第20話 高嗣の吐露

もし、たとえ我子為介が自分を母とわからずとも、また見分けたとしてしかし母と呼ばずとも、則子は委細咎めるつもりはありませんでした。ただただ立派になった我子の顔を見させてくれるだけでよいと、いまは恩人高嗣様の心の内をもさぐり当てて、ちょうど頭上に広がる青空のような清しい思いもて一行を待ち受けます。溢れ出ようとする涙をば、きっとばかり唇を咬んでこらえるのでありました。

 一方、前後を騎馬武者それぞれ2騎で警護させた高嗣以下文官舎人など10数名ほどが、真中(まなか)に手車をはさみまして、麗々しくもむねむねしくも、いまだ10町(ちょう)ほど先の山すそを曲ってこちらへと近づいてまいります。4名の仕丁に引かせた手車の中から高嗣が「為介をこれへ」とかたわらを歩く舎人の若者に命じます。うしろを騎馬で来る為介にこれを伝えると為介は馬を若者にあずけて、手車の横に来て歩を進めつつ「お呼びでしょうか」と言問う。高嗣はやおら「為介、前任の大伴様から置き文をいただき、いままで云わなんだが、彼方(あなた)で待つ里衆の中に、誰やらそなたにとって大事な人がおられるやも知れんぞ」と伝えます。

「は?大事な人?村長…でございますか?」

「あな(感動詞「まあ」「ああ」に当たる)、鳥滸(馬鹿げたこと)を申すな。母君じゃ!そなたの!」

「は、母上がおられるのですか!?…あ、あの中に!…」

「いかにも。置き文で大伴様からおおせつかったのは、大宰府に我らが着任して数日たっても、おまえから母に会いたいともし云わなければ、その時はただ黙ってそなたの母君則子殿に目通しだけさせてほしい。その時にもしおまえが母君に気づかず、あるいは気づいてもこれを無視するようなら、その時はもはや何をも申さず、何とか言を尽くして則子殿を説得し、奈良の自分のもとに送ってほしいと、そうおおせつかったのじゃ。為介…」

「は、はは」

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