第3話 ビリア
私の名前はビリア。
ガデン島という小さな島で生まれた。
自然あふれる島ということもあり、私は昔からお転婆と呼ばれていた。
親にはもっとおしとやかになれと言われるけど、私は私らしくしているだけ。
島には優しい人もいれば少し意地悪な人もいる。
特に活発な男の子は何かと威張りがちになる。
威張る分にはまだいいけど、それが誰かを傷つけることにつながるなら私は許せない。
そんな私にはアネモネという幼馴染の男の子がいる。
島1番の漁師の息子でみんなのリーダーみたいな存在。
喧嘩が強くてガキ大将みたいな子だけど、人を思いやる気持ちが誰よりも強い。
『ダチを守るのは当たり前だ!』
それが彼の口癖だ。
友達がいじめられているのを見れば真っ先に我が身を盾にする……友達が荒れた海で溺れていれば自分の命も顧みず助けに行く。
友達を見捨てることができない馬鹿……それがアネモネという人間。
私はそんな彼に友情以上の感情を抱いていた。
でも男女の垣根を超えた相棒のような私達の間に、甘酸っぱい言葉を交わす余韻はなかなかなかった。
それをもどかしいと思ったことはあったし……このままの関係でも良いとも思った。
固く結ばれた私達の絆はどれだけ時間が過ぎて行っても変わりはしなかった。
そんな私とアネモネにはもう1人、幼馴染の男の子がいる。
名前はストレチア。
ちょっと内気な子だけど、料理がうまくて優しい子。
初めは近所に住んでいる男の子としか認識していなかったけど、島の馬鹿共が泳げないストレチアを溺れさせようとしている所を、アネモネと海岸に遊びに行った際に見かけて助けに行ったのがきっかけで仲良くなった。
アネモネが海で取った魚や貝をストレチアが料理して3人で食べる食事会……週1回開かれるこの会が私の楽しみだった。
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ある日……アネモネがお父さんにモリを授かったと私の家まで報告に来た。
そのモリはアネモネの一族が一人前の漁師と認めた息子に代々授ける由緒正しいもの。
アネモネはそのモリをお父さんから受け取ることが長年の夢だった。
親父から認めてもらったって、幼い子供みたいにはしゃぐ彼がとても微笑ましかった。
みんなを先導する頼もしいリーダーだけど、親の前ではやっぱり子供なのね。
「ビリア! 俺と結婚を前提に付き合ってくれないか!?」
「えっ?」
珍しくまじめな顔をするなと思っていたら突然の告白!
聞いた瞬間の私はうれしさよりも戸惑いの方が強かった。
勇気を出してくれたアネモネにこんなことを言うのもなんだけど、そんな大事なことを私の家の居間で報告のついでみたいに言うのもなんだかなぁ……。
「ずっとビリアが好きだった。 海よりもずっと……いや、海は海で大好きだから……じゃあ魚!……っていうのもなんか変だな……えっと……とにかく好きなんだ!」
「……ぷっ! ちょっと……告白するにしてももう少しなんとかならなかったの?
それ以前にこんなムードも何もない場所で言わなくてもいいでしょ?」
何かかっこいいことを言おうとしているんだろうけど、グダグダだし……まあ不器用なアネモネらしいね。
「私でよければ、よろしくお願いします!」
ちょっと微妙な空気が流れたけど……私はアネモネの告白を受け入れた。
彼の前では平常心を装っていたけど、内心飛び跳ねたいくらいうれしくて仕方なかった。
だってずっと想い続けていた人に好きだと言われたんだから……誰だって嬉しくなるでしょう!?
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アネモネとお付き合いを始めてから何か変わったかって?
