みやむの本棚
遠野みやむ
茜色のシリウス
2月14日、放課後。
言わずもがな、聖バレンタインデーである。
帰路に着く生徒たちの中には、友達同士でチョコレートを交換し合い喜んでいる女子たちや想い人に手作りのチョコを渡している女子の姿が見えた。
かく言う私も、同じクラスの喧嘩ばかりのクラスメイトの男子に手作りのチョコを用意して来ていた。
朝からいつ渡そうかと考えている内に、気がついたら放課後になってしまっていたのだ。
まさか帰ってしまったかと思い、焦って下駄箱を見に行ったらまだ彼の靴があった。
思いつく限りの場所を探した結果、中庭でその姿を見つけたのである。
しかし、今中庭でその相手は別のクラスの女の子と何かを話している。
私はバレないように物陰から2人の様子を見つめていた。
心臓がドキドキと鼓動を上げる。
今日は朝からいつも以上に鼓動は早かったが、今この瞬間は別の意味で鼓動が早くなっていた。
彼と話している女の子が、どう見ても手作りの本命チョコを手にしていたからである。
「…………」
自分の作って来たものよりも何倍も可愛い包装がされたチョコ。
嬉しそうに話す女の子に笑いかける彼。
スッと身体が冷えて行くのを感じた。
以降2人の姿を見るのが耐えられなくなり、私はソッと中庭から立ち去った。
しばらく女子トイレの個室でボーっとした後に廊下を歩いていると、途中で「喧嘩していた幼馴染と付き合う事になった」などと言って喜んでいるマセたクラスメイトの男子に鉢合った。
私は作ったチョコを押し付け「おめでとう!義理!!」と伝え教室に戻り、カバンを背負って学校を後にした。
今頃彼はあの女の子と上手く行っているのかな、と夕焼けに染まった寒空を見ながら私は視界を曇らせた。
この日以降、私は何となく彼と顔を合わせづらくて盛大に避け続けた。のだが。
ある日の昼休み。
何となく読みたくなったハリーポッターの本を借りてほくほくとしながら図書室を出て歩いていると、後ろから誰かに腕を掴まれた。
振り返った先には、バレンタインから避けまくっている例の男子生徒が立っていた。
「…、え」
なぜだろうか。
彼はめちゃくちゃ怒っている。
黙ったままこっちを見て来るので何と言ってよいか分からず、そのまま固まっていたら「ちょっと来い」と彼にズルズルと連行されてしまった。
「お前…俺を避けてるだろ。何でだ?」
誰もいない科学室に連れ込まれた私はどうやって逃げようかなどと考えていたが、ガチャンと扉の鍵を閉める音が聞こえた。
もう逃げられない。万事休す!
「……、邪魔しちゃ悪いかなって」
そう言うと、彼は不機嫌そうに腕を組んだ。
「邪魔って何だよ」
「…、この間、バレンタインにチョコもらってたじゃん」
あ、まずい。
そこまで言った時、涙腺が緩むのを感じた。
私は予想以上にダメージを喰らっていたらしい。
「…、もらってねえよ」
彼は不服そうに言った。
「もらってた!」
「もらってねえ!全部断った!!」
「だって!中庭で見たもん!違うクラスの女の子から受け取ってた!」
言っていて悲しくなり、目を擦った。
私の様子を見た彼はさっきより怒っていないように感じた。
「…あれは、違う」
ボソッと言った彼は、話し始めた。
あの時隣のクラスの女子からは、「幼馴染にチョコを渡したいから協力してほしい」とお願いをされた事。
その幼馴染と言う男子生徒は自分と仲がよく、常日頃からその彼女について話を聞かされていた事。
最近その2人が喧嘩をしてろくに話もしていなかった事。
なので気まずくてチョコを渡し辛いから、自分の代わりに渡してほしいと彼女からお願いされた事。
そしてどう見ても、2人が両想いだと言う内容の話を聞かされた。
「……だから、お前らは大丈夫だからちゃんと自分でチョコを渡して話をしろって言ったんだよ。お前どうせ途中まで見てなんか勘違いしただろ」
そこまで聞いた私は、あの日廊下で鉢合わせたクラスメイトの男子の事を思い出した。
彼は「幼馴染と付き合う事になった」と喜んでいた。
きっと彼女の相手は、あの男子なのだろうと腑に落ちた。
「じゃあ…、あの子とは、」
「何の関係もねえよ」
そう聞いた私は身体の力が抜けてへなへなとしゃがみ込んだ。
「よかったあああああ…」
力が抜けた私の頬は、更に涙腺が緩くなり洪水が起こったかのようにべしょべしょになっていた。
ああ…恋と言うものはこんなにも右往左往するものなのだろうかなどと考えていたら、いつの間にか同じ目線にしゃがみ込んでいた彼が大きなため息をついた。
「ちっっっっともよくねえだろ…」
「えっ」
「えっ、じゃねえよ」
彼はそう言った後に指で私の目元を拭った。
変わらず不機嫌そうな彼は、その後にとんでもない言葉の爆弾を落として来た。
「俺のチョコは?」
「え…、あっ!」
顔を見なくても分かる。
今の私はゆでダコのように顔が真っ赤だろう。
そして目の前の彼も少し顔が赤くなっていた。
「…お前こんだけ分かりやすい行動しといて、ないなんて絶対に言わせないからな」
顔を赤くしながら見つめて来る彼を見た私は居た堪れなくなり、バッと目を逸らす。
「いっ、いや、その…」
「俺、お前がチョコくれるのずっと待ってたんだけど」
心なしか彼が段々と近づいて来る気がして、私はあわわなどと言いながらどこかのアニメキャラクターのように頭から汗を出している気分になった。
「あっ、ある!あるんです!ありました!」
「ありましたって何だよ」
「…、その、」
私は中庭から去った後に、たまたま廊下で会ったその幼馴染カップルの彼氏の方にヤケクソで押し付けたと白状した。
「………、お前なあ……」
目の前の彼はとても分かりやすく脱力している。
私はヤケクソとは言え何と言う事をしてしまったんだと焦った。
「ご、ごめん!だって待ってるなんて思わなくて、」
そこまで言った私はふと気が付いた。
「…え?私たちもしかして両想い!?」
彼は今それを言うのかよ、などと呟いた後にボソッと顔を赤くしながら言った。
「…、そうだよ」
「…………っっ!」
これは夢なのだろうか。
私はバレンタインの日とは逆に、今度は身体が熱くなるのを感じた。
「…チョコの代わりにお願いがあるんだけど」
変わらずしゃがんだままの彼はチョコがもう手に入らないと観念したのか、別の提案をして来た。
「ひっ、ひゃい!」
私はなぜか正座に体勢を変えて答えた。
「……、抱きしめてもいーですか」
私は「はい」と言いたかったのになぜか声にならず、バッと立ち上がって腕をめいいっぱい広げた。
その様子を見た彼は吹き出し、同じように立ち上がった後に優しく私を抱きしめた。
「……マジで気が狂うかと思った」
抱きしめ合いながら彼はボソボソと本音を吐き出した。
私に避けられていた間、彼は意外にも結構気を揉んでいたようである。
彼はさっきより少し強めに抱きしめながら「ずっと好きだった」と言ってくれた。
私は彼の胸に顔を埋めながら「私もずっと好きだったよ」と答えた。
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