近接戦闘訓練

2026年 10月01日 木曜日 15時20分

UCIA日本支部捜査基地 グラウンドベース トレーニングルーム

  

 私達は格闘訓練用のウェアに着替えると、トレーニングルームへと向かった。ルーム中央の道場には、既に室長があぐらをかいて目を閉じ、鎮座している。集中力を高めているようだ。黒のタンクトップに迷彩柄のパンツ。割と本気の格好だ。


「いつも以上にヤバそうだね……」


 クリスがそっと耳打ちする。


「さて。葉山は最後にするとして、まずは姫宮とクリス、お前達二人でかかってこい。ルールは頭部への攻撃と突きは禁止。それ以外は剣道と同じだが、足も使っていいし絞め技もありだ。武器は好きな物を取れ。と言ってもお前達の場合は竹刀が最適かと思う」


 室長はそう言うと、壁に掛けてある武器の中からトンファーを手に取る。


「久しぶりにこれを使うか。私は攻撃こそ最大の防御だと思うが、たまにはこれも悪くなかろう」


 両手にトンファーを構える室長。私とクリスは竹刀を持って室長と対峙する。


「麻美と一緒に戦うのは初めてだけど、もしここが襲われた場合、麻美と一緒に行動する可能性は高いと思う。一緒にがんばろう。負けると思うけど」


 クリスは少し笑ってそう言って竹刀を構えた。


「そうだね。悔しいけど、私は多分戦力としてはカウントされてない。せめて一本は――取ろう」


 そして私も竹刀を構えた。


「貴女たちが一本でも取れたら勝ちでいいわ。逆に私の勝利条件は貴女たちが音を上げる、もしくは行動不能と判断した場合ね」

 

 そして葉山が私達の間に入る。


「それでは、準備は良いかな?」


 私達と室長がうなずく。


「用意――初め!」


 葉山の開始合図と共に、室長が身を屈め瞬間的に私達の間合いに入る。狙いを定めてきた標的は私だ。


(――速い!)


 ある程度予測はしていたが、その室長の黒豹のような素早い動きに、体が追いついていかない。その気迫に体が無意識に恐怖しているのか、微妙にこわばった動きになる。私は竹刀を右上から左下に振り降ろす。だが室長は左手に構えたトンファーでその攻撃をガードし受け流した。


「打ち込みが甘いぞ姫宮! 殺す気でかかってこい!」


 室長が私の足下に走り込んでくると、その場で一回転するような動きで強烈な足払いを放つ。足を掬うように決まったそれは、私のバランスを崩すには十分すぎた。その場に勢いよく転倒してしまう。


(まずい!)


 私はとっさに立ち上がり態勢を整える。が、私が転倒したその隙に室長はクリスを確実に仕留める距離まで接近していた。


「簡単に懐に入られるなクリス! バックステップで細かに距離を離しながら細かく切り払え!」


 クリスの必死の攻撃をトンファーで悠々とガードし、距離を詰め続ける室長。やがてクリスが足を滑らせバランスを崩したのを、室長は見逃さなかった。


「もらったぞ!」


 室長が一気に踏み込み、トンファーを強烈に回転させると、クリスが持っていた竹刀を一気に弾き飛ばした。


「きゃぁ!」


 その衝撃に思わず悲鳴を上げたクリスは、そのまま床に尻餅をついた。


「まったく…… お前はそれでも軍人か。近接戦闘はいつの時代も戦いの基本だ。もっと鍛錬を――」


 私に後ろを見せてクリスに説教を始めた室長を、私は容赦なく背後から強襲し斬りかかる。


「もらいました室長!」


 思いっきり室長の胴めがけて竹刀を横に切り払う。


(え!?)


 目の前から消えた…… いや、飛んだ。室長は私の背後からの攻撃を予測し、後方に宙返りを決めたのだ。何というジャンプ力だ。


(まずい! 背後を取られる!)