うーん……特別何か変わったってことはあんまりなかったと思う。
いつも当たり前のように一緒にいたから……でも、変化が全くなかったわけじゃない。
子供のころから何気なく握っていた手がとても温かく感じたし……いろんな人を守ってきた彼の大きな背を今度は私が守りたいと強く思えるようになった。
私の中で太陽のように大きな存在だったアネモネが、それ以上に大きく思えるようになったんだと思う。
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「お父さん! 娘さんを俺……僕にください!」
アネモネと付き合ってから2年が経った……アネモネは私の両親に結婚の許しをもらおうと我が家を訪ねてきた。
私とアネモネが付き合っていることは島中で知り渡っているし、結婚も秒読みとまで噂されているくらいだから、両親からすれば今更なことかもしれない。
「うん……ビリアを幸せにしてやってくれ」
「2人とも、しっかりね!」
両親は快く私とアネモネの結婚を認めてくれた。
島のみんなにこのことを伝えると、自分のことのように喜んでくれた。
ストレチアも私達の結婚を喜んでくれていた。
お祝いにと結婚式で手料理をふるまってくれると言ってくれるらしい。
誰もが私達のことを心から祝福してくれた……本当に夢のような毎日だった。
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結婚が間近に迫ってきたある日……大きな台風が島を襲った。
台風自体はそんなに珍しいことじゃないけれど、今回は今までと違っていた。
地面は雨水で沈み、強風であちこちの建物は崩壊していく様子はもはや嵐。
ある程度補強しているとはいえ、元々木造建築で結構古いから無理もないと言えばそうなんだけれど……。
ここまで来たら家にいるのは危険だわ……私は両親と一緒に今は避難所として活用されている鉱山へと避難した。
鉱山なんて危険だと思うかもしれないけれど、この鉱山はかなり岩肌が固く……鉱山として栄えていた時も、人の手より爆薬を使って掘り進めていたくらいなんだって。
とにかく、とっても頑丈な鉱山だから避難所としてうってつけって訳。
私達だけでなく、アネモネや島のみんなも続々と鉱山に避難してきた。
※※※
「ストレチア!!」
「ストレチア!! どこにいるの!?」
そんな中、ストレチアの両親が慌てた様子で鉱山内を歩き回っていたのが見えた。
「おじさんおばさん! どうしたんだ!?」
2人にそう言って駆け寄ったのはアネモネだった。
「あっ! アネモネ君! それが……ストレチアの姿が見えないんだ」
「えっ!?」
「家から一緒にここまで走ってきたんだが、途中ではぐれてしまって……」
「先にここへ避難していると思って来たんだけれど……」
「じゃああいつ……まだ村に!?」
ストレチアがいないことを耳にした瞬間、アネモネは外に向かって駆け出そうとした。
彼の性格上、次に起こす行動はすぐに予測できた。
私がとっさにアネモネの腕を掴むことができたのも、彼を知るからこそ……なのかもね。
「何すんだよ!?」
「ストレチアを探しに行く気なんでしょ!?」
「わかってんなら放せよ!」
「馬鹿! こんな外の中を出ていったらどうなるかくらいわかるでしょ!?」
外は雨と風に支配された無法地帯……手がかりもなくそんな中で人探しなんてしようものなら、きっとタダでは済まない。
「だからって放っておけるかよ!」
「私だって気持ちは同じだよ! でも無策に探しに行ってアネモネが事故にでも合ったら元も子もないじゃない! まずはみんなと相談して……」
「ダチが危ない目に合ってるかもしれないのに、じっとなんてしてられるかよ!!」
「アネモネ!!」
私の手を振り払い、アネモネは台風の中を突き進んでいってしまった。
慌てて彼を追いかけたけど、すぐに見失ってしまった。
雨風で視界は最悪だし、そもそもアネモネは島で1番足が速い。
当然と言えば当然だ……でも、だからって大切な2人を放って自分だけ安全な鉱山に戻る気はなかった。
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ひたすら走り回ってアネモネとストレチアを探し続けた。
あれからどれだけの時間が経ったのかはわからないけど……なんだか視界がさらにぼやけてきた。
体中の感覚も少し麻痺してきたし……いよいよ私自身も危ないところまで来たのかもしれない。
「……!! アネモネ!!」
そんな私の視界に映ったのは瓦礫の下敷きになっていたアネモネの姿だった。
位置的に私の家が崩壊したみたいだけれど……なんでアネモネがその下敷きになっているのかはわからない。
よく見るとストレチアも彼のそばにいて、案山子のように立ち尽くしている。
でも今、そんなことを考えている暇はない!!
