第17話 石上高嗣、着任

〔張扇一擲!〕

 さて、乳母(めのと)則子への思いを残しつつ大伴家持が帰京してから早二十日ほどが過ぎ、ここ九州は大宰府の都、大野の里でも秋たけなわとなり、辺り一面の田んぼではお百姓たちが稲刈りに余念がありません。そのお百姓たちのうわさ話から則子は、つい先日奈良の都から新任の少弐が大宰府に着任したことを知りました。博多湾から大宰府にまっすぐ伸びる朱雀大路を、従者たちを従えて行列する様は、それはまあ実に見ものであったなどと口々にほめそやしております。それを聞いて則子は胸をおどらせますが、はて、ではいったいどうやって我子為介と対面したらいいのか、そもそも対面していいものやら、それがとんと見当がつきません。まさかこちらから大宰府政庁に登庁するわけにも行かず、気ばかりあせらせておりましたところ、昨晩のこと、近在の神社の宮司が突然たずねてまいりまして、「明日、新任の少弐石上様がお供の方々を引きつれて当神社に参拝にまいられる。ついては山科則子殿、あなたを接待に出すようにと、石上様から直々の御指名があった」と、そう告げに来たのでした。告げておきながらなぜこのような老女、見どころのない媼(おうな)などに接待を?と不思議がる宮司でしたが、則子は委細構わずかしこまってそれを拝命いたします。宮司が帰ったあと則子は文字通り歓喜しましたが、しかしはたと思いをめぐらしもします。はて、石上様が自分と為介を引き合わすことを思し召すのなら、ただに私を大宰府へ登庁させればよいではないか、それなのになぜ…と思案します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る