『奇跡の血量』のせいで、婚約の申し込みがうんざりするほどあります
uribou
第1話
一八・七五と聞いて、何の数字だかおわかりになるでしょうか?
それこそがわたくしの元へ縁談が殺到する原因なのです。
◇
「ブリーム子爵家のアパパネ嬢! 僕と婚約してくれまいか?」
「えっ? あの、当家の方に申し出ていただければ……」
「子爵家に申し入れてもなしのつぶてなのだ」
「ズルいぞ! 学校で直接申し込むなんてルール違反だ! そんなことが許されるなら俺だって……」
「いや、君達はすっこめ! 私も参加する!」
てんやわんやです。
学校では比較的静かだったのに、最近ではこうやってトラブルになってしまうことが多くなりました。
かといってアプローチしてくる方は皆格上の令息ですので、わたくしからお断りすることはなかなかできません。
無関係の令息や令嬢方からは白い目で見られますし、本当に迷惑なのです。
何故目立たない子爵家の娘であるわたくしに家格が上の令息から縁談が引きも切らないか、ですか?
それは奇跡の血量のせいなのです。
わかりませんか?
わかりませんよね?
ややこしいですけれども説明いたします。
最近急にもてはやされてきた考え方に、優秀な人の一八・七五%の血量になっている人はやはり優秀になりやすいという仮説があるのです。
うちブリーム子爵家は、魔王を倒して叙爵された『勇者』ルドルフの直系です。
子供は両親から半々で血を受け継ぐという考え方からすると、曽祖父である『勇者』ルドルフから三代後裔のわたくしは、『勇者』の血を半分の半分の半分、つまり一二・五%引いていることになります。
『勇者』ルドルフの正妻は『聖女』カペラですから、わたくしは同時に『聖女』の血も一二・五%引いています。
もしわたくしが『勇者』ルドルフを祖父に持つ令息、要するに『勇者』の血を二五%引いている方と結婚したとします。
するとわたくし達の子供は、一二・五%の半分と二五%の半分を足した一八・七五%『勇者』ルドルフの血を引く勘定になります。
はい、この一八・七五%は、先ほどの優秀になりやすい奇跡の血量だということがわかっていただけましたか?
『勇者』ルドルフ自身が過去の何とか様という偉人の一八・七五%の血量だそうで、奇跡の血量仮説は結構な信憑性を持つとされているのです。
『勇者』ルドルフは『聖女』カペラと一人の子を儲けた後離婚し、側室との間に何人か子ができています。
また『聖女』カペラも再婚して、子供が何人かいます。
現在の状況として、『勇者』ルドルフを祖父に持つ、あるいは『聖女』カペラを祖母に持つ令息は結構いるのです。
しかし『勇者』ルドルフないし『聖女』カペラが曽祖父母である適齢期の娘というのは、わたくししかいません。
子供を奇跡の血量にしようと考えた時、わたくししか選択肢がないというのはおわかりいただけたでしょうか、ふう。
よくわからなくても結構です。
わたくしですら何故血の割合などというものが重視されてるのか、サッパリわからないのですから。
ただ積極的に『勇者』や『聖女』の血を取り入れてきたのは、王家を除く有力貴族という現状があります。
これも説明が必要ですね。
やはり血統が関係するのです。
『勇者』や『聖女』のような強者の血を一族に入れたいという考えは、野心的な貴族ほどあったようで。
一方で自分の御先祖様のことながら、『勇者』ルドルフは女性にだらしないですし、『聖女』カペラもまた奔放ではないですか。
スキャンダラスさが王家には敬遠されたと言いますか、そもそも王家とお近づきになるには家格が足りないと言いますか。
奇跡の血量を狙う格上貴族の家ばかりから、わたくしが婚約申し込みを受ける原因になってしまっています。
時間が経てば妙な考え方も流行らなくなるとは思います。
でもわたくしが縁談をもらえる年齢の内に収まるとはとてもとても。
戸惑うとはいえ、格上の家から縁談をもらうというのは誉れではありますし。
またわたくしが早くお相手を決めないと、同年代の皆様にも迷惑ということもあるのです。
お父様が言います。
「インスブルック公爵家の話を受けざるを得まいなあ」
頷かざるを得ません。
丸く収めるには、一番家格の高いインスブルック公爵家のお話を受けて、その他の申し出を断わるしかなさそうですから。
公爵家などという身分違いのところに嫁ぐのは苦労すると思いますが、仕方がないです。
インスブルック公爵家は王国成立時からある古い家です。
王家に次ぐ実力があるとされています。
当時の有力豪族であったインスブルック家を味方につけるため、人質に近い形で姫を送り込み、公爵として遇したと言われています。
わたくしのところに婚約の申し込みが来ているのは、嫡男のラッセル様です。
自信家で居丈高で苦手なタイプです。
でもこれも仕方のないことですね。
貴族の婚約とは思うに任せないものなのですから。
思わずため息が出てしまいます。
◇
「アパパネ嬢! 僕と婚約してくれまいか?」
「ええと、あの?」
また学校で婚約の申し込みです。
でもいつものパターンと違います。
だってお相手が第一王子のルーク殿下なんですよ?