「アネモネ! 返事をして!!」
「びっビリア……」
アネモネに呼び掛けると、彼は生きていた。
返答してくれたものの、弱々しく聞こえた彼の声に私は背筋が凍り付きそうになった。
「もう大丈夫! 私がそばにいるから……。 ねぇストレチア! 私はアネモネを見ているから、みんなを呼んできて!」
私はアネモネの手を握り、ストレチアに助けを呼びに行ってもらった。
彼の手はとても冷たく……顔の生気も徐々に薄くなっているように見えた。
「アネモネ……きっと助かるから。 死んじゃだめだよ?」
「ば……馬鹿野郎。 縁起でもないこと言うんじゃねぇ……お前を残して死ねるかよ」
「馬鹿……」
それからしばらくして、島のみんなが鉱山から駆けつけてくれた。
アネモネの両親はもちろん老若男女問わず、力を合わせて懸命に瓦礫を撤去していく。
診療所に勤務している医師も駆けつけ、アネモネの容態を診てくれた。
アネモネがどれだけ島のみんなに慕われているか、これの場面だけでもわかる。
彼を好きになってよかった……結婚することになってよかったと改めて思った。
「あ……」
島のみんなによってアネモネが冷たい瓦礫の中から出ることができた。
アネモネが彼のお父さんの背に乗せられて診療所へと運ばれていく。
私も後を追いかけようとしたんだけれど……一瞬世界が揺らいだと思ったら意識が暗い闇の中へと沈んでしまった。
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「……ここは」
気が付くと、私は診療所の病室のベッドで寝かされていた。
そばにいた両親の話によると、私は高熱を出して倒れてしまったらしい。
冷たい雨風に長時間さらされていたのだから、当然と言えば当然か。
熱はある程度さがったけれど、まだ頭が少しぼんやりする。
体の方もベッドから起きれる体力は戻っていないみたい。
「あっ! アネモネは!?」
私の脳裏にふとアネモネの顔がよぎった瞬間、私は両親に彼のことを尋ねた。
アネモネの名を口にした瞬間、バツが悪そうな顔を浮かべる両親……風邪とは別の嫌な寒気に背筋をなでられた。
「いっ生きてはいる……でも……」
「でも……何?」
「両足を……失ったんだ」
「……は?」
お父さんの言葉の意味が理解できなかった……いや、理解したくないと私の心が拒絶したのかもしれない。
お父さんの話によると、アネモネはがれきの下敷きになった際に足を強く圧迫されたことで足に毒素が溜まり……助け出された時には切断以外に助かる方法がなかったらしい。
命は助かったけれど、ある意味死ぬよりつらい現実がアネモネにのしかかっているんだ。
日常生活が困難になるのもあるけれど……両足を失ったということは漁師としての道が絶たれたということ。
海をこよなく愛しているアネモネにとってそれがどれだけつらいか、私ですら想像もできない。
私がもっと強くアネモネを止めていれば……私が彼を見失わなければ……後悔が胸を締め付けて涙が止まらない。
「そういう訳でビリア……アネモネとの結婚は白紙にしたよ」
「……は?」
お父さんはさらに意味の分からないことを口にした。
白紙ってどういうこと?
私には身に覚えがない!
「どっどうしてそんな……」
「彼は両足を失ってしまったんだ。 もう彼にお前を幸せにする力はないよ……気の毒とは思うがな」
「待って! 私、何も聞いてない!!」
「ビリア! 父さんたちはお前に幸せになってほしくて、アネモネとの結婚を承諾したんだ。
彼ならお前を必ず幸せにしてくれると確信していたからだ!
でも今のアネモネといっしょになっても、お前が苦労を背負うだけだ」
「それがなんだっていうの!? 互いに支え合うのが夫婦でしょ!? 私はそんな中途半端な気持ちでアネモネと結婚しようとしていた訳じゃない!」
「ビリア……」
私は今まで感じたことのない怒りを両親に抱いた。
両足を失って絶望に打ちのめされているアネモネに結婚破棄を突き付けるなんて……どうしてそんな残酷なことができるの?
2人はアネモネのことを子供のころから息子みたいな存在だって言ってたのに……しかも結婚破棄が最善策だとても言いたげに、優し気な顔を見せてくる両親に私は嫌悪感さえ覚えた。
人間ってこんなに簡単に変わるの?
「けほけほ……2人が何と言おうと、私はアネモネと結婚して彼を支える!」
「ビリア。 あなたの気持ちはよくわかるわ……でもこのまま一緒になってもお互いつらい思いをするだけなのよ?」
「じゃあお母さんは今この場でお父さんが足を失ったら見捨てられるの!? 荷物になるからって、ずっと一緒にいたお父さんと離婚できるの!?」
「それは……」
お母さんはそれ以上何も答えなかった。
というよりも、答えられるわけがないって言ったほうがいいかな。
お父さんも口をつむって、最後には2人そろって無言のまま病室を出ていった。
私は1日でも早く元気になって、アネモネを支えようと心に誓った。
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でもそんな私に、さらなる絶望が突き付けられた。
「アネモネが……死んだ?」
2日後……唐突に病室に足を踏み入れた両親が私にそう告げてきた。
「なっ何を言っているの? 悪い冗談はやめてよ」
「冗談じゃない……海で溺れて死んだんだ。 遺書はないが、おそらく自殺だろう……」
「ばっ馬鹿な事言わないでよ……」
自殺?……アネモネが?……そんな馬鹿な事があるわけがない!!
彼が死ぬわけがない!!
