新たなる事件
2026年 10月01日 木曜日 0時47分
UCIA日本支部捜査基地 グラウンドベース オペレーションルーム
眠りについた。そんな気がしたのも束の間、緊急連絡が入り私は叩き起こされた。01時からオペレーションルームで緊急ミーティングとの事。私はすぐさま着替え、髪だけ即座に整えるとオペレーションルームへ急行した。
「おはようございます」
正直みんな眠そうだ。というのも仕方が無い。私と神蔵はまだ睡眠時間がある方だが、27日から続く警戒態勢でクリスや葉山はかなり寝不足の様子だった。クリスは通常業務の他、ドローンでの警戒監視やサイバー空間の監視もある。極力VARISで自動化しているらしいが、疲労はたまる一方のようだ。
葉山は新しく搬入された装備の調整に手間取っている様子。なにやら個体差が相当大きいらしく、全てを均一なレベルに調整するのにかなりの時間を取られている。聞くところによると、通常の銃器とは大きく異なる性能のものらしい。資材調達に関する関係各所との雑務もある。
「おはよー麻美…… ていうか寝てないけど。コーヒーもあるけどエナジードリンクの方がいいかもね」
七色の光る文字で描かれたエナジードリンク。ゲーミング仕様等と書かれているが、何故こういったものはやたらカラフルなのだろうか。プルタブを開けとりあえず飲む。味は美味しい。
クリスが各自にエナジードリンクを配っている。さりげなく気配りが出来るクリスは素晴らしいと思う。私はその辺が全くと言って良いほど出来ない自覚がある。
「みんな。急に集まってもらってすまない」
室長がオペレーションルームへと入ってきた
「今から30分ほど前に公安から連絡が入った。事件発生だ」
室長がそう言うと、クリスが端末を操作する。
「……けっこうショッキングな映像なんで、驚かないでくださいね」
そしてクリスが大型モニターに、その映像を映し出した。
「これは……」
思わず呟いてしまう。皆がモニターに映るその惨状に釘付けになる。
「被害者は
「ひどいなこれは。性器の損傷が激しい。小さな刃物でいたぶるように傷つけられてる気がする。体の至る所に外傷はあるが、致命傷にならないよう傷つけているのか……」
葉山が興味深く観察する。確かに致命傷になるような大きな出血は無いように思える。全身血だらけだが、無数にある傷自体は小さく感じた。
「ちなみに被害者は、過去に何件もの性犯罪を犯しているわ。いずれも悪質極まりなく、何人もの女性を強姦している。それらの性犯罪被害者の中には小学生の女児も含まれている。まあ、最低の犯罪者よ」
室長が吐き捨てるように言った。
「で、当然の如く、屋上は普段から施錠されていたんだろう?」
葉山が室長に問う。
「そうね。今は屋上に続く階段、その扉は確実に施錠するように管理会社に通達を行っているし、警備で施錠されていることを日々確認しているわ。そして被害者の坂野が最後に確認された場所は、遠く離れた葛飾区。20時過ぎにパチンコ店に入っていくところを路上の監視カメラが捉えているわ。そして店内から出た映像は路上の監視カメラには映っていなかった。店内の監視カメラは現在公安が調査中とのことよ」
「AWの仕業――にしては随分とやり方が違いますね。ターゲットが男性。そして白骨化しておらず、怨恨殺人のようになぶり殺しにしている。恐らく被害者に対して強い殺意や恨みを持っている。じゃないとここまでの惨殺は出来ないと思います。性器を徹底的にいたぶっているところを見ると、過去の性犯罪被害者に関係するのかもしれません」
素直に感じたことを言ってみた。
「――そうだな。姫宮の言うとおり遺体は怨恨による殺人の可能性が高いが…… 状況的に殺したのはAWだろうが、その目的が単なる復讐とも思えん」
神蔵はそう言った。
「考えられる可能性は二つ。誰かが指輪の力で犯人に対して復讐を願った。もう一つは、AWと化したものが、個人的に復讐を行った。審判のような崇高な目的があるとは思えない。おそらくAWの離反者である可能性が高いと考えます」
私がそう言うと、室長が口を開く。
「AWの離反者…… 今後はそうね、離反を意味する言葉、Defector。その可能性が高い者はADと呼称することにする。とりあえず現場は公安が調査を行っているわ。私達に出来る事は情報統制と今後の対策を立案することね」
その時、VARISからの通信が入る。
『ハーディ室長。公安警察第七課、透鴇課長より入電です。コネクトします』
VARISがすぐさま通話を繋ぐ。過去の応答を学習しているようだ。
「透鴇です。一通り現場の調査が終わりました」
「ハーディです。現場調査、感謝いたします。何か手がかりは掴めましたでしょうか?」
過去のことを振り返ると、AWは何かしらの痕跡は一切残さない。今回もそうなのかもしれないが……
「それに関してですが、直接お話ししたいことがあります。改めて紹介したい部下もいますので…… 朝の10時にそちらへ伺っても宜しいでしょうか?」
改めて紹介したい部下。例の指導役のことだろうか……?
