第12話 これはデートですか?

「巴、もう出る時間じゃないの?」


 時計を見ると待ち合わせの時刻が近付いてきている。記憶が正しければ駅前での待ち合わせと聞いているので静香は声を掛けた。


「も、もうちょっとだけ!」


 洗面所から巴の慌てた声が聞こえる。

 髪を気にしたり、服に皺が寄っていないか鏡を見てチェックをしている。


「岡崎君を待たせたら怖いわよ?」


 そんな巴を微笑ましく思いながらも、静香は妹をからかってみた。


「岡崎君はいい子だよ!」


 ところが、慌てているにも関わらず、巴はむっとした表情を浮かべると律儀に反論をする。


 見た目が怖く誤解されがちだが、食事をする時の緩んだ表情や、巴の他愛のない話を微かに笑いながら聞いてくれることを強調する。


 どうやら二人の関係は思いの他上手くいっているようだ。


「わかったから、せっかくおめかししてるんだから、遅刻する前に出掛けなさい」


 静香は苦笑いをすると時計を見せ、待ち合わせ時刻が迫っていることを思い出させた。


「それじゃあ、行ってきます」


 嬉しそうな顔をして巴が出て行く。新学期が始まってから部内での立場も微妙で、何かに憑りつかれたようにダーツに執着していた。


 それが、健二にダーツを教えてもらうようになってからは、笑顔も増え、食卓でダーツのことや健二のことをよく話すようになった。


 健二とのメッセージでのやり取りで、巴の現在のダーツのレベルについては認識している。


 今後の方向性についても、あらかじめ話を聞いていた。


 楽しそうな様子で出て行く妹と、不器用な後輩の男の子を頭に思い浮かべた静香は……。


「二人とも、頑張りなさい」


 どうかあの二人が笑顔のままでいられるようにと祈るのだった。






「うわぁ、人が一杯ですねー」


 巴は感動した声を出すと、列に並ぶ人々を見回した。


 ここは巴たちの住む地元の駅から電車で五駅離れた場所で、大型商業施設などが多く存在している。


 巴と健二は現在、その中にある大型娯楽施設の一つに来ていた。


 この施設内には、様々なスポーツをするためのコートが常設されており、フットサルやバレーにバスケ、卓球にテニスなど、身体を動かす目的の人々が多く訪れていた。


「御堂先輩、遊びに来たんじゃないぞ」


 珍しく高いテンションで落ち着きない様子を見せる巴に、健二は忠告をした。


「う、うん。わかってるんですけど、楽しそうだなと思いまして……」


 健二と巴がここにきた目的は、本日ここで行われるダーツトーナメントに参加するためだ。

 巴に足りないのは実戦経験なのだが、部活でのメンバーに手の内を曝したくはない。

 そうなると、部外でとなるのだが、そうそう都合の良い相手というのは見つからない。


 その点、この規模のトーナメントであれば多数の参加者が集まるので、巴が手っ取り早く実戦経験を積むのに最適だった。


「一回の真剣勝負は数ヶ月の練習に勝ることもある」


 限界ギリギリの勝負の中で殻を破る選手というのは少なくなく、事実健二も選手権でそれまで越えられなかった壁を超えたこともある。


「同じ相手とばかりゲームをすると、相手の苦手も得意もわかってくるだろ?」


 健二の言葉に巴は思い当たる節があるのか頷く。


 もう一つこのトーナメントを選んだ理由として、慣れた相手との対戦では得られない、駆け引きを得て欲しいというのがあった。


「私なんて得意な数字がバレてるから直ぐに攻められちゃいます」


「トーナメントでは対戦相手の情報がないことがほとんどだ。だから普段よりも投げ方を考える必要がある」


 相手の得意な数字と苦手な数字を、投げている間に見破り、好きにダーツを投げさせないようにする。


 こればかりは肌で感じ、相手の嫌がるポイントに投げ込むコントロールと、実践する度胸などが必要になる。


「それに、ここなら同レベルの人間と対戦ができるからな、御堂先輩のレーティングに合わせたランクにエントリーしてるんで、いい練習になる」


 巴に必要なのは接戦による経験だ。

 練習試合では格上が相手の場合、あらかじめハンデをもらうことになるので、地力が身につかないし、格下が相手でも気が緩んでしまいがちだ。


 何より、ハンデというのはある時点で勝っても負けても悔しくないので、どうしても勝負に対する執着を生み辛い。


「が、頑張ります……」


 健二の言葉に、巴は両手を胸の前でグッと握ると決意をしてみせた。

 モチベーションは十分。後は、顔も知らぬ強敵に巴をぶつけるだけ。


「さあ、行くぞ!」


 巴を連れてダーツフロア入りした健二だが……。


「ダーツのトーナメントは夕方からになります」


 まだ開催前だと告げられその場に立ち尽くした。






「えっと、どうしましょう?」


 ダーツフロアを出ると、巴は健二に話し掛けた。先程から呆然としているので、このあとのことを考えそわそわしていた。


「まさか、時間が違うって……嘘だろ?」


 そんな巴の様子が目に入らないのか、健二はポツリと呟く。


 今回のトーナメントの開催情報を持ってきたのは静香で、エントリーも彼女に頼んである。


