夏の夜のデルタ①

明言はしていませんが、みずがめ座デルタ南流星群の話です。

2話で終わります。



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文化部のはずなのに腹筋を鍛えるべく運動部のような運動量を課せられる我々吹奏楽部は、もうすぐ始まる夏の吹奏楽コンクールに向けて毎年恒例の夏休みの強化合宿を行う予定である。

中学1年生の私に取っては初めての合宿だった。


合宿初日。

学校が所有しているマイクロバスに乗り込んだ吹奏楽部員たちは、八ヶ岳山麓にある大きい合宿所に向かった。

うちの学校だけではなく、近隣の中学校はここで一緒に合宿を行う。

そのため、到着した合宿所の駐車場には既に先に到着していた他の中学校のマイクロバスが何台か止まっていた。


部長である紺野先輩を始めとする6人だけいる3年生に呼ばれた1年生の私たちは、合宿所の入り口に集まった。

2年生の先輩たちは後ろで楽器を下ろしている。


「1年生諸君は初めての合宿だな。うちの中学は毎年コンクール前にここで合宿をするんだ。コンクールまであと少し…目指すは金賞!そして次の西関東大会への代表の座である!ここでたくさん練習をして盛大に力を蓄えてくれ!!」


紺野部長はバッと手を広げてハハハ!と天に向かい笑っている。

クスクスと笑ったり困惑している1年生をよそに、部長の横に立っている3年生は全員その様子を冷めた目で見ていた。


吹奏楽コンクールは、全国大会の前に各地で予選大会が開かれる。

演奏に基づいた審査により金賞・銀賞・銅賞いずれかの賞が与えられる。金賞を受賞した学校及び団体から次のコンクールへの代表が何団体か選出されるのである。

私の県では地区大会がある他の都道府県と違って学校が少ない事もあり、最初から県大会が行われる。

もし県大会で金賞を受賞して代表に選ばれた場合、次は上位大会である支部大会に出場出来る。

私の県が所属している支部は西関東ブロックだった。

この合宿所に集まっている吹奏楽部員は、全員が金賞、そして西関東大会を目指して夏の戦いに足を踏み入れていた。


「まあ、あまり気構えずに過ごしてくれ。他の中学校の生徒ともよい交流になる。楽しい合宿にしてくれたまえよ、可愛いひよこちゃんたち」


フッ…と妖美に笑った部長は、隣に立っていた副部長の大原先輩から盛大にハリセンではたかれて漫画のように地面に倒れ込んだ。


「合宿でテンションが上がっているだけだから気にしないでいいよ」


1年生に笑いかける大原先輩の横で紺野先輩はうずくまって悶えている。


「変な先輩でごめんね」


「皆、紺野くんには近づいちゃダメだからね」


6人の3年生の中で2人だけいる女子の先輩たちが、口々に私たちに謎の注意喚起をした。

「どう言う意味だああああ!」と後ろから部長の声が聞こえる中、1年生は大原先輩に案内されて合宿所の中に入って行った。

合宿所の中に入ると、他の中学校の生徒たちが行き交う様子が見えた。

2年生や大原先輩たちは他の中学校に友達がいるらしく、知らないジャージを着ている人たちと各々楽しそうに話している。

来年の今頃は私も他の中学校の誰かと話しているのかな、と未来の自分に思いを馳せた。



 

合奏練習をしていた夕方、指揮を取っていた顧問の中村先生が廊下から誰かに呼ばれて出て行った。


「ちょっと自主練しててくれ」


皆各々の楽譜を見ながら練習を始める。

ユーフォニウム担当の私は、ページを捲り自分のパートがソロを吹く場所を練習しようとした。


「紺野、大原」


練習場所の教室の入り口から中村先生が手招きをしている。

トランペットの紺野部長とオーボエの大原先輩は楽器を置いて立ち上がり、顧問の元へ向かった。


「多分綺麗に見えるぞ。今夜だ」


「本当ですか!」


顧問から何かを言われて部長たちはハイタッチをして喜んでいる。


何に喜んでいるのかは、その夜にすぐに分かった。

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