ルーク殿下は理知的で親切で、とても素敵な方です。
王家には『勇者』ルドルフや『聖女』カペラの血は入ってないですから、奇跡の血量は関係ないですよね?
「どういうことでしょうか?」
「アパパネ嬢はおっとりしてて可愛いからね」
「アパパネ嬢は控えめで可愛いからだ」
「まあ、ありがとう存じます」
「ワーナー! マーキス!」
殿下のお付きの宮廷魔道士長令息のマーキス様と騎士団長令息ワーナー様が茶々を入れますけれども。
血統以外が評価されるのは嬉しいものですね。
ルーク殿下がちょっと顔を赤らめながら仰います。
「アパパネ嬢が最近、婚約の申し込み攻勢に遭って大変であることは耳にしている」
「そうなのです。奇跡の血量とかいう妄言のせいです」
「しかし結局どこかの申し出を受けねばならないことは、ブリーム子爵家でも理解しているのだろう?」
「はい、インスブルック公爵家ラッセル様の申し出を受け、他を断るのが一番角が立たないのかと……」
ルーク殿下ワーナー様マーキス様が顔を見合わせています。
何でしょう?
「ほら見てよ。ギリギリだったじゃないか」
「うむ、殿下の責任は免れ得ない」
「間に合ったんだからいいじゃないか」
間に合った、とは?
話の流れからすると、わたくしがまだ婚約前だからということのようですが。
ええっ? 子爵の娘に過ぎないわたくしが、本当に第一王子のルーク殿下と?
「インスブルック公爵家に問題があるんだ」
「は?」
「殿下違う。そこはもう一度婚約してくれって押す場面だったよ」
「いや、『灰の魔女』殿に助けられたエピソードから入るべきだな」
「『灰の魔女』?」
『灰の魔女』マライアとはわたくしのお婆様のことです。
『勇者』ルドルフと『聖女』カペラの間に生まれた唯一の子で、旅好きの変わった人ではあります。
けれど旅先で得たものを領に導入したりして、僻地だったブリームを特産品溢れる地にしたのはお婆様の功績なのです。
もちろん今でも矍鑠としていて、たまに会うとわたくしをとても可愛がってくださいます。
『灰の魔女』たるお婆様は当代随一の魔法使いと言われています。
ルーク殿下を助けたということもあったのかもしれません。
が、どこで接触する機会があったんでしょうね?
お婆様が話してくれたことはありません。
「それでアパパネちゃん。殿下と婚約してあげてくれない?」
「何でマーキスが言うんだ!」
「殿下が押さないからですぞ」
「もう君達黙っててくれ!」
「あのう、光栄ではありますけれども、そもそもブリーム子爵家では家格が全然足りておりませんので……」
「「「違うんだ!」」」
何でしょう?
お三方に否定されてしまいました。
家格に不足があるのは間違いないことなんじゃないでしょうか?
