第4話 白石友華

『カウントアップ』とはダーツの基本ゲームだ。


 ダーツは3本投げるのを1つのターンと数えており、カウントアップは8ターン、合計24本投げ終えた後のスコアを競うゲームだ。


 ダーツボードは1~20の数字と中心にあるBullという場所に分けられる。


 切り分けられたピザのようにそれぞれ範囲が決められていて、刺さればその数字だけ得点が加算される。


 1~20の数字には『シングル』『ダブル』『トリプル』というゾーンがあり、枠内が黒と青と赤で区切られている。この範囲にダーツを刺した場合、得点は刺した数字の1倍と2倍と3倍になる。


 真ん中にあるBullだが、中心の黒枠をIn Bull、外の赤枠をOut Bullと呼び、カウントアップではともに50得点となるのだが、他の競技ゲームではまた違う計算が存在している。


 巴は一通りの説明を終えると、まずは手本として自分でダーツを投げてみる。


「えいっ!」


 可愛い声を出し、上半身を揺らして放たれたダーツはBullの周囲の数字に散らばって刺さった。


「とりあえず、こうやって3本投げたらボードから抜いて、ボタンを押してターンを交代するんです」


 巴はそう言うと、ダーツを回収して健二の下に戻ってきた。


「岡崎君?」


 ここに来て、健二はダーツを見て固まっていた。


 右腕に意識を集中し、指先の感覚が伝わるか探りを入れる。腕に多少の違和感があるが痛みもない。


 至近距離で巴が見上げていて、琥珀の瞳が健二の姿を映している。


 ここまできたら投げずに終わるわけにもいかない。健二は覚悟を決めると、ラインに足をかけた。


 前傾姿勢で左半身を引き右半身を傾け、ダーツを自分の右目まで引く。


「へぇ、綺麗なフォームじゃない」


 それを見ていた静香は感嘆の声を出した。

 まったく淀みのない一連の動作に、健二が投げるところを見ていた者は一様に息を呑んだ。


 ――タンッ! タンッ! タンッ!――


 心地よい音を立てダーツがボードに突き刺さる。


 3本の内、1本がBullに吸い込まれ、残る2本も惜しく、Bullの近くに刺さった。


「凄いです、岡崎君」


 綺麗なフォームでBullにダーツを放り込んだ健二を、巴は褒めたたえる。


「私なんかより全然しっかり投げれてます」


「……いや、全然」


 機嫌よく話し掛ける巴とは違い、健二は不満げな答えを返す。


 それに気付くことなく、巴は自分のターンのダーツを投げる。


 健二も続いて投げるのだが、確実にBullに入りはするが、納得していないようだ。


「筋は良いみたいだけど、精度がイマイチね」


「ああ、リリースのタイミングは完璧なのに刺さる場所がずれている。指先がぶれている証拠だ」


 最初は綺麗なフォームで投げていた健二だが、次のターンからフォームが乱れ始めている。


 後ろで見ていた静香と誠一も、健二の投げ方が良くない点に気付いていた。


「少なくとも初心者ではないと思うけど」


 静香は腕を組みアゴに手を当てると健二のフォームを細かくチェックする。


 ダーツを持った時の立ち位置や構え、テイクバックの淀みがないことから、健二が経験者だとは思うが、その割に投げたダーツがばらつくのが気になった。


「巴ちゃんの練習相手にはちょうどいいけど、レギュラーを張れる程ではないな」


 誠一も、健二の実力は大したことがないと判断する。


 現状、初心者から少し練習をした程度のスコアしか出ていないので、巴とともに初級クラスで鍛えるのが妥当なところ。


「凄いです岡崎君。これなら練習すればすぐ上達しますよ」


 巴が健二を褒めながら戻ってくるのだが、当の本人は唇を噛みしめ不機嫌なオーラを漂わせている。

 やがてスコアで健二が巴を上回りゲームが終了する。


「ねえ、岡崎君。あなた――」


 様子が気になり、静香はもう少し話を聞きたいと考え、健二に話し掛けるのだが、次の瞬間、部室のドアが開いた。


「すみません、掃除が長引いて遅れました」


 入ってきたのは一年生の女子生徒。

 

 全中ダーツ選手権出場者で、今年のレギュラー入りが確実と噂されている白石しらいし 友華ともかだ。


「ええ、ウォーミングアップをしたら適当に誰かと練習をしてちょうだい」


 静香が友華に指示を与えるのだが、友華は大きく目を見開くとまじまじと健二を見た。


「岡崎健二!?」


 友華の声が部室中に響き、全員が健二に注目する。


「知っているのか、白石?」


 静香と誠一が思い出せないでいることの答えを友華は知っているらしい。


 他の部員も、巴が連れてきた健二が、一体どのような素性の持ち主なのかが気になっていた。


「こいつは、全中ダーツ選手権で二連覇をした岡崎健二ですよ!!」


 友華が健二の素性を告げると、二人はこれまで喉に引っかかっていたものが落ちたようにハッとする。


「そうか! 見覚えがあったわけだ!?」


 誠一たちとは世代が違うので直接対戦した覚えがないが、トーナメント会場で遠巻きに姿を見たことはあった。


「あなたが……あの?」


 静香は健二を見ると苦い表情を浮かべる。そんな姉の様子に、


「お姉ちゃん、岡崎君のこと知ってるの?」


 首を傾げた巴が静香の目を覗き込む。

 静香は何というべきか悩むのだが……。


「こいつ、三連覇がかかった大会の途中でこなくなったんですよ!」


 友華は健二が大会途中で失踪した事実をその場で皆に告げた。

 周囲の目も友華の言葉とともに変化する。


 自分の過去をばらされた健二は、俯くと誰とも目をあわせようとしない。選手権の途中でいなくなったのは事実だし言い訳するつもりもなかったからだ。


 そんな健二に怒りを覚えた友華は、


「あんた私と勝負しなさい!」


 ダーツの勝負を持ちかけた。


 次の瞬間、健二の心臓がドクンと跳ね上がる。右手に力を入れ、目の前の友華を見て、どのような選手だったか思い出し戦意が溢れ出す。


「岡崎君?」


 巴に声を掛けられ思考が引き戻された。彼女は不思議そうな瞳で健二を見ている。


 左手で右腕をギュッと握り、何かに耐えるように健二は唇を噛んだ。

 そして苦い表情を浮かべながら健二は友華に言う。


「俺はもう……ダーツは辞めた」


「あっ! ちょっと!」


 健二は誠一から借りたダーツをテーブルに置く。


「岡崎君っ!」


 巴が声を掛けるのだが、健二は誰とも目を合わすことなく、逃げるように部室から走り去って行くのだった。

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