第3話 幕乃倉高校ダーツ部
ダーツがボードに刺さる音が絶え間なく続く、その場でダーツを投げている全員が真剣な表情をしてボードに向き合い、繰り返し練習をしている。
ここ幕乃倉高校ダーツ部は全国でも選りすぐりの強豪校だ。
部室内に4台のダーツマシンを有し、部員同士を日々争わせることでレベルを高めていく。
そんな部の中央では現在、三人の生徒が話をしていた。
「本当に新入部員を勧誘したの、巴?」
一人は巴によく似た容姿の女子生徒で、
このダーツ部の部長で三年生だ。容姿・スタイルが飛び抜けているのは巴と同じなのだが、彼女は立ち居振る舞いから表情まで自信に溢れていて、人の目を惹き付ける、カリスマ性のようなものが備わっていた。
「うん、いい子だからきっと来てくれるよ」
もう一人は巴。彼女は両手を前でグッと握ると、笑顔で健二のことを二人に伝えた。
「巴ちゃんにかかれば皆いい子だからな」
最後の一人は長身にスラリとした体格。やや軽薄そうではあるが顔立ちの整っている男子生徒。
ダーツ部の副部長で三年生だ。
誠一は口元に手を当て苦笑いを浮かべると巴に話し掛けた。
「二人とも、馬鹿にしてるでしょ?」
巴は頬を膨らませると二人を睨みつける。普段よりも幼い言動を取るのは姉の静香がいるからだろう。
「それにしても、今年は豊作だよな」
新入生がダーツを投げているのを見渡す誠一。放課後になり徐々に部員が集まってきたので、ウォーミングアップを兼ねて投げさせているのだが、誰もが目的意識をハッキリさせ練習に挑んでいる。
「そうね、うちが強豪だというのもあるけど、いい新入生が集まったわ」
誠一の言葉に静香は頷いた。
ここ幕乃倉高校ダーツ部は、県内でも指折りの強豪校と知られているお蔭で、毎年強い選手が入部してくる。
今年は特に、全中ダーツ選手権でも上位になった者もいる。そのせいでレギュラー争いが熾烈になりそうなので、ピリピリした空気が流れている部分もあった。
「後は巴ちゃんが勧誘したやつが強ければ全国優勝の可能性も――」
誠一が噂をしていると、ちょうどドアがノックされた。
近くにいた部員がドアを開けにいくと、健二が立っていた。
「岡崎君! 来てくれたんですね!」
巴は嬉しそうな声を出すとドアまで健二を迎えに行き、中に入るように促すと静香の前に連れて行く。
他の部員たちは巴が招待した健二が気になるのか、チラチラ視線を向けていた。
「その子が、巴の言っていた新入生?」
静香は探るような視線を健二に送る。
「ええ、まあ……」
健二は静香の問いに返事をする。日頃から他人に怖がられていることを理解しているので、できるだけ目付きが鋭くならないように意識している。
ここで揉め事を起こして、巴に迷惑を掛けるのは良くないと本人なりに考えたからだ。
静香はそんな健二をじっと観察する。微妙に引っかかるものがあるからか首を傾げた。
「えっと……」
至近距離まで近付いた静香からは巴とは違う柑橘系の香りが漂う。物言わず見つめる静香と目が合う。整った鼻立ちとうっすら化粧をしている肌。潤んだ唇が目に飛び込んできて気まずさを感じる。
「私は御堂静香。この伝統あるダーツ部の部長を務めているわ」
静香は健二から離れると自己紹介をした。
「御堂って……」
健二は眉根を動かすと巴を見る。二人の名字が同じだったからだ。
「ええ。私、巴のお姉さんなの」
健二が巴と目をあわせていると、静香が自分と巴の関係性を告げた。
言われて見れば似ている。健二はそう思い二人を並べてみる。
違うところがあるとすれば、いつもおっとりとしている巴に対し静香は目に力があり自信に溢れている。
表情により受ける印象というのは随分変わるものだと健二は感心していた。
実際、健二は知らないのだが幕乃倉高校において御堂姉妹は有名で、人気を二分している。
活発な姉と大人しく守ってあげたくなる妹ということで好意を寄せる男が多かった。
そんなことを知る由もなく、巴と静香を見ていると、もう1人の人物が話し掛けてきた。
「俺は浜野誠一。副部長だ」
親しみこもった笑顔の中にもどこか探るような様子が見える。
「岡崎健二っす」
三人の視線を受け、健二も名乗り返す。名前を聞いた静香はこめかみに右手の人差し指を当てると眉根を寄せる。
「あなた、どこかで会ったことないかしら?」
自分の記憶の照会を行ったが、目の前の一年生と出会った記憶は見つからなかった。それでも、どこかで見たことがあるからか、静香は直接本人に聞いてみることにした。
「静香も思うか? 俺も……どこかで見たような……?」
「何か……名前に聞き覚えがあるのよねぇ?」
誠一も知っているということで、気のせいでないと判断した静香は、後少しで出てきそうなのに思い出せない。そんなモヤモヤをが静香の眉根を歪める。
「まあいいじゃないですか。それより、岡崎君にもダーツを楽しんでもらいましょう」
巴は悩む二人をよそに健二の背中を押し、ダーツマシンの前に連れていった。
「まずは私と一緒にゲームをしてもらえませんか?」
巴は顔を覗き込むと健二をダーツへと誘う。
「いや、俺はただ見学に来ただけで……」
健二は両手を前に出すと、ダーツを投げるつもりがない意志を巴に伝えようとするのだが、なぜか言葉が出てこないでいる。
「最初はカウントアップからでいいでしょうか?」
そうこうしている間に、巴はダーツマシンを操作すると、ゲームを開始してしまった。
「そういえば、岡崎君。マイダーツは持っていませんでしたね?」
ここに来て、健二が自分のダーツを持っていないことを思い出した巴。自分のダーツの中で一番良い物を貸そうかと考える。
「俺のを貸してやるよ」
巴が自分のダーツケースから貸し出すダーツを選んでいると、誠一が話し掛けてきた。
彼は自分のダーツケースに入っている中から、一つのダーツを取り出すと健二に渡す。
健二はそれを受け取ると、指先でバレルの部分を転がし、感触を確かめた。
心臓が高鳴りを覚えると同時に、気分が高揚するのを感じる。
頭の中の霞が晴れたかのように意識がはっきりし、健二はわずかに口の端を動かした。
「どうした、不満か?」
「……いえ。いいダーツだなと思って」
手入れが行き届いているのは勿論だが、ダーツの品質が良い。おそらくはそれなりに高額なダーツだろうと見当がつく。
「それじゃ、始めましょうか」
ダーツも手元に行き渡ったので、早速投げようと巴が誘いをかけてきた。
周囲の部員も、チラチラと二人が投げる様子を見ているのだが、肝心の巴は特に気にした様子もなく、部外者の健二は視線を受けて気まずい思いをする。
二人がダーツボードに立つのを尻目に、静香は誠一に声を掛けた。
「ちょっと、浜野君。あれを貸すなんてどういうこと?」
彼が貸し与えたのは上級者向けのモデルだ。使いこなせれば強力な武器となるが、癖が強く取り扱いが難しい。
「まあ、どうなるか見学させてもらおうぜ」
誠一は腕を組むと、二人が投げるダーツを興味深そうに見始めた。
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