第三章 迫り来る闇

新装備

 基地に戻った私達は、皆で昼食を取った。UCIAと公安七課。計9人もの人数で食事をするのは楽しかった。いつもはそれぞれの職務の関係上、食事の時間は各自でバラバラだ。


 詩姓がクリスに手品を見せていた。恐らく大変怯えさせたのを、彼女なりに謝りたかったのだろう。魔力を使って手のひらの上で小さな炎を自在に操っている。クリスや葉山も驚いていたが、その自称手品に一番関心を寄せていたのは室長だった。


「すごいな! どうやったらここまで操れるようになる! 直ぐに出来るものなのか!?」


 興奮していた室長。魔術というものの存在を知ってから、室長はますますその世界に魅了されているように感じる。今までのデータから室長の年代の被害者は出ていないが、少し心配してしまう。


 皆で昼食を取った後、哲也率いる公安七課は基地を後にした。私達はその後、射撃訓練場に集まった。 

 

「お、ようやく揃ったな」


 葉山が中で準備をしていた。射撃レーンの手前には折りたたみ椅子が4脚ほど並べられている。私達は椅子に座ると、葉山が何やら色々なアタッチメントが取り付けられているライフルを奥から持ってきた。


「それでは説明を始めようか。DARPAから新しく納入された新型アサルトライフル。M7-X1-AWSだ。今後僕たちが使う標準ライフルとなる予定だ。今米軍で採用されているM7を対AW用にDARPAが特殊改造を施している。もっとも試作品だが」


「持たせてもらっていいか」


 神蔵が椅子から立ち上がり、葉山からライフルを受け取り構える。


「通常のM7より重いな」


「改造と特殊アタッチメントのせいで重量は20連発マガジン装着時で約6.2キロある。まあ色々とくっ付いているからな。弾丸は6.8ミリ。通常弾薬と特殊弾薬であるME弾がある。で、今こいつにはME弾が装填されているが…… みんなよく見ててほしい」


 葉山は神蔵からライフルを受け取ると、ハンドガード部に付いていると思われる何かを押した。そうするとライフルの銃身横についているアタッチメントが空気を吸い込むような駆動音を発し始める。時間にして5秒ほどだろうか。音が止まった。


「この銃は、僕も驚いたがどうやら空気中に存在する何かの粒子を吸収し、それを弾丸の発射時に掛け合わせる事で強力な威力と発射速度を実現しているらしい。チャージ時間で威力と飛距離が変わるが、最大チャージまでの時間は12秒。5秒のチャージで通常のM7よりも1.3倍の威力を引き出せる。最大チャージなら1.5倍。ただチャージして即座に射撃した場合だ。チャージ完了から時間経過でチャージした何らかのエネルギーが徐々に消失する。チャージしているエネルギーの充填率はレイルにマウントされている光学照準器に表示される。試しに今から試射するから見ててくれ」


 葉山がライフルを構える。ライフルから吸気音が聞こえてくる。そして吸気音が止まる。


 葉山がトリガーを引いた。まるでゲームの光学兵器のような高音が入り交じる独特の発射音が鳴り響く。青白い光を帯びた弾丸が高速で射出され、その弾道が青い光の線を描いた。


(空気中の何かの粒子…… もしやこれは……)


「まあ、こんなところだ。ちなみに最大チャージ状態の連射が続くと砲身が熱に耐えきれず変形を起こしてダメになるらしい。エネルギー出力も細かく調整できる。通常50%設定なら連続使用もほぼ問題ないとのことだ。色々とオーバーテクノロジーなライフルだが、各自で独自の仕様を把握して慣れてほしい」


 葉山の説明が一通り終わる。


「しかし実戦で使い物になるのか? 実戦で頼りになる武器は性能もそうだが確実な信頼性が第一だ」


 室長が立ち上がり、奥からもう一丁ライフルを取ってくる。私とクリス、神蔵もライフルを取ってきて実際に持ってみた。


「なんかすごいー。おっきなスコープまでついてて、なんかSF映画のライフルみたい」


 表示部分が台形の大型電子スコープと思われる物がレイルシステムにマウントされている。ライフルを持った瞬間にスコープの電源が入った。グリップに感圧センサーが付いているのだろうか。


「ちょっと重さに慣れるまで大変そうだけど、慣れてしまえば大丈夫かな……」


 ライフルを構える。クリスの言うとおり重さに慣れるまでが少し時間がかかるだろうが、慣れてしまえば問題の無いように感じる。重量バランスが良いせいか、6キロ弱の重さをそこまで感じない。ただ今後は長時間の作戦行動が行われる可能性もある。筋力トレーニングをもう少し増やしたほうが良いかもしれない。HK416に比べれば明らかに重い。それは事実だ。


