第2話 豚骨スープの男
私のアパートは古くて、上の部屋の音がよく聞こえる。上に住んでいる人には会ったことがないが、朝早くにドタドタと音がし、昼下がりにはシャワーを浴びる音がしていた。だからたぶん朝早くから仕事をして、昼下がりに帰り、シャワーを浴びるのが日課なのだろう。
私はそこから妄想を膨らませていた。上の階の住人は多分男で、おそらく近くのパン工場に勤めているに違いない。そして朝早くから小麦粉を丸めているのだ。
上の階の住人にはもう一つ特徴があり、ラーメンを作ることに凝っている。具体的には豚骨ラーメンだ。土日になるとドタドタ音がしたあと、決まって豚を煮るようなあの特徴的な匂いが窓から飛び込んでくる。こだわりのラーメン屋の前を通るときのあの匂いだ。
私は豚骨ラーメンが大好きだからよいが、これは一般的には悪臭だろう。しかし毎週のように匂いがするので、大家や周りの人も気にしていないようだ。もし抗議があるのなら止んでいるだろう。
上の階の人への勝手な妄想は膨らんでいた。パン工場で早番をやり、小麦粉を丸めてはラーメン屋を開くことを夢見て、この安アパートで豚骨スープを試しているのだ。豚骨スープの男の夢が叶ったらいいな、と思っていた。
アパートに住んで2年くらいすると、私は転職することになった。安アパートはずっと手狭だし、この辺は治安が悪い。
強盗や、行方不明者のニュースがよく報じられていた。不安に思っていたし、引っ越しをすることにした。その2年間、ほとんど毎週土日には豚骨スープの匂いが続いていた。彼の夢が叶うかを見届けられないのが残念だ。私は職場に近い街に引っ越した。
それから2ヶ月ほどだっただろうか、ニュース動画を見て度肝を抜かれた。連続殺人犯が検挙された。そして、犯人のアパートが2ヶ月前まで住んでいたあのアパートだったのだ。
ニュースレポーターは次のように続けた。「連続殺人犯は少なくとも12人を殺害したと思われます。犯行の発覚が遅れたのは死体の廃棄方法によるもので、死体を煮ることで肉を溶かし骨を柔らかくし、燃えるゴミとして……」
あの豚骨スープの匂いは豚骨ではなかった! そして2年間のあいだ毎週匂っていたということは…… あの街の行方不明者の多さは……
それ以来、私は豚骨ラーメンを見ることもできずにいる。
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