そんなこと……あるわけがない!!
私は決してアネモネの死を認めなかった。
「彼の顔を……見てみる?」
お母さんに先導されて、私は少し離れた病室へと足を運んだ。
まだ体調は万全じゃないけれど、アネモネの死を否定したいという私の強い思いが、一時的に病状を押さえていたのかもしれない。
「アネモネ……」
病室に入ると……そこにはベッドに横たわるアネモネの姿があった。
両足はひざ下まで切断されて包帯を巻かれているのが痛々しく思えた。
でももっと衝撃だったのは、能面のように眠っている彼の顔。
無邪気な子供のように眠っている彼の寝顔を私は何度も見てきた。
愛おしい彼の寝顔が真っ白なキャンパスのように何の感情が一切浮かんでこない。
「アネモネ?……起きてよ……ねぇ……ねぇってば!!」
何度呼び掛けても……何度揺さぶっても、彼は目を覚ましてはくれなかった。
もうあの笑顔が見れないの?……もう私の名前を呼んでくれないの?……もう2人で描いていた未来は訪れないの?
なんで……なんでこうなったの?
なんでアネモネが死なないといけないの?
アネモネが何をしたっていうの?
残された私はどうすればいいの?
……もう何もわからない。
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アネモネの死が島中に伝わった。
島はまるで色を失くしたかのように冷たい空気が流れていった。
私は病室に引きこもり、誰とも会おうとはしなかった。
正直、アネモネの後を追いかけたいと思ったことは何度かあった。
でもそのたびに……ストレチアが私の元を訪ねてくれた。
「私のせいだ……私がもっと早く、アネモネと話をしていれば……」
「ビリアのせいじゃないよ。 もとはと言えば、僕が逃げ遅れたりしなければ……アネモネは足を失わずに済んだんだ……僕のせいだよ」
「……」
「ビリアは笑っていてよ……そうでないと空の上にいるアネモネだって悲しむよ」
「ストレチア……」
アネモネが死んだ悲しさと1人残された孤独さに耐えきれず、ストレチアの優しさに甘えるようになってしまった。
彼と強く結ばれることで張り裂けそうな心を癒したかった。
卑怯で最低な女だ……アネモネに全てを捧げると誓ったのに……私は逃げてしまったんだ。
ストレチアは私を愛してくれている……そばにいてくれた彼には感謝はしているけれど、アネモネのような強い想いはどうしても抱けなかった。
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アネモネの死から2年が経過した……私はストレチアと結婚し、彼の子供を身ごもった。
一部の島民達は私をアネモネを裏切った最低女だとストレチアを寝取り野郎だと罵った。
そう思われるのは当然だ。
あれだけアネモネとの仲を祝福してくれたんだから……でもストレチアは何も悪くない。
全て私が悪いんだ……。
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ある日……ストレチアが本島の有名店のオーナーにシェフとして来ないかと誘いを受けた。
プロのシェフになるのが彼の長年の夢だったのだから、彼は当然受け入れた。
彼は私も一緒についてきてほしいと頼んできた。
夫を支えるのが妻の役目……私は承諾した。
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ところがその翌朝……見たこともない化け物がどこからともなく現れ、島のみんなを殺しまわっていた。
私とストレチアの両親もその化け物に殺されてしまい、私はストレチアと島中を逃げ回った。
どこへ行っても化け物だらけ……一体何が起きたの?
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あちこち逃げていくうちに、私たちは鉱山の中に身を潜ませていた。
大きな体をした化け物が突然現れ、殺されそうになって無我夢中で逃げてきた。
無理をしたせいか、膨らむお腹に言葉にしがたい痛みが走った。
化け物が近くにいるかもしれないこんな時にと思うけど……こればかりはどうしようもない。
『うぉぉぉぉ!!』
そしてとうとう……巨大な化け物が私達を追い詰めた。
もう殺されるんだと思ったその時……。
『なぜ俺を殺した!? なぜビリアを奪った!?』
「こっ殺した?奪った? なんのことだ!?」
『俺はお前を親友だと思っていた……だがお前は俺を裏切った! 忘れたとは言わさんぞ!!』
化け物の声が暗闇の中を轟かせた……こもった声だったけれど、懐かしく温かなものがそこにあった。
まさか……ありえない!
そう思いながらも……私はくちびるを震わせた。
「あ……アネモネ……なの?」
私の言葉に反応した化け物が……ゆっくりとこちらに振り返った。
『ビリア……』
人間ではない醜い目……何度も見た愛しいアネモネの温かな瞳がそこにはあった。
※次はアネモネ視点……最終話です。
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