 神蔵が早速と撃ち始める。私も自分のレーンにつき、ライフルを構える。


「ハンドガード部の左側に小さなへこみがあるだろう。そこがチャージボタンだ。1回押せば5秒チャージ。長押しでフルチャージになる。チャージ完了後は銃に取り付けられた超指向性スピーカーでチャージ完了が伝えられる」


『チャージ完了。エネルギー充填率50%』


 音声が直接頭に響く。そして私はスコープで狙いを定めトリガーを引いた。独特の射撃音と共に青い軌跡が走る。思ったより反動は無い。銃自体の重さと反動抑制機構が上手く働いているのか、かなり射撃時の安定度がある。命中精度もいい。


 その後しばらく皆が新型アサルトライフルのテストをする。最初は難癖を付けていた室長だったが、試射をしてその高い命中精度と安定性が気に入ったようだ。


私達は試射を終えた。


「しかしこれは…… 大気中の何かの粒子を吸収して放つ。ひょっとして自然粒子マナを吸収してエネルギーに変換する機構が取り付けられているのか?」


 室長がライフルをまじまじと見つめながら呟く。


「可能性としてはあり得るだろうね。ただ教会の話では人体が魔法を発動するメカニズムは自然粒子と体内の霊力を掛け合わせて発動するんだろう? この銃に霊力があるとは思えないがどうなっているんだろうね……」


 DARPAダーパ(国防高等研究計画局)は本国の最先端軍事研究の場所でもある。インターネットの原型であるアーパネットを開発したのもここだ。ひょっとしたら既に自然粒子を何らかの形で応用するテクノロジーを開発しているのかもしれない。この試作型ライフルはおそらく自然粒子の力を応用して撃ちだしている。携帯できるレベルで自然粒子を応用する銃器を開発できると言うことは、その研究はかなり進んでいるように思える。


「神蔵君は例の部隊でこの手の武器を使っていたのかい?」


 葉山が神蔵に尋ねた。


「いや、流石にこんな物は配備されていなかった。使っていたアサルトライフルはUCIAここと同じくHK416だ。対AW戦では敵が防御障壁プロテクションフィールドを展開させる魔力をいかに早く奪うかが鍵だ。奴らは常時、防御障壁を展開できる訳ではない。そういった意味ではマガジンの最大装弾数が30発から20発へと減るのは、かなりまずいとは思うんだがな……」


 神蔵がそう語る。


「そう言えば神蔵。私の夢の中に北條さんと入って審判と戦ったとき、あれってどういう理屈だったの? 夢幻退魔マインドエクソシズムと言っていたけど……」


 夢の中での審判との戦い。朝霧さんの話では、。そう言っていた。あの中でもし死んでいれば、二度と目覚めることは無かったのだろう。


「あれは、一部の高位退魔士ハイエクソシストが行えると聞いた。対象の夢の中に侵入し、その心に巣くっている邪を直接的に払う。対象次第ではあるが、夢の中に同時に侵入できるのはせいぜい二人。案内役が夢幻退魔を行える力があれば、同行者はその力は必要ないとのことだ。あの時は俺が北條に頼み、お前の夢の中に侵入した――というわけだ」


「なるほどね…… 私には夢の中で起きたことが、今でもリアルに感覚に残っている。正直なところ、夢とはとても思えない」


「北條の話では、あれは夢でもあるが現実としての側面が強いと聞く。人間の精神力がその体に与える影響は限りなく大きいし、その全てが解明されている訳ではない。現実と錯覚するほどのリアルな夢が与える身体への影響は、それほど深刻なのだろう」


 夢でもあるが現実でもある…… その言葉の意味は、限りなく深い……


『大切なことは、己を信じる事。強き心はあらゆる攻撃を無効化し、優しき心は全てを癒やす。強き心が無ければ霊的存在、そしてあらゆる事象に呑み込まれます。それを――忘れないでください』

 

 朝霧さんの言葉。強き心はあらゆる攻撃を無効化する……


 本当にそんなことが、出来るのだろうか…… 

 

 朝霧さんから貰ったアメジストの指輪。それを見つめながら、私はそんなことを考えてしまう。


「麻美のその指輪、綺麗だね。朝霧さんから貰ったんでしょ。いいなー」


 クリスが私の指輪を興味深く見つめる。


「姫宮さんは女の子からもモテるんだね。いいね。僕にもモテ期が来ないかなぁ」


 葉山が笑いながらそう言った。


「葉山。そんなに――女にモテたいのか?」


 室長の鋭い目線。一瞬辺りが静まりかえる。


「あ、いや…… なかなか独り身もさみしいなーっていうか……」


 引きつった笑いを浮かべる葉山。


「そんなにモテたいなら私が久しぶりに相手になってやろう。10分後に全員トレーニングルームに集合だ。皆覚悟をしておけ」


 やはり、こういう展開になった……


 出て行く室長、続く神蔵。


 そして私とクリスの生暖かい視線に、葉山が微妙な笑いを浮かべていたのだった……

 

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