迂闊親子

そうざ

Careless Family

 ほんの風の吹き回しで実家に顔を出すと、お袋の様子が何やら慌しい。

「さっきあんたから電話があって、纏まったお金が必要になったって」

 そう言って札束を一枚一枚丁寧に数えている。

「……纏まった金って幾ら?」

「百万円」

 お袋は一万円札を確認し終えると、隅をとんとんと揃えて封筒に入れた。

「電話の相手って、確かに俺だった?」

「間違いないよ、金庫に百万円があるのを知ってたもの」

 そう言えば、以前お袋に助言をした事がある。今時は銀行に金を預けても碌に利子が付かない。だったら銀行が強盗に襲われる前に自宅で保管しておいた方が良いと言ったのだ。

「一時間後に取りに行くからって」

「だけど、何だって俺は急にそんな大金を?」

「人身事故を起こしちゃったからその示談金と、女を孕ませちゃったからその手切れ金と、それから株に失敗したからその補填って」

 言われてみればつい先日、ふとした拍子に女を轢いてしまい、ひょんな事から奇妙な同居生活が始まってしまい、何の因果か女の勧めで購入した株が大暴落したのだった。

「本当に俺か? 詐欺じゃないのか?」

 一応、疑ってみる。

「我が子の声を間違えないわよ」

「意外と聞き分けられないらしいよ。もしかして涙声だった?」

「そうそう、泣いてた。だから聞き取り辛かった」

「俺がやりそうな手口だ」

「警察に通報する?」

「それよりも俺に良い考えがある」

 俺はお袋に言い含めた。このまま騙された振りを続け、俺がやって来たら他でもない俺が取っ捕まえるという作戦だ。

「俺が来たら封筒を渡して」

「今ここで渡しちゃ駄目なの?」

「それじゃ捕まえられないじゃないか」

「あぁ、そうか」

 お袋は昔から飲み込みが悪いところがある。

「俺が来たらこう言うんだ。封筒の中身は百万円だからって」

「そんな事、もう分かってるじゃない」

「封筒に金が入ってるのを承知で受け取った瞬間、初めて犯罪が成立するんだよ」

 お袋の顔からきょとんという音が聞こえそうだった。

「要するに、まさか金が入ってるとは思わなかった~って言い逃れをさせない為さ」

「そういうもんかねぇ」

「そういうもんだよぉ」

 お袋は相変わらずのきょとんだったが、無理に自分を納得させたようだった。

「念の為、練習しておいた方が良いんじゃない?」

「一応しておくか」

 お袋は昔から心配性なところがある。

「まさか自分が騙され返されてるなんて夢にも思わないって顔でやって来るんだよ」

「分かってるって」

 お袋は昔からお節介なところがある。

 一旦、玄関の外に出る。見慣れた実家が何だか知らないお宅のように感じられる。俺のお袋をまんまと騙そうとしている俺を逆に騙し討ちにするなんて、まるでサスペンスドラマの主人公だ。自分がどんどん興奮して行くのが分かる。

「たったっ只今~っ」

 緊張から思わず声が上擦る。

「おっおっお帰り~」

 親子は変なところが似るものだ。

「えっと、百万円……」

「あんたからお金の事を切り出しちゃ駄目でしょ」

「あぁ、そっか」

「ちゃんとやんないとぉ」

「仕方ないだろ、初めての詐欺なんだから」

 俺は改めて玄関の外に出た。

「只今~」

「お帰り~」

 二人共、順応が早い。やっぱり似た者親子だ。

「電話で話した件だけど」

「はいはい」

 お袋が封筒を差し出す。その手は皺くちゃだった。暫く見ない内にお袋も年を取ったんだな、と不覚にも感慨を覚えてしまった。

「……」

「……」

「……言う事があるだろ」

「何?」

 お袋のきょとんが復活している。

「忘れてる事があるだろって」

「あぁ、飲んで運転するんなら瓶ビール一本までに――」

「そこじゃなくて」

「コンドーム代くらいお母さんが出してあげるから――」

「それでもない」

「爆弾テロだなんて――」

「身に覚えないよっ、違うだろっ、百万円だよ百万円っ」

「あんたがそれを言っちゃ駄目でしょ、やり直しっ」

 俺は改めて玄関の外に出た。こんな事をしている間にも俺がやって来るかも知れない。俺は子供の頃から時間厳守を躾けられているのだ。

「只今」

「覇気がない」

「只今っ」

わざとらしい」

 俺は、こんなやり取りがいつまでも続けば良いと思った。母一人、子一人、ずっと身を寄せ合って生きて来たのだ。

「只今……」

 涙で視界が曇り始める。

「泣いてどうするのぉ」

 俺は、お袋を騙そうとする親不孝者の俺がやって来ない事を強く祈った。

「もっと私の息子っぽく、もう一回っ」

 お袋は昔から演技に煩いところがある。

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