第5話

 ――光と骸のシンフォニアの世界に転生してから数週間が過ぎた。


 今までの時間はイベントとイベントの間にある虚無期間みたいなものだ。特に何も起こらないため他キャラには会っておらず、ずっと鍛えているだけだ。

 この数週間の間で筋肉・剣術・魔力操作・魔術などを鍛えることができた。


「ぐぬッ……!」


 現に今もジジイと試合をしていたのだが、地面にひれ伏している。俺……ではなく、ジジイが。


「ジジイ、最近調子悪い? 休憩するか?」

「ハハッ、それはお嬢様が強くなったということですぞ。嬉しい限りです。もはや爺やではまともな試合相手になりませんな」

「いつもトレーニングに付き合ってくれてありがとな!」

「お嬢様は色々と変わられましたな」


 俺の見た目は赤い髪を後ろで束ねている以外に変わったことは多々ある。体が筋肉質になったり、背が伸びたり、胸が少し大きくなったり、顔つきが少し凛々しくなったような? そんな感じだ。

 ジジイとの試合は最初あたりは全く勝てなかったが、徐々に勝率が上がり、今ではずっと俺が連勝している。


 魔術もだいぶ極められてきたし、そろそろ魔剣を取りに行ってもいいが……。


「これならば一週間後の〝剣舞闘技祭〟も優勝間違いなしですぞ!」

「あー……そういやそんなイベントもあったな。まぁ力試しに丁度いいな」


 〝剣舞闘技祭〟。

 主人公がその試合に出場し、ヒロインと関係を持つキッカケとなるイベントだ。この祭にもウシュティアは来るのだが、いかんせん本編では運動音痴。愚痴や嫌がらせだけをしに来て、最終的に一泡吹かせられる……みたいな感じだ。


 だが今回は俺も出場することになるが、この場合どうなるんだろうな? なんやかんやで転生してからヒロインに会うのは初だ。

 俺が転生する前にももちろん会っていたため、好感度はマイナスだろう。一悶着起きなければいいが、まぁ流石に何かはあるよな……。


「ジジイー。ほいっ、【癒しの光ヒールライト】」

「有難うございますお嬢様。……まさか高度な治癒魔術も覚えてしまうとは……。感服いたしましたぞ」

「そうか? なんか簡単にできたが」

「世界でも治癒魔術を扱える人は少ないのですぞッ! お嬢様は自分が特別だということをしっかりと理解してください!!!」

「お、おう……。悪かったって……」


 さて、ジジイも仕事に戻ってしまったしこの後は何をしようか。魔術も使いたいが、練習台に向かって放つのは飽きた。


「……そうだ! 魔の森に行くか!」


 この領地から出て少し歩いたところには、魔の森という魔物が生息している森林がある。そこだったら良い練習相手もいるだろうし、多少暴れても問題ない。序盤のレベリング場としては最適だが、レベル要素はこの世界にはないらしいため実践経験積み用だ。

 善は急げだ。俺は短パンで胸にはサラシを巻いていただけだったので、動きやすい服を着て剣を持ち、早速出かけることにした。


「魔の森行ってくるー! 晩飯前には帰ってくるぜ!」

「行ってらっしゃいませお嬢様。…………はぁ!!? 魔の森ぃ!?!?」

「お、お嬢様!? お待ちを!!!」

「せめて護衛をつけてーー!」


 なんかワーワー騒いでいたが、怒られそうだったから全力ダッシュで屋敷を後にする。



###



 鳥が囀り、木々がざわめく魔の森。

 やはり屋敷と比べ、空気中の魔力が桁違いに豊富だな。マイナスイオンをふんだんに浴びている感覚になる。


「なぁんかいい魔物いねぇかなー」


 ゴブリンやらコボルトやらは殺気を放出しただけで逃げるので、相手にならない。もっといい相手がいないかと森の中を練り歩いていると、不思議な気配を感じ取った。


「ん……人がいるな。しかもだいぶ強い」


 だいぶ遠くにいるが、気配だけで力量がわかるほどのオーラが出ていることを探知した。それはあちらも同じようで、こちらに近づいてきている。

 敵対してくるかもしれないので剣を鞘から抜き、構えた。


「何者だ!」

「そっちこそナニモン……って、あんた〝シュネー・シュヴェールト〟か!」

「……私を知っているのか」


 シュネー・シュヴェールト。つけられたあだ名はシュシュ。

 銀色の髪に空色の瞳を持っている女剣士で、獣人でもあるのでケモ耳ともふもふの尻尾があるキャラクターだ。このキャラは剣の達人であり、剣舞闘技祭にて主人公の剣技に可能性を感じ、師匠の立ち位置となる者だが……祭の前はこの森にいたのか。


「一見君は弱い女の子に見えるが……相当強いだろう」

「鍛えてるんでな。別に敵対するつもりはねぇから安心してくれ」

「……だが、見た目は子供だ。この森は危険だから早く戻るといい」

「そうはいかないんだよなぁ。肩慣らしするつもりで来たんでね」

「手荒な真似はしたくない」

「そりゃこっちもだぜ」


 バチバチと火花を散らし、一歩も引かない状況だ。

 このままいけば一触即発の雰囲気になりそうだったが、森の奥から轟いてきた咆哮によってその意識は霧散した。

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