ルーク殿下から婚約を迫られているだけではありません。
インスブルック公爵家に問題があるの、お婆様が関わっているの。
わたくしでは到底処理できない案件です。
「ルーク殿下と婚約するなら、公爵家以下の申し出を全部断れるでしょ?」
「仰る通りですが、わたくしの一存ではいかんともしようがありません。父に話していただけると」
「子爵に会いたい。今日どうだろうか?」
「何も用はないはずです。先触れを出していただけると間違いないと思います」
「わかった。アパパネ嬢、夕刻にまた会おう」
◇
結論から申しますと、インスブルック公爵家は革命を起こそうとしていたようなのです。
王家が『勇者』や『聖女』を重んじないのは、彼らが平民だったからだ。
平民を軽視する王家に鉄槌を下せ。
搾取されている平民よ立ち上がれ、といった論法のようでした。
実際にはブリームの姓をいただき、子爵に叙爵されてるわけですけれども。
奇跡の血量を理由にブリーム家に接近していたのは、皆インスブルック公爵家に与する貴族だったようで。
いえ、元々『勇者』や『聖女』の血を入れていた家ですから、野心的で隙あらば王家に取って代わろうという、インスブルック公爵家と似た考え方をしていたのでしょうけれども。
「英雄願望なんじゃないかな」
わたくしの婚約者となったルーク様が仰います。
「英雄願望、ですか」
「アパパネの御先祖は魔王を倒した英雄だからね。御輿として担ぐにはよかったんだと思う」
「えっ? でもうちが直接持ち上げられたことなんかないと思いますけど?」
「そりゃあ誰だって自分が成り上がりたいわけだよ。そのために『勇者』や『聖女』を利用した」
怖い話です。
あやうくインスブルック公爵家の巻き添えを食うところでした。
「そもそもの原因は王権が弱かったことにある。『勇者』の一族と王家が疎遠だったことが、パワーバランスの崩れやすさに拍車をかけたのさ」
わたくしがルーク様の婚約者となったことで、何だ王家も『勇者』を無視しているわけではないじゃないかと、一部の貴族がインスブルック公爵家から離反し、王家側についたのです。
密告によりインスブルック公爵家から明らかな反乱の証拠が見つかりました。
結局インスブルック公爵家は反旗を翻しましたが鎮圧され、取り潰されました。
『灰の魔女』ことマライアお婆様が王家サイドにつき、討伐軍に参加したのも、反乱の火の手が広がらなかった大きな要因とされています。
「王家に決断力がなかった。だからアパパネやブリーム家に迷惑をかけてしまった」
魔王を倒した『勇者』や『聖女』の人気は絶大でした。
大きな力を持たせては国がひっくり返ると、当時は思われていたようです。
王家はブリーム家を警戒し、一方で『勇者』や『聖女』の権威を利用しようとする者が出始めた。
それがインスブルック公爵家の乱の内幕だったのです。
「早くからブリーム家を優遇しておけばよかったのだ。本当に申し訳ない」
「いえいえ、お気になさらず」
簡単に反乱を鎮圧できたこと、長年の災いの種を取り除けたことは『灰の魔女』マライアとブリーム家の功が大きいということで、伯爵に昇爵となりました。
『勇者』や『聖女』を重んじないという論調に対抗するためにも、必要な措置だそうです。
「つまりブリーム家は創始以来王家に色眼鏡で見られていたわけですか」
「そうなる。愚かなことだった」
「いえ、多分我が家の誰も気付いてなかったと思いますし」
だって特に意地悪されたことなんかありませんし。
敵には回せないという事情があったのかもしれませんけれど。
「ルーク様がわたくしを婚約者にというのは、インスブルック公爵家一派の策を御破算にする目的だったのですね? お見事です」
ルーク様が陛下御夫妻を説得して、わたくしを婚約者にすることにしたそうです。
王家の方ならば『勇者』や『聖女』にいい印象を持っていなかったでしょうに。
ルーク様は聡明だなあ。
王家が『勇者』や『聖女』をぞんざいに扱わないという姿勢を見せたので、『勇者』や『聖女』の血を入れることに積極的だった貴族も、ほとんど王家につきました。
王権ががっちり安定したそうで、わたくしも陛下に大歓迎されました。
血統による影響度って大きいんだなあと改めて知り、複雑な思いです。