「分かりました。情報統制はこちらにお任せ下さい。お待ちしております」
室長がそう言うと、通話は終了した。
「――というわけで明日は公安が来るわ。来客は応接室と食堂への立ち入りは認めるけど、他は立ち入り禁止と言うことを覚えておいて。あとアルサード教会の女学生も訓練のため数人今後来ることになると思う。その子達はトレーニングルームの立ち入りも認める事になったわ」
「了解」
各自返事をする。
「そう言えば神蔵君を倒した女の子がいるんだって? 霧峰さんだったかな。室長に自ら弟子入りを希望するとはなかなか見所がある子だねぇ」
「油断して一本取られただけだ。やられたわけでは無い」
葉山と神蔵のやりとり。
「相手は北條の霊的加護があったからな。私も久しぶりに心が熱くなった。私の訓練の参加者は、霧峰、松雪、そして橘の三人だ。何かあったときのために北條も付き添いで来ることになっている。あの子も霊的能力では他者を寄せ付けないレベルだ。近接戦も覚えれば素晴らしいとは思うが……」
「北條さんは身体能力が…… その分、霊的能力に特化しているわけですし……」
私はそう言った。さすがに室長と北條さんは、相性が良くないような気がする。それに彼女は近いうちに司祭の位を与えられると聞く。あまり戦闘には巻き込みたくない、と言うのが私の本音だが、彼女もAMGEの一員だ。ただ近接戦というより彼女の場合は中遠距離戦向きだ。もし彼女が望むなら仕方が無いかもしれないが……
「クリス、情報統制はVARISに任せて、今日はもう休みなさい。各自睡眠はしっかり取るように。それでは解散」
そして私達は、各自休息を取ることになった……
2026年 10月01日 木曜日 09時56分
UCIA日本支部捜査基地 グラウンドベース 応接室
基地の中で恐らく最も使う頻度が少ない応接室。シックな感じでまとめられた室内には長方形のテーブルが置かれており、15人程度で打ち合わせが出来るスペースとなっている。50分頃に哲也とその部下達が到着した。2台の車で到着した一行。哲也は単独で動いているようだ。もう一台の車に、九条と水原、そして初めて見る女性が運転席から降りてきた。
私達は公安七課を応接室に案内した。
「お待ちしておりました。透鴇課長」
室長と哲也が軽く挨拶を交わす。
「UCIAの皆様に紹介しよう。新しくうちの七課に配属となった、
グレイのスーツに身を包んだ女性が椅子から立ち上がり挨拶をする。水原のパンツスタイルとは違い、タイトスカートを穿いている。胸下程の黒のストレートヘア。片目が髪で隠れているが、正直なところかなり怪しい感じの女性だ。不気味な笑みを浮かべている。
「詩姓、麗子です。よろしく…………」
小さく、低い声。コミュニケーション的には、かなり難があるように感じる。
「――まあ、色々と個性が強い部下だが、その能力は確かなものがある。迷惑をかけるかもしれんがよろしく頼む」
「ちなみに、彼女は一体……」
室長がかなり気になっているようだ。そして神蔵も鋭い視線を詩姓に送っているように感じる。葉山もだ。
「ああ、彼女は色々と特殊でね…… 元公安警察第六課、対霊的事件を専門に扱っていた部署だが、そこの出身だ。5年前からAWの存在に気づき、彼女は独自の調査を行っていた」
そして哲也は言った。
「彼女はAWと接触することに成功し、その魔力を手に入れる事に成功した。つまり――AWと言っても過言では無い」
(!?)