 健二はどういうつもりなのかという内容のメッセージを静香へと送る。


『妹が楽しみにしていたから、エスコートしてあげてちょうだい』


 すると、静香から時間まで巴と遊ぶように返事がきた。


「あの人は……」


 どこまでも捉えどころのない静香の存在に、健二は自分も間違った時間を知らさせていたのだと巴に告げる。


 静香の奔放ぶりを知っている巴ならば苦笑いを浮かべて「仕方ないですよ」と言うのかと思ったが、


「岡崎君、お姉ちゃんとやり取りしてたんですね?」


 巴は琥珀の瞳を大きく見開くと初耳とばかりに驚いて見せた。


「そりゃ、まあ。俺がダーツを教える代わりに勉強を教えてもらう取引もあったし、話が出た時に連絡先は交換したけど……」


 巴のダーツの上達具合に関するやり取りをするくらいで、他に特に連絡することもない。


 ところが、巴は珍しく不満げな表情を浮かべスマホを取り出すと、健二の前に突き付けた。


「私も、岡崎君の連絡先を知っておいた方がいいと思います」


 巴は真剣な表情を浮かべると互いの連絡先を交換した方がよいと告げる。


「別に、これまでも不自由しなかったんだから、要らなくないか?」


 元々、メッセージに対して返事をするのが面倒と考えている健二。なんなら電話の方が早いとすら思っている。


 静香とは必要だからこそやり取りをしているが、親友の二人とのグループでは「了解」「無理」など最低限の受け答えしかしていない。


「でも、連絡先を知っていれば、ダーツで知りたいことがあれば教えてもらえるじゃないですか?」


 珍しく食い下がる巴に、健二は巴がダーツに真面目なことに疑問の余地がないので頷くと、


「まあ、そこまで言うなら……」


 自分のスマホを取り出し、連絡先を交換する。


 しばらくの間、自分のスマホの画面を見て機嫌良さそうに笑う巴。健二が見ていることに気付くと、画面を閉じた。


「考えて見れば、もっと早く交換しておけばよかったです」


 家での勉強会や、今日の待ち合わせなど、不測の事態で連絡が必要になる可能性もあった。


 現代での待ち合わせにスマホなどのツールは必須となっている。これまで互いに言い出さなかったのが不思議なくらいだ。


「それで、時間が空いたわけだが、どうするか?」


 連絡先の交換が片付いたので、トーナメントまでどうやって時間を潰すか巴に聞く。


「じ、実は私……」


「空いてる時間で、素振りを千回とか?」


 巴が何か言おうとしているタイミングで、健二は思い付きを口にした。


「え、えっと……せっかく時間があるなら、少し施設内を見て回りたいなって……」


 巴はおそるおそる右手を上げると健二に自分の意見を言う。

 今回の目的は先程健二が言ったように、巴の実戦経験を積むこと。


 巴がレギュラーを取るためには遊んでいる時間などないというのが共通認識なので、真剣な健二に向けてこれをいうのは良くないと巴も思っていた。


 場合によっては呆れられたり、怒られたりするのかと思っていた巴だが……。


「いいんじゃないか?」


 静香から巴を宜しくと頼まれている健二は、特に気にすることなく巴の提案を受け入れた。


「い、いいんですか?」


 まさか了承をもらえるとは思わず、巴は健二を見ると聞き返す。


「確かに、練習した方がいいだろうけど、がむしゃらにやるだけじゃ上達はしないからな」


 健二に教わるようになるまで、巴は無我夢中で練習をしていたのだが、一向に上達することはなかった。


 時間をかけた方が上達するのは間違いないが、やりたいことをして、その中で学ぶのもまた間違ってはいない。


「それに、一見無関係に思えるスポーツとかでも、ダーツに生かせることがあったりするんだよ」


 他のスポーツでの身体の動かし方だったり、メンタルを安定させる方法だったり、ダーツだけをやっていても中々身につかないこともある。


 健二のものわかりの良い発言に、巴は琥珀の瞳を潤ませ、頬を赤く染めると頷くのだが、次の瞬間表情を一変させる。


「トーナメントは夕方からだから、結構時間あるみたいだし、御堂先輩は好きなところで遊んできていいぞ」


「えっ?」


 続いて健二から飛び出した言葉に巴は口を開き固まる。


「俺は……特にスポーツには興味がないから……」


 巴に見つめられた健二は、遊ぶ気がないことをアピールするのだが……。


「岡崎君も一緒に行きましょうよ!」


 巴は健二に詰め寄る。


「い……いや、俺なんかと一緒だと楽しくないと思うぞ」


「そんなことないです!」


 興奮した巴の身体が健二に触れ、勢いに圧された健二は後ろに下がる。


「わかったから、少し離れてくれ」


「えっ?」


 指摘され、いつのまにか身体が密着していることに気付くと、巴は飛びのいた。


「ご、ごめんなさい」


「べ、別に……」


 二人揃って顔を赤らめ、周囲の人間は怪訝な目で二人を見る。


「と、取り敢えず……行きましょう」


 巴がそう言うと、健二は彼女について歩くのだった。

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