第9話 御堂家訪問

 健二の家から自転車を五分程漕ぐと目的の家に到着した。


 駅から離れた閑静な住宅街。一軒家が並んでおり、この近辺に住居を構える人間が比較的裕福な証拠だ。


「はぁ、着いちまったな……」


 健二がスマホの時計を確認すると、約束の時刻までまだ30分もあった。

 遅刻しないように早めに家を出たのだが気が急いていたようだ。


 本日、健二は連休前のテストの勉強を巴とすることになっているのだが、外だと教材の持ち出しなど色々大変ということで御堂家でやることになった。


 以前、静香とスーパーで会ったことから、互いの家がそれ程遠くないと踏んでいたので了承した健二だが……。


(土産でも買ってくるべきか?)


 まだ時間があるので土産を用意してきた方が良いのではないかと考える。


 周囲からは顔が怖く言葉遣いも荒いため気遣いができないように思われている健二だが、子供のころからダーツ界で大人と接することも多く、その辺の礼儀に関しては身についている。


 休日ということもあり、巴の両親が家にいるかもしれない。

 お邪魔するからには何か手渡す物があった方がよい。

 そんなことを考えていると、ドアが開き誰かが出てきた。


「あら、どうしたの? そんなところに立っているなんて?」


 出てきたのは静香だった。

 休日ということで制服姿ではなく、お洒落な格好をしている。


 オフショルダーのブラウスにスカート。肩にはポシェットを身に着けている。

 学校の時とは違う化粧を施しており、普段よりも大人びた印象を与える。

 

 静香の様子を見た健二は、デートなのだろうかと見当をつけた。


 学内における静香と巴の評判は流石に健二にも伝わってきており、周囲にも彼女たちのファンは多数存在している。


 あれだけモテるのだから恋人の1人くらいいても不思議ではない。

 そんなことを健二が考えていると、静香が近付いてきた。


「チャイムを鳴らさなかったの?」


 階段の段差のせいか、正面から視線が合い静香は健二を見つめる。


「いや、まだ約束の時間じゃないんで……」


 そんな彼女に、健二は家の前に立っていた理由を告げた。


「そんな気配りもできるなんて、偉いわね」


 静香はクスリと笑うと健二を褒める。まるで弟に接するような気安い態度に健二は首を傾げる。


 自分と静香は接した回数が少なく、そのような視線を向けられるほど仲が良くなかったからだ。


「ちょっと待っててね」


 静香は家のドアを開けると中に向かって叫んだ。


「巴ー。岡崎君来たわよ!」


 外まで響き渡る声に、健二は眉根を寄せた。


「えっ! 待ってて! 直ぐに行くからー!」


 ドア越しに巴の声が聞こえる。どうやら取り込んでいるようで、焦りが伝わってくるのだが……。


「直ぐ来ると言ってるから、玄関で待っていてちょうだい」


 静香は髪を払うと笑顔で健二の肩に手を置いた。


「それじゃ私は出掛けるから、勉強頑張ってね」


 そう言って目配せを送る。


 すれ違う時に髪が揺れ、香水の良い香りが漂う。

 健二は所在なさげに玄関に立つと、巴を待つのだった。







 家の中に入った健二は、応接室に通された。

 巴に「もう少し待っていてくださいね」と言われたのだが、他人の家の椅子に勝手に座っても良いか判断が付かず、何となく家具などを見て時間を潰している。


 棚にはウイスキーの瓶が並べられており、その横にトロフィーのような物が飾られている。


 どれもしっかりとした作りをしてあることから、それなりに大きな大会か何かの物だと気付いた健二は、文字を読もうと顔を近付けた。


「お待たせしました」


 そのタイミングで巴が戻ってきたのだが、先程までのラフな格好ではなく、お洒落な格好に着替えていた。


 当然健二もその変化に気付くのだが、こういった場合指摘するのは正しいのかわからず健二は口を噤んだ。


 その視線を受けた巴は首を傾げると、先程まで健二が見ていたトロフィーに視線を向ける。


「それ、家のお父さんとお母さんがダブルスでトーナメントに出た時のです。二人は大学のダーツ部で知り合ったんですよ」


「両親もダーツをやっていたのか?」


「ええ、地元だと有名な選手だったようですよ」


 両親がダーツをやっていたということもあり、静香と巴は子どものころからダーツが身近にあったのだという。


「私もいつか、お父さんやお母さんみたいにダブルスでトーナメントに出てみたいなって思っているんですよ」


 両手を前で合わせ希望を語る巴。ダーツのことになるととても楽しそうに語るので、そんな彼女は見ていて飽きない。


 もっとも、巴がダーツでダブルスを組むためには、越えなければならないハードルが存在する。


 最低限の実力が備わっていなければ、パートナーも見つからないのだ。


「まあ、目標があるのは良いことだと思うぞ」


 巴の言葉に、健二が無難な返事をすると、彼女は意識を切り替えた。


「それじゃあ、そろそろ勉強を始めましょうか」


 巴はテーブルに分厚い参考書をドンと置くと、健二をテーブルの前に座らせ、自分は横に腰掛けるのだった。


          ★


「さて、どこに顔を出そうかしら……」


 健二が家に入るのを見送った後、静香は駅に向かっていた。

 駅前に差し掛かると大勢の視線を感じる。中には下心を隠しもせず、静香をナンパしようと話し掛けてくる男も何人かいた。


 静香はそんな男たちを適当にあしらうと、改札を抜けて電車に乗り込んだ。

 特にどこに向かう目的があるわけではないが、ここら一帯が縄張りのようなものなので、適当な駅で降りても暇は潰せるだろう。


 静香たちが住む最寄り駅は寂れてるとは言わないが、そこまで栄えているわけでもない。


 彼女は数駅移動すると電車を降りた。


 この駅は都内とのアクセスも良く、大型商業施設なども複数あり、それなりに栄えている繁華街がある。


 静香はその中にあるビルの一つに入って行く。


 エレベーターに乗り目的のフロアで降りる。店に入ると中は薄暗い雰囲気となっており、BARの奥には酒瓶が並べられていた。


「お、静香ちゃん。来たね?」


「ええ、御無沙汰しています」


 バーテンダーが静香を見て声を掛ける。


「今日は、誰か来ますかね?」


「うーん、どうだろう? 昼過ぎからボチボチ人も入ってくるとは思うが、静香ちゃんの相手をできるとなると……」


 バーテンダーはアゴに手を当て考えた。


「それにしても静香ちゃんがこんな時間に来るなんて珍しい。どうしたんだ?」


「それが、妹が張り切ってたので、家に居辛くてですね」


 朝から巴が張り切ってキッチンに立っていたので、気を利かせたのだ。


「もしかして、彼氏でも呼んだのかな?」


 バーテンダーは色恋話を察すると静香に聞いてみる。

 静香は口元に手を当てると、巴と健二の2人を思い浮かべる。


 片方は異性からの評価は高いが天然の妹。もう片方はぶっきらぼうだが、礼儀正しい後輩の男の子。


 あの2人がそのような関係に発展する方法が静香には想像もつかない。


「どうなんでしょう?」


 あのままなら良くて仲の良い先輩後輩で終わりそうな気もする。2人のことは別に良いかと思った静香は、


「もし良かったら、マスターが相手をしてくれませんか?」


 テーブルにダーツを広げると、獲物を狙うように瞳を輝かせ、目の前のバーテンダーを見るのだった。


          ★

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