その言葉と共に、神蔵が椅子から立ち上がりホルスターから銃を素早く引き抜いた、両手で詩姓に狙いを定める。
「落ち着いてくれ。詩姓はAWの
哲也はそういうものの、神蔵は銃を下ろさない。そして室長もそれを止めていない。さりげなくテーブルの下で、銃をいつでも引き抜けるよう準備しているようにも感じる。
「哲也、この女が味方であるという証拠はどこにある? こいつから放たれている殺気じみたオーラ。明らかに異質なものだということを、お前達は分からないのか?」
神蔵は強く警戒している。そして私もだ。いつでもホルスターから銃を引き抜けるよう構える。
「UCIAのみなさん。わたしが敵で無い証拠、ご覧に入れましょうか……」
そういうと詩姓が手のひらをテーブルの上に出し、静かに目を閉じる。すると手のひらから小さな炎が次第に燃えさかる球体と変化した。ある程度の大きさになると、詩姓は目を開いた。
「今この場で貴方たちを焼き殺すことは、造作もナイ…… それをしないことが、私が敵で無い証拠……」
詩姓が生成した炎の球体が一瞬大きくなると、手を握りしめるような動きと共に熱風を発して瞬時に消えた。その熱さが、一瞬上半身を駆け抜けた。皆がその事に驚愕している。クリスは、もの凄く怯えている様子だ……
「素晴らしい……皆、良い目をしている…… 子猫も二匹いるようだが、特に貴方たち三人はイイ…… 相当な人数をコロシテきたのだろう」
詩姓が不気味に笑いながら、神蔵や室長、葉山を見る。
「詩姓。その辺にしておけ。UCIAの人間に失礼があった場合、どうなるかは承知しているはずだが?」
哲也が詩姓に睨みをきかせる。
「すまない。この通り個性が強すぎる部下でね。非礼があったことは謝罪させてもらう。本当に申し訳ない」
哲也と九条、そして水原が頭を下げる。詩姓もゆっくりと頭を下げた。
「透鴇課長。こういう事でしたら、事前にお伝えしてもらいたかったですね……」
室長が憤りを感じているようだ。無理もない。いきなりこんな脅しをかけてくる相手だ。皆が不快に思っているだろう。クリスに至ってはかなり恐怖を感じているはずだ。
「本当に申し訳ないと思っている。ハーディ室長。では、事件現場で分かったことを説明するが、誤解があってはいけない。重ね重ね申し訳ないが、説明は詩姓の方からさせて頂く」
哲也は深く頭を下げる。公安一同が頭を再び下げた。
「まずは、事件現場で分かったこと…… あれはAWの仕業で間違いない…… そして…… 低級ではない。かなり力の強いAWだ……」
詩姓が深い闇を見るような視線で語り出す。
「強力な魔力の
神蔵が銃をようやく降ろす。そして詩姓に問いかけた。
「詩姓と言ったな。お前はAWの魔力を持つと言ったが、霊視が行えるのか? その辺りの経緯を、洗いざらい話してもらおうか」
詩姓がゆっくりと、哲也の方を見る。
「神蔵、詩姓は生まれつき霊感の強い女性だ。先ほども話したとおり、5年前にAWに接触し、魔力を得ることに成功している。先ほどのように魔術を操る事も出来れば、霊視を行うことも出来る」
哲也が説明を行うも、神蔵は更に問いただす。
「俺が聞きたいのは、何故そんなやつがお前の部下で捜査に協力しているのか? と言うことだ。元公安六課ということだが、AWと接触し、かつ魔力を得た人間が何故のうのうと警察庁にいる?」
「透鴇課長。わたしから…… 説明した方が……」
詩姓がそう言うと、哲也がうなずく。
「話の通り…… 元公安六課、対霊障事件を専門に私は捜査を行ってきた。主に霊視を担当していましたが…… 度重なる霊視の要求に…… 心身が耐えられなくなっていった……」
詩姓は言葉を所々途切れさせながら話す。
「AWの存在。それはかつてから感じていた…… 力を使いすぎ、霊視が出来なくなった私は…… 使い捨てられたゴミのように扱われ…… そして、絶望の中…… 彼女に出会った……」
思わず息をのむ……
「魔力が欲しいなら与えようと、彼女は言った……
詩姓はその瞳を閉じ、語る……
「そして私は……その力を使って焼き殺した…… わたしを使えるだけ使い倒し…… その気持ちを踏みにじった六課の全員を。念じるがままに炎は姿を変え、断末魔の叫びが心地よく木霊した…… 私は震えた…… その魔力と、憎き者が叫び苦しむその姿に…… その時、魔術師の声が聞こえた……」
