怪に解は求められない
薊野きい
悪友曰く、面白い話
第1話 物語の真意
——全休。
大学生の前に突如として現れるオアシス。急な休講や意図的な調整など現れる要因はその時々による。
俺は、そんな貴重な時間を使い、とある喫茶店に来ていた。
カウンターを挟んで聞こえてくる壮年の店主が、規則正しく奏でるミルで珈琲豆を挽く音をBGMにし、俺はキーボードに指を走らせる。
しばらくし、背後の女性達の会話が耳に入ってきた辺りで気分転換に注文しておいたチーズケーキを食べようと、その皿へと視線をやる。
皿の上にあったのは、チーズケーキではなく餅のような白い何かだった。
その白い何かは、規則正しく膨らんで萎んでを繰り返している。
「はあ……おい、もちきち」
俺は、餅もといもちきちが、身を包む袈裟のような衣服の襟部分を摘み、彼を持ち上げた。
俺の目の前まで持ち上がった丸く白い小鳥のような彼は、未だに眠り続けている。
「おい、起きろ!」
少し声を大きくし揺すった所で、やっと彼は目を覚ました。
「これはこれは
「まだだよ。そんなことより、チーズケーキ勝手食べただろ?」
「ああ、あの菓子は大変美味でした」
勝手に食べておきながら、反省の色なく味の感想を述べるもちきちに我慢ならず、俺は彼を思いっきり振り回した。
「やめなされやめなされ!動物愛護団体が黙っておりませんぞ?!」
「少なくとも今の世にチーズケーキを食べる鳥はいないよ!!」
そうこうしてもちきちと言い合いをしていると、背後から「やだ」「何あれ」という冷ややかな声が聞こえてきて、俺はもちきちへの振り回し攻撃と口を止めた。
……だがら、外は嫌いなのだ。
「おいおい、また喧嘩か?」
そう言って現れた青年は、俺に許可を得ることなく隣の席に腰掛けた。
首の辺りでアッシュグレーの髪を一つに纏めた青年。日本でも数える程しか居ないだろうその特徴的で、しかし嫌にそれが似合う青年は、俺の友人、
先程まで冷たかった女性達の声は、フジの出現で温度を取り戻した。寧ろ熱くすらなっている気がする。そんな調子でヒソヒソと何やら話していた。
だから、俺はフジの隣が嫌いだ。
「こんにちは、フジ殿」
「こんにちは、もちきちさん」
俺が下に降ろすと、待ってましたと言わんばかりにもちきちは、フジと挨拶を交わした。
「ううわ。せっかくの全休使ってやるのが、外に出てまで一ヶ月先のレポートかよ」
そして、打って変わって俺のノートパソコンの画面を覗き、顔を歪めた。
「こういうことは早すぎて困ることはないんだよ」
俺が課題を中断し、ノートパソコンをリュックに仕舞っている裏で、フジは注文を済ませる。その後、「体調崩してまですることかよ」と小言を付け加えた。今の俺は、余程酷い顔色をしているらしい。
しばらくして、フジが頼んだメロンクリームソーダと俺の元にサービスでチーズケーキがやってきた。
ちらりと店主を見ると、彼は優しく微笑んでいた。
「どうしてここだって分かったんだ?」
「なんとなくだよ、なんとなく」
相変わらず嫌に勘が鋭いフジに辟易しながら俺は、コーヒーを一口含んだ。
なんとなくで課題の邪魔に来たのか。
そんな考えが浮かんだ所でふと思う。
「フジこそお姫さんとデートなりしたらどうだ?せっかくの全休だろう?」
「確かに、今日は
俺の言葉にもちきちもわざとらしく辺りをキョロキョロと見回した。
意趣返しで口にした俺の嫌味は効いたらしく、フジは苦虫を噛み潰したような顔をした。これではイケメンが台無しだ。
「……取引先のご令嬢方とお茶会だとよ」
お姫さんこと
「そんなことより!今日は面白い話を持って来たんだ」
「あ、話変えた」
「変えましたね」
「あーうるさいうるさい」
これ以上いじると拳が飛んできそうな雰囲気を放つフジは、メロンソーダをストローで吸い、ほっと一息吐いた。
その後、口の中が潤ったらしいフジは、ニヤリと口角を上げた。それから面白い話とやらを語り始める。
「なあ、キチ、もちきちさん。こんな話を知らないか?スクエア」
「なんだそれ?」
「??」
突然、フジの口から放たれた横文字に俺ももちきちも首を傾げた。
「雪山の一夜とか、山小屋の四人とも言う所謂怪談だ」
そこまで言われ、俺はそんな話あったな、と自然と脳内に検索をかけ、その怪談の内容を思い出した。
しかし、余りに突拍子もない切り出しにため息のような声が出る。
「それって一人増えたって話だよな?」
「ほお……」
俺とは対称的で、もちきちは興味ありげな様子だ。