 そう思った瞬間だった。室長は私の背後からガッチリと左腕で胸上から首にかけてをホールドする。右腕でお腹を押さえられ完全に身動きが出来ない。まるで獲物を締め付けて殺す大蛇のように、室長の屈強な腕が私の体を締め付ける。


「背後から容赦なく襲うその気迫は褒めてやろう。だが血気盛んに攻撃する気配を出し過ぎだ。何も考えるな。冷静にかつ素早く――相手を確実に仕留める事だけを意識しろ」


 耳元で囁くような室長の言葉。体に力が入らなくなり、握っていた竹刀が床に落ちる。意識がもうろうとしてきたところで、葉山の声が聞こえた。


「ストップ! そこまでだ! もう二人は戦えん!」


 ふっと室長の腕の力が抜け、体が自由になる。気道が楽になったからか、その途端に咳き込む私。ダメだ、全く相手になっていない……


「姫宮、今まで実戦的な近接戦闘の経験はほぼ無いだろう? お前も、そしてクリスもAMGEの皆と共に近接戦を学んだ方が良いな。あの子達は女学生とはいえ、その剣術の腕はかなり高い」


 たしかに、逮捕術は過去に学んだものの、目の前の相手と銃を使わずに戦闘を行うのは正直慣れていない。というか過去にほぼそういった事態に遭遇していない。いつもホルスターに拳銃を携帯していたし、それが当たり前だった。


「はい。私も許可を頂けるなら、AMGEの皆さんと近接戦闘の訓練を受けます」


 私の言葉と共にクリスも反応した。


「わたしも。いつもシステムルームに籠もりきりだから……」


 そんな私達を見て室長は微笑んだ。


「二人とも。私達が常に貴女たちをカバーできるとは限らない。最後に自分を守れるのは、自分だけよ」


 室長は優しくそう言った。この人は強い。肉体的にも精神的にも。かなり姉御肌な部分もある。色々と厳しい所もあるが、こんな素敵な人が上司で本当に良かったと思う。


「さあ、次は神蔵よ」


 室長の声が一段低くなる。その目はかなり本気のようだ。獲物を見つけた肉食動物のように不敵な笑いを浮かべている。


 神蔵が竹刀を手に取り、道場に上がる。神蔵の目つきも真剣そのものだ。


「悪いが今日は――本気でいかせてもらう。そろそろ体も完治してきたんでな」


 言われてみれば、ここへ配属された当初、今から一ヶ月前は神蔵はまだ本調子では無かった。NS隊での爆発で重傷を負い、なんとか復帰したのが約4ヶ月前。思えば一ヶ月前より大分筋肉量や顔つきもFBI時代に戻ったような感じを受ける。


「面白い。全力でかかってこい。殺す気でな」


 葉山がお互いの顔を見つめる。二人とも既に臨戦態勢のようだ。


「それでは用意――初め!」


 葉山の合図と共にお互いが前方に素早く動いた。あっという間に至近距離に接した二人。接近しながら振り抜いた神蔵の竹刀が室長を捉える。


「やるな神蔵! いい打ち込みだ!」


 強力な振り抜きが室長を捉え襲いかかる。トンファーでガードするものの、その威力が予想以上に強いのか、室長は即座に反撃出来ない。神蔵は素早い一撃を巧みに繰り出し、室長のガードを打ち崩そうとする。

   

「殺す気で来いと言ったな! だったらそうさせてもらうぞ!」


 神蔵が一瞬左手を前に突き出す。その瞬間、室長の体が後方に弾き飛ばされる。急激に体勢を崩した室長に神蔵が急接近し、斜め下から勢いよく竹刀を振り上げた。


 激しい音と共に、左手に持っていた室長のトンファーが吹き飛ぶ。


「1本だ!」


 葉山の大きな声。


(すごい。念動力を絡めた怒濤の攻めだった……)


 どうやら小手の判定らしい。室長も左手にダメージを負ったのか、右手で左手を押さえている。


「やるな神蔵…… 念動力込みなら、私も本気で行くとしようか」

 

 室長は壁に掛けられた様々な武器から、木製の短剣を二本手に取る。アルサード教会の白樫の短剣とほぼ同じ長さだ。以前と同じようにそれを逆手で構えた。


「来い。神蔵」


 室長の言葉に神蔵が再び竹刀を構える。


「用意――初め!」


 葉山の合図と共に第二セットが開始された。いつも開幕と共に距離を詰める室長だったが、今回は短剣を構えたまま動かない。神蔵の出方を窺っているのだろうか――?