詩姓は言った。
「『おめでとう。お前は自分の正義を果たした。これからは
全員が、その詩姓の過去に沈黙する……
「その後私は逮捕され、特別な施設に収監された…… もっとも逃げる気もなかったが…… そこで課長に出会い、捜査に協力することを条件に釈放され…… 今に至る……」
詩姓は続けた。
「先ほどのことは…… 謝ろう…… だがAWというだけで銃を向けるのは…… 正しいことなのか?」
詩姓はその不気味な瞳で神蔵を見つめる。
「……すまなかったな。だが、俺達はAWから狙われ、殺されそうになっている。哲也からはお前の事前情報も聞いていなかった。ここは軍事施設だ。少しでも危険を感じれば銃を向ける。それは分かってもらおうか」
神蔵がそう反論した。
「詩姓の事前情報を伝えなかったのは謝ろう。だが詩姓については公安でも極秘扱いだ。情報漏洩の可能性を考え、ここで直接伝えようと思った。結果、色々と迷惑をかけたが――その事は、本当に申し訳ないと思っている」
哲也が再度、深々と頭を下げる。九条と水原、そして詩姓もそれに続く。
「お顔を上げてください。透鴇課長。詩姓さんについては分かりました。神蔵も言ったように我々も独自の立場がある。非礼があったことはお許し頂きたい」
室長がそう言うと、私達は今後の捜査について話し合う。
「詩姓の話では、ここ数日、都内で何かしらの霊的な強い反応が見られるとのことらしい。近いうちに、また犯行が起こる可能性がある。そしてAWを崇拝するカルト教団などが無いか探っているが、もう少しで情報を伝えられそうだ。正直なところ、詩姓にかなりの負担をかけている部分がある。この通り、かなり個性が強い部分があるが、理解を頂けると有り難い」
哲也はそう言った。この詩姓という女性、元々はとてもけなげで優しい女性だったのではないだろうか、と思う……
審判は言っていた。『些細な事で心が闇に大きく反転する。清く正しい心を持つものでも、きっかけ次第で心が暗く深い闇に墜ちるのだ』と。
もっとも、詩姓が事を起こしたきっかけは些細な事ではない。積もりに積もった不満、そして信じた仲間に裏切られたその気持ちが、彼女をAWに変えたのだ。
おそらく、その強大な魔力で正義を下すことに彼女はある種の快楽を感じてしまったのかもしれないが、その麻薬のような感情と戦って、踏み止まっているように感じる……
わたしは席を立ち、目の前に座っている詩姓に手を差し出した。
「改めまして。UCIA特別捜査官、姫宮麻美です。今後とも宜しくお願い致します。詩姓麗子警部」
差し出した私の手を、詩姓は驚くように見つめている。一瞬間を置いた後、詩姓が立ち上がり、わたしと握手を交わす。
「改めまして…… よろしく……」
何処となく少し微笑んだ気もするが…… よく分からない。その手が意外と冷たい。
その後、室長や神蔵、葉山とクリスも握手を交わす。思えば九条と水原とも握手を交わしたことが無かった。皆で改めて握手を交わす。
「無事に分かり合えたようで良かった。神蔵が銃を抜いたときはどうなる事かと思ったが、相変わらず手が出るのは今でも早そうだな」
哲也が少し笑いながら、神蔵にそう言った。
「いきなりAWを連れてくるお前に言われたくない。昔と変わらずお前の秘密主義も変わっていないな」
吐き捨てるように言う神蔵。
「ハーディ室長。申し訳ないが、この基地は煙草を吸える場所はあるかな? 皆にも少し休憩を与えたい。食堂を利用しても良いだろうか?」
哲也の問いに室長が答える。
「ええ、良かったら皆で昼食を取って頂いても宜しいですよ。うちのコックは優秀ですからね」
「それは有り難い。是非頂いていくとしよう」
応接室から出る一同。そして哲也が神蔵に声をかける。
「神蔵――久しぶりに付き合え」
二人は食堂で缶コーヒーを買った後、基地のロータリー脇にある喫煙スペースに足を運んだ。わたしも缶コーヒーを買い二人についていく。
「哲也、煙草なんて吸ってたっけ?」
セーフハウスでは吸っていなかったように思えるが……
「ああ、最近忙しくてな。何か息抜きが欲しいと思って始めたらハマってしまったよ。ただニコチンやタールは含まれていない。中毒性や人体に悪影響はない今風のものさ」
「神蔵、お前も吸え。昔吸ってただろう?」
哲也が煙草とライターを神蔵に差し出す。
「――まあ、よかろう」
神蔵が煙草を口にくわえ、火を付ける。
「ニコチンもタールも含まれていない、か。なかなか面白い煙草だな……」
哲也と神蔵が静かに煙草を吸っている。缶コーヒーを飲みながら、それを眺める私。
「神蔵――以前はすまなかったな……」
哲也がそう言った。
「あの時のことか。俺は気にしていない。木刀で殴りたくなったらいつでも来い。相手はしてやる」
神蔵が静かにそう言った。
「何の話をしてるの? 喧嘩はダメよ二人とも」
以前に何かあったようだが、不思議と険悪な感じではない。
こうしていると、大学時代を思い出す。神蔵の煙草に、よく私と哲也は付き合っていたものだ。
「神蔵。過去に色々あったことは、麻美から聞いたよ。だが、もうそろそろ一人で格好を付けるはやめにしないか? 俺も麻美も、また昔のように3人で笑い合いたいと思っている。もっともお前は無愛想で滅多には笑わん奴だったが――」
神蔵が煙草を吹かす。
「――俺は確かに忠告したが、お前も姫宮も、よほどもの好きらしい。もう俺には止められん」
神蔵は煙草の灰を落とし、続ける。
「哲也。あんな奴を引っ張り出してきたと言うことは、お前も相当な覚悟があるんだろう。だが気をつけろ。AWの人知を超えた魔力はあらゆる事を可能にするはず。只でさえあいつは闇に飲まれかけている」
神蔵の煙草の煙が、ゆらゆらと宙を舞っている。
「心配は感謝するが、詩姓が俺を殺すことは出来ん。保険はかけてある。それにあいつは元はもの凄く大人しく、気が弱い女性だったそうだ。そのため六課の人間に言いように使われてしまったのだろう…… 六課の亡くなった人間達には申し訳ないが、詩姓が悪いとは思えん」
「そうか。日頃大人しい人間ほど、その怒りに目覚めた時は恐ろしい。過去の罪は消えることは無いが、償うことは出来ると信じたい…… お前は優しい奴だ。あいつの心が救えるのなら、救ってやれ」
神蔵が短くなった煙草を消した。
「その言葉、そっくり帰すぞ神蔵。人の心配をする前に自分の心配をしろ。俺も麻美も、お前を心配しているんだ。今度久しぶりに三人で酒でも飲もう。特上のやつを用意してある」
哲也はもう一本煙草を取り出し、火を付けた。
「まあ…… 今回の事件が片付いたら考えておくが。事態は俺達の予想以上に悪くなっているのかもしれん。万が一の場合、お前が麻美を守れ。AWは既に世界中で暗躍を始めている。一斉に事を起こされたら――対処はできんだろう」
神蔵は静かにそう言った。
「麻美は守るさ。だがお前も一緒だ。麻美が大学のキャンパスで絡まれたとき、真っ先に殴りかかっていったのはお前だ。相手は5人もいたのにな。俺も加勢しなかったら流石のお前でもやられていた。麻美が絡まれたときはいつも二人で守っていたからな」
哲也は昔を懐かしむように笑いながら言った。
「いつもこいつは絡まれる。不良や女好きの男ども。そして今回は審判という強力なAW。正直トラブルメーカーだが、こいつはそういう奴だ。仕方が無い」
神蔵が鼻で笑った。
「なによ。私が悪いみたいな言い方しないでよ。勝手に群がってくるんだからしょうがないでしょ」
思わず反論する。私に非があるとは一切思わない。
「まあ神蔵の言い分も分かるし、麻美の言い分も分かる。仕方が無いさ。麻美に虫が寄ってくるのは、それだけ綺麗な花という事さ」
哲也が笑う。こうしていると、大学時代に戻ったような気持ちになる。神蔵が鼻で笑うのは気に食わないが、笑ったという事実は素直に嬉しい。
少しずつでいい。神蔵の心が少しずつでも、その傷を癒やしていけるのなら。
「そろそろ飯にするか。お前も食っていけ。うちのコックの飯は美味い。元NavySEALsの只のコックだがな」
「なんだそれは。美味いか不味いか分からんな」
冗談を言いながら二人は基地へ入っていく。そんな二人の後ろ姿を見ながら、私は微笑んでいたのだった……
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