第7話 エピローグ②
◇◇◇
これはあの夜会の日から十年が経った頃のことだ。
フランチェスカとライノの二人は、劇的な婚姻を果たしたことで、貴族の間のみならず、平民達の間でも何度となく噂に登り、数いる貴族の中でもいっとう有名な存在となっていた。
将来の王と王妃として、それまでに比べて自由に動くことが出来ない二人であったが、元々その辺は柔軟な二人であったので、何とか時間をやりくりしつつ、羽目をはずすことがあった。
ただ"羽目"といっても、それほど大層なものではなく、二人で変装して街に出掛けるというものであった。もちろん、影から幾人もの護衛が付いていることは、言わぬが花であるが。
◇◇◇
その日は天気が良く、久しぶりの二人でのお出かけということで、平民に変装するという制限はあるものの、それすらを楽しみに変え、二人は目いっぱいにおめかしをして、街へと繰り出した。
フランチェスカは、普段から見馴れているはずの、ライノの焼けた肌に、シャツに浮き出る筋肉にやけに魅入ってしまったり、ライノはライノで、普段は滅多に着ることのない清楚な街娘のような彼女の格好を見て、可愛さのあまり言葉を失ったのだった。
婚約してから十年が経過し、既に婚姻を結び、子供も二人いる。けれど二人の初々しさを見た人には到底信じられないことであった。
それはもういじらしく、隠れて彼らを守護する護衛達ももちろん「末永く爆発してくださいよ」と心の中で呟くほどだった。
二人は「ライノ様、たくましいわ……」とか「フラン……何かいい匂いする」だとか心中でドギマギしながらも、その日の予定をこなしていった。
まず二人が足を運んだのは劇場だった。チケットがプレ値で転売されるほどの大人気の演目であった。
「恥じーな」
「ですね……」
劇場から出てきた二人は赤面していた。
なぜなら、舞台の演目はあの日の夜会をモチーフにしたものであったからだ。
「その節はありがとうございました……」
ぽつりとフランチェスカが呟いた。
「いえ、お気になさらず。俺としても、あの日があったからこそこうやってキミと一緒になれた。こちらこそ『隣にいてくれてありがとう』」
などと、互いに気持ちを伝え合い、現在進行形でデートを楽しむ二人であった。
次いで二人は
その後たまたま目に付いたアクセサリー屋に足を踏み入れた二人は、互いに互いに選びあったアクセサリーを選び、購入し、互いに身に着けさせたのだった。
二人は、普段から抱え込んでいる様々なしがらみを忘れ、久方ぶりに大事な時間を共有し、デートを堪能したのであった。
日は傾き、そろそろ帰ろうかとなったところで、
「おーい! おーい!」
二人は叫び声と共に、路上の向こうから足早にこちらへと向かってくる人物に気づいた。気の所為ではなかった。
男は黒ずんだ粗末な布───服と言う言葉にすら申し訳が立たないような布に身を包み、ざんばらに切った髪と最後に剃ったのはいつなのかと思うような髭は、見るに堪えなかった。
その男が二人の前にくる直前、護衛の騎士達が二人の前に立ちはだかった。それなりに距離があるにも関わらず、男からは皮脂や汗などが発酵した強烈な
男が口を開いた。いくつもの歯が欠けて抜けているのが見えた。
「ライノ! 私だ! フランチェスカ! 私だよ!」
聞き覚えのある声に、フランチェスカが顔色を悪くした。
「ああ! やっぱり! お前達は私を助けに来たんだな!」
彼が手を広げ、ニンマリと笑った。
「お前は誰だ?」
ライノが冷徹な声で答えた。
「私だ! リュドだ! お前の兄であるリュドだろう!」
あー、なんとなく今日はいいことがありそうな気がしたんだと、男がどこか粘り気のある言葉を発した。
「フランチェスカ、あのときはすまなかった。私は目が覚めた。私とやり直さないか?」
フランチェスカは男の言葉に目眩がした。
しかし、倒れるわけにはいかなかった。
「黙って去るなら、私達はこの度の貴方の無礼に目をつぶりましょう。ですので、今すぐ去ったほうが身のためです」
男は、彼女の言葉に何故か困惑の表情を浮かべた。
「なぜだ。お前は俺のことが好きだろう?」
当然そうであるべき。人は息をする。雨は天から降る。
同様に、まるで当たり前のことを話すように、男は言った。
それが、フランチェスカの逆鱗に触れた。
「私はあなたのことを存じ上げませんが───」
そうですね、と彼女は続けた。
「もし、万が一、あなたと似たような人、に伝えることがあるとすれば───私が貴方を好き? 見当ハズレもいいところです。あなたのような品性の欠片もない人間をどのようにしたら好きになれると言うのでしょうか?
その格好はもちろんですが、これは心根のお話です。
聞きましたよ。
人を容易く裏切り、傷つけ、その先で得たパートナーをもさらに捨てる───人道にもとる行為を容易くやってのけた、ひとでなしである貴方をいったい誰が好きになるというのでしょうか?」
一度に言い切り、胸をすく思いのフランチェスカと対称的に、リュドは
ライノがリュドの近くにしゃがみこんだ。
「これをやるから、俺達の前に二度と顔を出すな」
金貨を一枚握らせると、リュドの耳元で腹の底に響く声で告げた。
「次、同じことをしてみろ。二度と日の目を見させない」
かつて兄であった者は、それが本気であることを感じとり、恐怖から口をパクパクさせ、何度も頷いた。
騎士達がうなだれて涙を流すリュドを引っ捕らえた。
しばらくその背中を見ていたが、ライノが「頑張ったな」とフランチェスカの頭へと手をやった。彼はまるで宝物を愛でるかのようにフランチェスカの頭を撫でた。
「怖かったろ?」
ライノの言葉にフランチェスカが、
「いいえ」
首を振った。
「だって、あなたが隣にいてくださったもの」
フランチェスカの言葉に、ライノの頭の中は一言では言い表すことの出来ない感情でいっぱいになった。それは愛だとか恋だとか親愛だとか友愛だとか、そういったもの全てが混ざり合い、膨れ上がったものだった。
「それならさ───」
顔を真っ赤にしたライノが、何とか言葉を紡いだ。
「これからもずっと俺の隣にいてくれよ」
感極まったフランチェスカが、ライノを抱き締め、応えた。
「よろこんで」
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