 少しずつではあるが、神蔵が距離を詰めている。まっすぐに室長を見つめ、すり足で間合いを詰めていく。


 やがて攻撃距離に入ったその瞬間、神蔵が素早く一歩を踏み込みその竹刀を斜め下から上方向に切り払う。室長はそれをバックステップで回避したが、神蔵はそれを予測していたかのように上方向に切り払った竹刀をそのまま素早く下に切りつける。


 室長は振り下ろされる神蔵の太刀筋を、短剣を交差させガードした。そして横に素早く回転したかと思うと強烈なローキックを神蔵に放つ。


「甘いな神蔵!」


 回転で勢いを増したローキックが神蔵の足に直撃した。足を掬われた神蔵が一瞬宙に浮く。その瞬間を逃さずに神蔵に短剣を上から切りつける室長。


「もらった!」


 そう叫んだのは神蔵だった。体勢を崩し宙に浮いた神蔵が、どういう訳かその場で宙返りのように体勢を変化させ、サマーソルトキックで降りかかる短剣を弾き飛ばす。


「――馬鹿な!?」


 着地と同時に竹刀を横に振り抜き、室長の胴にクリーンヒットする。何処かで見たような光景だが、おそらく霧峰さんが見せた技を取り入れたのだろう。ただ、重力の力を強引に無視した様な動きだったが、念動力で自分の体勢を操った結果だろうか……?


「一本! そこまでだ!」


 室長が右手を押さえている。クリーンヒットした胴への攻撃よりも、神蔵の放ったサマーソルトキックが右手に直撃したダメージの方が大きいのだろう。神蔵が室長に歩み寄り、手を差し出した。


「念動力を使えばさすがにこちらが有利か。大丈夫か?」


 神蔵の手を取る室長。


「まったく…… 事務仕事のせいか身体以上に頭が鈍っているわ…… 神蔵の念動力は自身の体の動きも操れるのか……」


 悔しそうな室長。


「咄嗟の判断だったが…… 以前に霧峰からやられたことを、やってみただけだ。そういう意味では彼女に感謝しないとな」


 神蔵は静かにそう言った。そして室長が葉山に言った。


「葉山! 予定変更だ。私が相手をする予定だったが、神蔵と模擬戦を行え」


 突然の言葉に驚く葉山。


「ちょっと待ってくれ。さすがに念動力持ちの神蔵君はキツいんじゃ無いかな……」


 苦笑いを浮かべる葉山。そんな葉山に神蔵が言った。


「お前。いつまでそうやって猫を被っているつもりだ…… 相手がここを襲ってきたら、どのみち戦闘は避けられん。女ばかり気にかけてないで、お前もそろそろ覚悟を決めろ」


 神蔵の睨み付けるような鋭い視線。


「しかし、もうちょっと言い方ってものが無いかなぁ…… 僕はね。あくまでメディカルスタッフ兼資材調達係としてUCIAここに来たんだ。言い方は悪いが人殺しをしに来たんじゃ無い。それは分かってもらえないかな?」


 困ったような顔をしながら、それでも笑顔を絶やさず答える葉山。


「――戦うことを放棄しても、過去は変えられん。それが償いになるとでも思っているのか? 俺もお前も、そして室長も戦いからは逃れられん。姫宮やクリスもUCIAにいる限り、いずれ戦い、誰かを殺すことになる。戦うことが嫌ならここを辞めて本国へ帰れ。戦力にならない奴はいらん。本国でも日本でも、好きなだけ女のケツを追いかけてろ」


 吐き捨てるように言う神蔵。言葉にかなり棘がある。


「神蔵。いくらなんでも言い方が酷いんじゃない? 葉山は自分の役割をちゃんとこなしてるわ。貴方はいつも――」


 私の言葉を遮るように葉山が口を開いた。


「姫宮さん、ありがとう。気遣ってくれて。神蔵君はまだ20代だ。もうすぐ30だろうが若気の至りは誰にだってあるさ」


 和やかに微笑んでいる…… ように見える葉山。


「神蔵君。そこまで挑発してくるなら、僕は受けて立つよ。ただ、挑発も度が過ぎると痛い目を見る。君は普段から上官に対する態度が成っていない。もう少し室長には敬意を払った方がいい」