「そう、話としては概ね次の通り。ある四人が雪山へ出かけた。山に着いたが、猛吹雪となって学生達は遭難してしまった。やがて四人は山小屋を見つけ、助かったとばかりに中に入るがそこは無人で暖房も壊れていた。「このまま寝たら死ぬ」と考えた四人は知恵を絞り、吹雪が止むまで凌ぐ方法を考え出す。その方法とは、四人が部屋の四隅に一人ずつ座り、最初の一人が壁に手を当てつつ二人目の場所まで歩き二人目の肩を叩く。一人目は二人目が居た場所に座り、二人目は一人目同様、壁に手を当てつつ三人目の場所まで歩き肩を叩く。二人目は三人目がいた場 所に座り、三人目は四人目を、四人目が一人目の肩を叩くことで一周し、それを繰り返す。自分の番が来たら寝ずに済むし、次の仲間に回すという使命感で頑張れるという理由から考え出されたものだった。この方法で学生達は何とか吹雪が止むまで持ちこたえ、無事に下山出来たのだった。」
一息に話し終えたフジは、わざとらしくゆっくりとストローからメロンソーダを吸い上げた。
「しかし、それはおかしかった」
俺の付け足しに、フジは満足そうにコクリと頷き、口を開く。
「四人だけだと成り立たない」
「どいういうことですかな?」
もちきちは、俺達の言いたいことが理解出来なかったようだ。確かに、この怪談は、言葉だけで伝えるのは難しい。だからか、どちらかと言えば、意味が分かると怖い話に分類されているはずだ。
「ええっとですね……」
フジは何やら考えた後、財布から百円玉を四枚取り出し、正方形の頂点の所に各々配置した。
「まず、一人目が——」
そして、もちきちに説明を始めた。この百円玉を使った説明には、彼も「なるほど」と頷いた。
「そう、だから二週目以降続けるためには……っと悪い、百円足りないわ」
フジは、困ったように俺へ笑いかけた。
別に十円でも一円でも構わないだろうと思いつつ、俺は財布から百円玉を一枚取り出し、机の上に置く。
「おお、ありがとう。つまり、存在しないはずのもう一人が居たという訳だ」
フジは、俺の百円玉を付け加え、再び正方形を作った。
「で、そんな幽霊が出たなんてありふれた怪談が、お前の言う面白い話なのか?」
俺の言葉にもちきちもコクコクと頷いた。
こんな話の為にここまで来たのなら、本当に死ぬ程暇だったのだろう。しかし、俺の知るフジという男は、この程度ではない。
俺は、既に一種の期待で内心ワクワクしていた。
「この儀式は、一種の降霊術だと言われている。でも、俺はこう思う訳だ。本来居た五人目が消えたんじゃないか?ってね」
「……なるほど、降霊術ではなく、神隠しですか」
一見、ただの小鳥であるもちきちの分からないはずの表情が、怪しげに歪んだように見えた。それは、俺だけではなかったらしい。
「え、ええ。四人から五人になってまた四人に戻ったと考えるより、五人から四人になったと考える方が自然でしょう」
フジは、最後まで話し終わると、俺ではなくもちきちへ不安げな視線を送る。怪異相手に面白い話と銘打って怪異に関する話をしたのだから、彼の反応は当然と言えば当然だ。
「確かに。実に面白い!」
件の怪異は、今回の話に満足したらしい。流れるようにフォークを器用に翼で掴み、チーズケーキを食べようとしたので、慌てて止めた。
しかし、俺は一つだけ言わなければならないことがある。
「おいおいフジ。冒頭部分が欠けてるんじゃないか?」
「どういうことですかな?」
フジは、俺の言葉にげっと分かりやすく反応する。
「この話の冒頭にはな、まず最初居た五人の内一人が不慮の事故で死亡してるんだ」
「……その五人目の霊が四人の儀式に加わった。……降霊術ですな」
もちきちは、突然つまらなそうにした。
「ま、まあまあ。でも、冒頭がなければ面白かっただろう?」
確かに、と思った。
実際に不慮の事故もなく、五人でこの儀式を行ったらどうなるのだろう。もしかすると……。
「んじゃ、俺帰るな。俺の分の五百円、ここに置いとくぞ」
「お、おう」
何故、こんな簡単なことを思いつかなかったのか。いや、考えられないようにされていたのかもしれない。
……俺の目には、本来映らないモノが映るのだから、そんなことも有り得るのだ。
何の脈絡もなく俺に視線を送られたもちきちの頭上に疑問符が浮かんでいる。
完全に集中が切れてしまったので、俺も会計をすることにした。
フジの分の百円玉五枚を手に取り——、
「……やられた」
思わず声に出てしまった。
「どうされたのです?」
「この百円一枚、俺のだ」
「これはこれは。最初四人だったのに五人に増えていますね」
これじゃあ、怪談ではなく落語ではないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます