をロッカーに預けると、身軽になりスケートリンクに立つ。
「わわっ! 思ってるよりバランスが取り辛いかも」
子どものころと違い、上手く立つことができない巴はふらつくと手すりを掴む。
慎重や体重が変わっているせいか不安定になっていた。
「思ってるよりもバランスはとりやすいか?」
そんな中、健二はまったく逆の感想を口にした。
手すりを頼ることなく、普通にリンクに立つと、危なげなく滑って見せる。
「もしかして、岡崎君って初めてじゃないんですか?」
そんな動きを見ていた巴は、健二が経験者だと勘違いをした。
「いや、初めてだけど?」
「その割には、随分と慣れてる気がします……」
「こんなのは、ダーツで重心を意識するのと同じだから、バランス感覚があれば苦にならない」
日頃から鍛えている健二にしてみれば、身体の動かし方の応用のようなものだ。
スムーズに前に進む健二を見た巴は、置いて行かれまいと手すりを離し、滑り始めた。
「わわぁ!」
思っていたよりも前に進み、健二に抱き着くようにぶつかる。ポスッと音を立てて鼻から突っ込んでしまい痛そうにしている。
健二はそんな彼女の腰に手を回すと支えてやる。
「ごめんなさい……いたた……」
涙目で謝りながらも鼻を抑える巴。
「大丈夫か?」
健二は真剣な表情で巴を覗き込むのだが、巴は健二の腕に支えられていることを意識するとほんのりと顔を赤くした。
「へ、平気です。ありがとうございます」
一旦離れようとして巴は健二の胸を押す。
「わっ!」
ところが前に倒れそうになり、慌てて健二の服を掴んでしまった。
「ごめなさい。慣れるまでこのままでいてもらうことはできますか?」
上目遣いで見つめてくる巴に、健二は仕方ないと溜息を吐くと好きにするようにいった。
「まあ、別にいいけど……」
周囲で滑っている人間が時折振り返っては巴と健二を見ている。
ある者は微笑ましいカップルを見るようで、ある者は嫉妬混じりの目で。
ほとんどの者が巴の容姿と完璧なプロポーションに視線を吸い寄せられているのだが、そんな彼女と密着している健二は気まずい思いをしていた。
巴が離れてくれないせいで、彼女の柔らかい部分が自分の身体に当たっている。
そのせいで周囲からは棘のような視線を向けられているので、どうにかしなければならない。
健二は状況を打開しようと思い、巴に滑り方を指導することにした。
「まずは姿勢を安定させるんだ。足を開いて、重心を意識すればバランスを保ち立つことができるようになる」
身体を横にずらして、さりげなく距離を取った健二は、ダーツの時のように巴に指導を行う。
そのことで、意識が切り替わった巴も、真剣な表情でアドバイスを聞くと、早速行動に移した。
「こ……こう?」
健二の手を握りながら、足を広げ立とうとする。生まれたての子鹿よろしく足をプルプルさせる巴に苦笑いを浮かべながら、彼女の両手を握り立たせる。
身体を起こすことで、二人の距離は近付き巴は益々健二に密着した。
「あっ、バランスとれてきたかもしれません」
巴は嬉しそうな笑みを浮かべ一人で立っている。
「取り敢えず、進んでみてくれ」
健二がそう促すと、巴はフラフラしながらも自力で滑り始めた。
「うん、その調子だ」
そんな巴に健二はエールを贈ると自分もローラースケートを滑らせ彼女の横に並んだ。
「本当です、岡崎君の言う通りにしたら滑れましたよ」
顔を動かすのが怖いのか、正面を見ながら巴は嬉しそうにしている。
そんな巴の姿に一瞬、顔を綻ばせた健二だが、これもダーツの糧にすべきと考えると一言付け加える。
「このバランス感覚はダーツでも生かせるから、出来る限り意識するんだ!」
「はい!」
先程言った、他のスポーツで得た経験はダーツに生かせるという言葉通りだ。
健二の言葉に巴は頷くと、出来る限り学習しようとローラースケートを滑らせるのだった。
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