 ゆっくりと神蔵に近づいていく葉山。


「――僕も本気でよ。こうやって本気で挑むのは初めてだ。まずはお互い握手と行こうじゃないか」


 右手を差し出す葉山。


「いいだろう。望むところだ」


 握手を交わす二人。


「それでは、始めようか。合図は姫宮さん、お願いできるかな?」

 

 わたしは二人の間に入る。室長が葉山に木製の短剣を二本手渡すと、神蔵が竹刀を、葉山が短剣を室長と同じように構える。


「それでは用意――初め!」


 私の合図と共に、葉山が大きく後退する。神蔵はその様子を注意深く窺っている。


 なんだろう…… 葉山が神蔵に笑顔で握手を交わしたとき、なんだかとても嫌な予感がした。恐らく気のせいだと思いたいが……


「お前――戦う気があるのか?」


 大きく距離を離した葉山に、神蔵が問いかける。葉山は短剣を二本構えたまま、その距離を維持している。


「僕は本気だよ。神蔵君。だからこうやって君の念動力の射程に入らないようにしている。君はこういうとき――どうするのかな?」


 葉山の表情が…… 普段とまるで違う。いつも穏やかで笑顔を絶やさない彼が、不気味な笑みを浮かべその冷たい視線で神蔵を捉えている。大きく距離を離したのは神蔵の念動力を警戒し、その射程範囲を探っているためか。


「来る気が無いなら、こちらから行くぞ!」


 神蔵が素早く前方にダッシュし左手を突き出す。


「おっと、危ない危ない」


 その行動を予測していたかのように、サイドステップで横に回避した葉山。神蔵はその距離で度々左手を突き出すものの、葉山は巧みなサイドステップで全て回避行動をとっている。恐らく神蔵の念動力は左手を突き出した直線上にしか作用しない。だから距離を取ってサイドステップで回避できているのだ。


 やがて神蔵が念動力を放つのを辞めると、再び竹刀を静かに構える。少し息が荒いように感じる。念動力を使うのもやはりエネルギーを消費するのだろうか? 神蔵としては今は少し回復を図りたい筈だ。


「――おや、もう息切れかい? 魔術師殺しウィザードキラーの君の力はそんなものなのか? がっかりさせないでくれよ」


 葉山が不気味に笑いながら神蔵を挑発している。


 別人だ。まるで二重人格者のように、その殺人鬼のような不気味なオーラを放っているように感じる。


「じゃあ、そろそろこっちからいこうか!」


 一瞬だった。素早く低い姿勢で走り込む葉山。構えた二本の短剣を高速で振りかざし、神蔵のガードを激しく揺さぶる。


「おいおいどうした神蔵君! 威勢の割には随分大人しいじゃないか!」


 怒濤の勢いで繰り出される葉山の攻撃。神蔵はなんとか凌いでいるものの、防戦一方だ。というか何か様子がおかしい。神蔵の顔色が酷く悪い。そして息がかなり荒くなっているのが一目で分かる。


「貴様……!」


 葉山の攻撃を必死で振り払うものの、次第に攻撃が神蔵の体を捉え始める。まるで食らいついた狼のように神蔵をいたぶり始める葉山。足や肩等、一本判定とは取られないダメージを次々に与えていく。


「――神蔵!」


 思わず叫んでしまう。もう勝負はついているのも同然だ。神蔵はもはや満足にガードも出来ない。次々となぶるような打撃を加えられ、立っているのが精一杯の状態だ。


「終わりだよ。神蔵君!」


 葉山の高速の回し蹴りが見事に神蔵の胴に直撃する。そして神蔵が無残にもその場に崩れ落ちた。

 

「そこまで! もう終わりだ!」


 そう告げたのは室長だった。そして室長が葉山に駆け寄り胸ぐらを掴みにかかる。


「葉山! お前、神蔵に何をやった!?」


 すぐさまそれを振り払う葉山。


「――僕も本気でよ。そう彼には伝えた。本当の戦いなら始める前から既に始まっている。僕と握手したとき、指輪に仕込んだ毒針に彼は全く気づかなかったようだね。僕が調合した極短時間の間だけ身体能力を奪う神経毒。それを打たれた時点で彼の敗北は決まっていたんだよ」


 悪びれる様子も無く、淡々と話す葉山。


「葉山! お前は加減というものを知らないのか! ごく短時間の作用とはいえ仲間に毒を盛るとは何事だ!」


 室長が怒鳴っている。 


「だったら僕からも言わせてもらうが。本来戦いとはこういう物だ。ずるいや卑怯等という言葉は敗者の戯言だ。戦うからには確実なやり方で殺し、そして殲滅する。ハーディ。部隊を退いてから、君は戦いの本質を忘れてしまったんじゃないか? これを僕に叩き込んだのは――君だよ。ハーディ」


 冷めた目でそう言い放った葉山。


「とりあえず、神蔵君を医務室まで運ぶよ。あと30分もすれば自然に毒は中和され消えるが、解毒薬と回復薬を一応打っておく。僕も少し調子に乗りすぎた。打撃を与えすぎた箇所はアイシングをしておく」


 そして葉山は神蔵の元へ寄り添った。


「すまなかったね…… 立てるかい?」


 毒のせいか満足に立てない神蔵に私も寄り添った。


「二人で医務室まで運びましょう……」


 そして私は葉山と共に、神蔵を医務室へと運んだのだった……

 


 神蔵を医務室へ運んだ後、私は食堂でアイスティーを飲んでいた。


『神蔵君と少し話をしたい。姫宮さんは悪いが席を外してくれ』


 そう葉山から言われ、医務室を追い出された私。だからこうやって食堂でアイスティーを飲んでいる。体を動かした後だから、冷たい飲み物が喉に心地よい。


 葉山が戦っているところ始めて見たが、室長とスティーブンが言っていた言葉を思い出す。


『あいつは、いまでこそあんな感じだが、俺より相当怖いぜ。あいつは医学の相当な知識もあればナイフ戦も凄まじい強さだった。一時期はハーディと互角だったからな。あいつの拷問だけは――死んでも受けたくないね』


『――まあ、葉山が敵じゃ無くて良かったわ。仕込んだのは私だが、あいつは狂気じみた戦闘センスがある。なるべく戦闘からは離れた環境に身を置くのが正解だろう』


 その言葉の意味。葉山の恐ろしさが今日初めて分かった気がした。神蔵の念動力の特性を即座に見抜き、それを封じて見せた。今思えば最初に距離を取ったのは念動力対策ということもあるが、神蔵の体に毒が回るまでの時間を稼いでいたのだ。神蔵は念動力を使いすぎて疲弊したのでは無い。毒が体に回り、一気に疲弊したのだ。よく考えれば神蔵の念動力は霊力や魔力のリソース無しで使える特異的な能力の筈だ。あの短時間でそれが理由で疲弊するわけが無い。


 恐らく毒が回る迄の時間を、葉山は正確に把握していたのだろう。葉山が攻撃に転じ始めた辺りから神蔵の顔色が急激に悪くなった。神蔵が反撃出来ない事を見込んでラッシュを仕掛け、いたぶるように攻撃を繰り返しその戦意を削り取る。そして最後に強烈な回し蹴りで止めを刺した……


 最初から全て計算通りに、葉山は事を運んだ。室長との戦いで葉山は神蔵の戦い方も冷静に分析していたのだ。あの時、本来戦うのは室長だったはずだ。それを考えると二人の戦い方を同時に分析していたと考えられる。


 室長、神蔵、そして葉山。この三人の戦闘能力はずば抜けている。正直私がここにいるのは随分と役不足なのでは無いか? とつくづく思う。


 だが、私もUCIA日本支部に選抜された人間だ。居る必要があるから私はここに居る。今はそれを強く信じたい。


 朝霧さんが私にくれたアメジストの指輪。その輝きを見ながら、わたしはそう思ったのだった……

  

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