「ブリーム家なんて、ただの田舎領主ですからね。乱を引き起こすくらいの影響力があるなんて、全然知りませんでした」
「『灰の魔女』殿は理解していたよ」
「やはり各地を旅して見聞を広めるのは大事なんですねえ。ところでルーク様はお婆様とどこで知り合ったのです?」
お婆様は子爵家の当主でありましたが、領主としてのお仕事は婿のお爺様に全振りでした。
自身は庶民の目立たない格好であちこちを放浪していたので、『灰の魔女』なんて言われていたくらいです。
とても貴族には見えないので、ルーク様とお近づきになる機会はなかったと思うのですが。
「保養地で魔物が出て襲われたことがあったんだ。大ケガをしてしまってね。たまたまその場にいた『灰の魔女』殿に血を分けてもらい、助かったんだ。『灰の魔女』殿には大きな恩がある」
「だからルーク様はブリーム家に抵抗がなかったのですね」
「今から考えれば、魔物に襲われたこともインスブルック公爵家一派の工作だったかもしれないが……調べようがないな」
「無事でよかったです」
その時ルーク様が亡くなっていれば、おそらく大乱は防ぎようがなかったでしょう。
大きな犠牲が出ていたに違いありません。
またルーク様のような、栄光の時代を現出しうる立派なお方が助かってよかった。
「それであのう、わたくしはどうしていればよいのでしょうか?」
「どう、とは?」
「わたくしはルーク様に相応しくないですよね?」
乱を丸く収めるためにわたくしを婚約者にしたことまでは理解できます。
でも今後王太子そして王となるルーク様に、新興伯爵家の娘では軽過ぎるでしょう。
「僕はアパパネのことが好きなんだ」
「えっ?」
「『勇者』の家系はがさつだって言われて育ったんだ。でもアパパネはそうじゃないよと『灰の魔女』殿に言われて」
「お婆様に?」
「実際に学校で会ってみると、素敵な淑女で可愛くて賢くて。どんどん恋する気持ちが加速していったんだ」
何とビックリ。
ルーク様のような貴公子がわたくしを望んでくださるなんて!
「これワーナーとマーキスのやつに言え言えって言われてたんだけど……。ちょっと照れくさくて言うのが遅れた。すまん!」
「と、とんでもございません」
「ブリーム家の家格が軽過ぎるということもないんだ。誰もが『勇者』と『聖女』の家だと知っていて、重視するからこそ今回の乱が起きたくらいなんだから」
「ではわたくしは、本当にルーク様の婚約者でよろしいのですね?」
「もちろんだよ」
「嬉しいです!」
どうなるかと思った奇跡の血量騒動でしたけど、素晴らしいハッピーエンドです!
「これは『灰の魔女』殿に言われたことなんだけど」
「はい、何でしょう?」
「僕は『灰の魔女』殿の血を一二・五%もらったそうなんだ」
「ええと?」
わたくしはお婆様の孫ですから、その血を二五%受け継いでいます。
ルーク様がお婆様の血を一二・五%もらったとすると、ルーク様とわたくしの子供は、『灰の魔女』の奇跡の血量になる?
「お婆様は奇跡の血量騒動を予想していたのでしょうか?」
「とても優れた方だからね。予見の力を持っているのかもしれないし」
確かに。
お婆様もまた不思議な人ですから。
でも多分お婆様は、奇跡の血量なんて信じてなかったんじゃないでしょうか?
自身が『勇者』と『聖女』の子で、何でもできて当然と思われていたから。
期待されたってできないことがあるのを知っていたから。
すごく努力したんだよと、苦々しく言っていたのを聞いたことがあります。
ただ奇跡の血量を持つ跡取りという言葉の強さを、バカにできないと考えたんだと思います。
お婆様は現実主義者ですから。
「将来子作り頑張ろうね」
「も、もうルーク様ったら」
「ハハッ」
ルーク様との子ですか。
いえ、遠い未来のことではありません。
奇跡の血量なんて言葉に負けない子に育てましょう。
心の強い子に。
軽くキスを唇に落とされました。
心が温かい、幸せです。
『奇跡の血量』のせいで、婚約の申し込みがうんざりするほどあります uribou @asobigokoro
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